地味令嬢の一途さ、アンニュイ王子に刺され

アソビのココロ

第1話

 恋に恋する?

 バカバカしい。

 婚約者なんてものに希望を持つのは、若い頃だけだと思う。

 いや、僕も一四歳だから、若いといえば若いけれども。


 ただ僕フィリップの様に第一王子なんて立場だと、自由に相手を選べるわけもないから。

 相手の家との結びつきと、将来子供を儲けることだけを期待されている。

 言うなれば種馬みたいなものだ。


 僕の婚約者候補は数人いたという。

 結局ライラ・ツイストレイン侯爵令嬢に決まった。

 ライラ嬢はブスじゃないけど地味。

 あまり印象にない令嬢だ。


 印象にないというのはプラスポイントだ。

 何故なら他の令嬢の様に、うるさくまとわりついてきた記憶がないということだから。

 飾っておくのにいいんじゃないかと思った。

 邪魔にはならないだろう。


 はあ、まあ王族が恋を求めるなら、即妃か愛人かって話になるのか。

 それもまた面倒なことだな。

 どうせ媚を売る連中ばかり寄ってくるんだろうし。

 くだらない、まったくくだらない。


          ◇


 ――――――――――ライラ・ツイストレイン侯爵令嬢視点。


 きゃああああああ!

 わたくしがフィリップ第一王子殿下の婚約者に決定ですって!

 フィリップ殿下は優秀ですし、クールな御様子が最高なのですわ!

 初めてお会いした時から、ずっとときめいておりましたの!

 予想はできてましたけど、本決まりになると嬉しいものですねえ。


 えっ?

 何故婚約者になることを予想できたかですって?

 それがおかしな話なんですけれども、フィリップ様は高位貴族の令嬢にあまり人気がないようだったんです。

 下位貴族の令嬢にはもてはやされているのですがねえ?


 わたくしを含めた殿下の婚約者候補五人が集められ、試験により決定するとなった時がありました。

 察するに個々に持ち点があって、試験による知識・教養・機転の点を足した合計で判断というものだったのでしょうけれども。

 わたくしはフィリップ様の婚約者の座を勝ち取るべく、万全の体調と気合をもって望もうとしました。

 ところが……。


『私は正直なところ、フィリップ殿下の婚約者は遠慮したいですわ』

『わたしも同感です』

『えっ? 何故ですの?』

『父はぜひ将来の王妃を狙えと言いますけれども』

『家のメリットでしかないですわよね』

『私も発破をかけられました。でもフィリップ殿下は陰気ではないですか』


 陰気って。

 殿下は優秀ですし、あのニヒルなスマイルが堪らないではないですか。

 いや、ここはチャンスのようです。


『お妃教育も大変厳しいと聞いてますしね』

『モチべーションが上がらないですわ』

『でしたらわたくしに勝ちを譲ってくださらないでしょうか? わたくしはフィリップ殿下をお慕い申し上げているのです』

『『『『どうぞどうぞ』』』』


 たまたま面接で『自分以外なら誰がフィリップ殿下妃に相応しいか』という質問があり、皆さんがわたくしを推薦してくださったようです。

 あれが決め手になったかもしれません。

 皆さんはわたくしの協力者で大事な友人ですので、今後も末永くお付き合いが続くでしょう。


 さて、今日はフィリップ様との婚約後初めてのお茶会が王宮であります。

 最初からうまく行かないなんてわかっていますとも。

 フィリップ様はしつこいのがお嫌いと、調査で判明しています。

 今日は興味のありそうな話題を探ってさっと切り上げるくらいでいいでしょう。


 本命は侍女と執事からの聞き込みです。

 可能なら近衛兵や料理人とも顔繋ぎして、情報を得られる体制を早めに整えておきたいものですね。

 頑張らないと!


          ◇


 ――――――――――二ヶ月後のお茶会。フィリップ第一王子視点。


 どこがどうというわけではないが、ライラといると心地良い気がする。

 いつのお茶会も快適だ。

 婚約者が決まったからって、僕の心が浮ついてるのだろうか?

