最期の晩餐は君と
北路 さうす
第1話
心地よい夢を見ていた気がする。窓からさす日差しが体を温め、ついに暑くなった私は目を覚ました。いつもの見慣れた部室で眠り込んでしまっていたようだ。しかしなぜ私は床に寝ているのだろうか。凝り固まった体を伸ばすと、全身に血が巡るのを感じる。時計は17時過ぎをさしていた。そろそろ帰らなければ、鍵を閉めに来た用務員さんにまた小言をいただいてしまう。立ち上がろうと手をつくと、何か柔らかいものを触ってしまい慌てて手を引っ込める。
「な、なに?」
手元に目をやると、見覚えのある服を着た人が倒れている。
「柚希?」
同じオカルト部に所属する、友達の柚希が倒れていた。うつ伏せに倒れていて、うっすらと開いた虚ろな目がこちらを見ている。健康的な色だった彼女の肌は、今や白く乾燥している。震える手で触れてみると、柚希の肌は冷え切っていて、調理実習で触った生肉のような感触だった。
「ひっ!ゆ、柚希、柚希!」
触った腕から鳥肌が立ち上り、全身が冷え切る。必死の思いで柚希の肩をゆすってみる。もちろん反応はない。だってどう見ても死んでいるのだから。ぐったりとした体は重く、やっとの思いであおむけにしてみる。柚希はこちらの加える力になすがままで、頭はゴトンと床に落ち、手は机やいすにぶつかってすごい音を立てた。
あおむけになった柚希は、私を絶望させるには十分な姿をしていた。体のいたるところから血を流し、足に関しては太ももの皮がかろうじてつながっている状態だ。
「い、いやぁ!」
私は耐え切れず、声を上げて部室から飛び出した。いち早くここから逃げないと。柚希を殺した何者かがまだ近くにいるかもしれない。もつれる足でどうにか玄関に向かって走っていると、廊下の大きな窓から学校の外の景色が目に入った。
「なに、これ」
夕焼けが沈まんとする町は、いつもと同じく美しく赤く染め上げられていた。でも、赤く染まった空には、黒い煙が幾筋も立ち上っている。学校の前には、机や椅子で作られた粗末なバリケードがある。そして、目に付く限り人もいなければ車も走っていない。いつか見た映画の、暴徒が仕切る無法地帯にそっくりな街がそこにあった。
私はとりあえず深呼吸する。慌てたやつから死ぬ、オカルト話の定番じゃないか。よく考えたら、大慌てで出てきてしまったからスマホの1つも持っていない。丸腰で無法地帯に飛び出すのは得策ではない。親友の死体がある部屋に戻るのはものすごく嫌だが、私の荷物はそこに置き去りとなっているのだろう。仕方なく、柚希のいる部室へ戻ることにした。
ドアを開けようとしたが、最後に見た柚希の顔を思い出してどうにも足がすくんでしまう。どんなグロい映画を見ても、二人で笑いながら見ていた。画面越しなら全然怖くなかった。でも、冷たく緩んだ肌の感触や、血の臭いが死を直接感じさせる。何度か自分を鼓舞して、何分経っただろうか。顔を涙と鼻水でぐじゅぐじゅにしながら、どうにかドアを開けた。
ドアを開ければすぐ目に入るはずの柚希がいなくなっていた。床には黒くなった血だまりだけが残っている。よく見るとドアの方から血だまりに向かって、引きずったような跡がある。ここで襲われて、必死に逃げて倒れたのか。私はなぜこの状況について記憶がないのか。親友が襲われていたのに、のんきにずっと寝ていたのか。ドアを開けたまま思案していると、部室のカーテンが膨らんでいるのが見えた。あのふくらみの大きさは柚希だ。生きていたのか、死んだように見えたのは気のせいだったのか。
「柚希?私だよ、絵里香だよ」
ふくらみに話しかける。よく見るとカーテンのすそからは柚希の靴が見えている。隠れているつもりなのだろうか。目の前に立っても、ふくらみは一切動かなかった。
「柚希?」
「ガアアアア!」
恐る恐るカーテンをめくると、聞いたことのない声をあげながら、柚希がこちらにつかみかかってきた。
「ひゃああ!」
私は情けない声を上げて、柚希を強く押しのけた。すると、柚希は簡単にバランスを崩して床に倒れた。濁った眼で私を見上げ、押し出された息に合わせて声帯が震えているだけの恐ろしい唸り声を出しながらこちらに近づこうと両腕を力任せにやたらめったら動かす様子は、どう見てもゾンビだった。
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