 自制しなければならないな。

 愛なんてくだらない。

 幻滅すればすぐに崩れてしまうような、脆く儚い感情だ。


 ん? あれはライラと執事と侍女?

 何を話しているんだろう?


「やあ、待たせたね」

「いえ、とんでもございません」


 淑女の仮面は外れていないが、若干慌てているような?

 ライラは何を話していたのだろう?

 好奇心がむくむくと頭をもたげる。


「打ち合わせだったかい?」

「いえ、あの。大したことじゃないんです」

「秘密なの?」

「そういうわけではなく……わたくしの見たところ、フィリップ様はハーブティーを薄めにした方が好みなのでは、と思ったものですから」


 言われてみれば。

 特に強いミント系は薄い方がいいな。

 誰にも言ったことはないし、自分でもほとんど意識していなかったことだが。


「フィリップ様はいかがですか?」

「そうだな。確かに強い香りだと気を取られてしまう。お茶会の時は薄めがいい」

「心得ました。今後はそのように」

「ライラは随分細かいところを気にしているんだね」

「少しでもフィリップ様に安らいでもらいたいですから」


 安らいで、か。

 ライラと話していて鬱陶しいと思ったことはないな。

 令嬢とはアピールに余念がない生物だと思っていたが。

 僕の婚約者という立場がそうさせるのか?


「おかけになってくださいませ。今日は甘み抑え目のクッキーを焼いてきたんですよ」


          ◇


 ――――――――――その日のお茶会終了後。フィリップ視点。


「どう思う?」


 護衛のカートに話しかける。

 カートは僕の乳兄弟で、将来の側近たるべく育てられた。

 僕にとってもっとも気安く話せる相手でもある。


「どうってライラ嬢のこと?」

「ああ」

「王子が令嬢個人のことを話題にするのは初めてじゃないかな?」

「……記憶によればイノシシ令嬢の時以来だな」


 少し前、僕に挨拶しようと突進してきて令息令嬢四人を跳ね飛ばし、近衛兵に摘み出された強者がいたのだ。

 密かにイノシシ令嬢と呼んでいる。


「ハハッ、さすが王子」

「茶化すな。どうだ?」

「オレも王子付きだから、王子以上にライラ嬢を知ってるわけじゃないんだけど」

「感想でいいんだ」

「今日のハーブティーの件はちょっと驚いたな。使用人みたいな気の使い方だったじゃない?」

「侍女でも気付いてなかった、というか僕自身も言われて初めて把握したくらいだ」

「観察力あるね」


 確かに。

 明確な長所だ。

 僕の婚約者の選定って、そんなところまでリサーチしているのだろうか?


「気になる? ライラ嬢のこと」

「……というほどでもない」

「婚約者のことなんだから、気にしてあげなよ」


 気にかけるべきなんだろうな。

 今まで僕にはカートしか近しい者がいなかった。

 婚約者あるいは妃であれば、カートに並ぶ近しい者になるだろうから。


 しかし自信がない。

 カート並みに気軽に話せる令嬢なんて、ちょっと考えられない。


「調べさせておこうか?」

「頼めるか?」

「うん。何よりオレ自身がライラ嬢に興味が出てきたから」

「任せる」


 ライラが煩わしい存在でないことは事実だ。

 それ以上のことはまだわからんな。


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後、王立学校にて。フィリップ視点。


 裏庭だったら人がいないかと思っていたので失敗した。

 いきなり腕に組みついてくる令嬢がいた。

 カートが笑ってあしらい、追い返したが。


「馴れ馴れしく話しかけてくる令嬢は本当に不快だ」

「そう? 今のは確かワイト男爵家の令嬢だね。メチャクチャ可愛いと思うけど」

「いくら奇麗でもだ!」


 他人に配慮しないのは本当に我慢ならない。

 大体僕には婚約者がいるだろうが。

 はしたないと思わないのか。


「考え過ぎだよ。話しかけることくらいはあるって」

「用もなく腕を取ろうとするな!」

「親しみやすいということと胸の大きさがアピールポイントだったんじゃないの?」

「アピールはいらん! もっとライラのように……」


 ライラのように?

 いつから僕の令嬢の基準はライラになったのだろう?

 僕の中でライラの存在感が大きくなっているのだろうか?

 戸惑いを覚える。


「お待ちかねのライラ嬢のことなんだけどさ。調査結果が大体上がってきたんだよ」

「うん、聞かせてくれ」


 というかそうカートが仄めかしていたから、人のいなさそうな裏庭に来たんだが。


「意外なことがわかった」

「意外? ライラが?」

「いや、ライラ嬢がという意味ではなくて、王子とライラ嬢を取り巻く状況が」

「わからん」


 状況が意外?

 どういうことだ?


「王子ってモテるのが当然だと思ってたんだよ」

「僕は将来の王太子、さらには王となる道が見えているからな」

「今日みたいに可愛い令嬢に絡まれることも多いしね」

「可愛くない令嬢に絡まれることも多い」

「言い方がひどい」


 笑ってないで先を話せ。


「王子の婚約者選定には、五人の高位貴族令嬢が候補だったそうじゃん?」

「らしいな。総合的にライラが優れていたから選ばれたのだろう?」

「まあその通りなんだけど。ただ五人の令嬢方には温度差があったようなんだ」

「温度差、とは?」

「ぶっちゃけ王子の婚約者になりたかったのは、五人の内ライラ嬢だけだった可能性が濃厚」

「えっ?」


 何故?

 王子妃なんて皆が憧れるものなんじゃないのか?


「高位貴族令嬢ともなると、王子の婚約者という立ち位置を真剣に考えるじゃん? お妃教育とか公務とかがやたらと大変ってことがわかってるから」

「将来の王妃だぞ? 激務なのは当たり前じゃないか。覚悟の足らない者なんて邪魔なだけだ」

「正論だね。でも激務が好きな人はいないよ。おまけに王子は皮肉屋で厳しいことを言うでしょ? 現実の見えてる令嬢は、王子の婚約者なんて嫌だなあと思ってたみたい」

「し、しかし、だったら辞退すべきだろう?」

「辞退なんかできないよ。だって令嬢方の実家は、王子の婚約者を出すチャンスだと思ってるんだもん。実家の意向には逆らえない」

「……」


 知らなかった。

 が、納得はできる。

 自分のことは見えていないものだ。


「オレも王子はモテるって思い込んでたから、調べなきゃ全然気付かなかったことだけどね」

「……ただの推測だろう?」

「まあ又聞き情報が多いんだけどさ。婚約者候補との面接で、自分以外なら誰が王子の婚約者に相応しいと思うかという質問に、本人以外の四人がライラ嬢の名を挙げた。これは試験官に確認してるから本当」

「ライラが支持されてるだけじゃないのか?」


 ライラは高位貴族の令嬢との間に、広い交友関係を持っているようだから。


「違うんだ。ライラ嬢は王子のことが好きで婚約者になりたかったから、残りの四人に協力してもらったんだって。噂だけど」

「それでライラ指名に偏ったと? 証拠がないじゃないか」

「これは婚約者候補の令嬢が言っていたこととして聞いたんだ。でもライラ嬢に指名が偏ったことなんて、面接の試験官しか知らないことでしょ? 公開されている情報じゃないんだから。なのに知ってたってことは……」

「本当だからか。実際にライラに頼まれたから」

「状況証拠にはなるね」


 何てことだ。

 僕の座っていた王子の椅子は、大して魅力的じゃないのか。

 いや、僕込みで魅力がないということだ。

 急に足元がぐらつくような気分になる。


「もう一つ。現在ライラ嬢は、残りの婚約者候補だった四人の高位貴族令嬢とすごくいい関係なんだ」

「知っている。悪いことではあるまい?」

「いや、本気で婚約者を争ったのなら、わだかまりが残るんじゃないのってこと。まだ三ヶ月ちょいしか経ってないんだし」

「……なるほど。すると?」

「最初から共謀してた説の補強材料になるね」


 王子妃や王妃なんて非常に責任の重い立場だ。

 僕だって生まれ変わってもう一度王子をやりたいかと問われれば、素直には首肯しがたい。

 僕は優秀な令嬢を国母の座に引き寄せる、魅力的な撒き餌でなくてはならなかったのだ。


 なのに令嬢はうるさくて邪魔だって態度を取ってしまっていた。

 僕の婚約者たりえない下位貴族の令嬢にはキャーキャー言われても、高位貴族の令嬢にはシビアな目で見られていたのか。

 自分のバカさ加減に冷や汗が出る。

 たまたまライラがいたからいいようなものの……。

 ライラは喜んで僕の婚約者になってくれたように見えるが?


「ライラは……」

「王子のことを、優秀でニヒルなスマイルが堪らないって言ってたらしいよ。もちろん又聞き情報だけど」

「そ、そうか」


 ライラは僕のことを認めてくれるんだなあ。

 よ、よかった。

 ホッとした。


「ライラ嬢についての調査資料は渡しておくね。面接の時の四人の指名がなかったとしても、ライラ嬢が王子の婚約者になることは間違いなかったろうってさ。それほど試験の成績がいいって。ツイストレイン侯爵家にも全く問題ないし」

「うん、ライラが優秀なのはわかる」

「王子はツイてるよ。客観的に見て最も有力で優れた令嬢が婚約者で、しかも王子に惚れてるじゃん。ライラ嬢はかなり気を回せる令嬢だし」

「……ああ」

「わかってるね? もしライラ嬢に逃げられるようなことがあると、王子の婚約者に収まるのは実家の意向で嫌々来る令嬢か、あるいは王子にまとわりつくような数段落ちる令嬢になるよ」


 身震いする。

 ようく理解した。

 ライラを手放してはいけない。


 いつの間には僕の心の中に住み着いたライラを思う。

 もっと前から存在していたように自然だ。

 もしライラがいなくなったら。

 その隙間から風が吹き込んでくるのだろう。


「ライラ嬢を大事にした方がいいって。王子の一生に、王国の未来に関わるよ」

「ああ……しかし、どうすべきだろうか?」

「王子は今まで受身だったじゃん。もっとライラ嬢を理解すべきだって。資料はあるんだから」


 とりあえず資料を読み込むことから始めることにする。


          ◇


 ――――――――――ある日のお茶会。ライラ視点。

 

「クラウンヒルズでオニユリが見頃なんだ。明後日は天気がいいようだから、見に行かないかい?」

「もちろんお供いたします」


 最近フィリップ様がわたくしにお優しいのです。

 婚約者としての在り方が馴染んできたということでしょうか?

 とても嬉しいです。


 ……フィリップ様のお付きのカート様の表情がごく僅かに緩んでいます。

 どうやらフィリップ様に何か言ってくださったようです。

 ありがたいことですね。

 この借りはどこかで返さねば。


「ライラのクッキーは口に合うんだ。作ってきてくれるかな?」

「わかりました。たくさんお持ちいたします」

「楽しみだな」


 にこやかな表情のフィリップ様。

 アンニュイで陰のあるフィリップ様もよろしいですけれども、笑顔のフィリップ様は美形が引き立ちますねえ。

 惚れ惚れいたします。


「ライラ」

「はい」


 あっ、両手をぎゅっと握られました。

 えっ? 何でしょう?

 ドキドキしますわ。


「僕にとってライラは大事な存在なんだ。ずっと僕の側にいてくれるかい?」

「もちろんですとも!」


 ああ、本来フィリップ様はこんなベタなことを言わない方ですのに。

 わたくしを必要としてくださるのですね。

 特別感がありますわあ。


「嬉しいな」

「はわわわわ……」


 フィリップ様にぎゅっと抱きしめられました。

 カート様の顔は……。

 王子グッジョブって顔です。

 皆さんが歓迎してくださるのですね。


 全身全霊を懸けて、フィリップ様をお支えすることを誓います。

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