第11話 わかりにくい「寒冷渦」
ところで、台風を西に引っぱった寒冷
この寒冷渦または寒冷低気圧というものが、たいへんわかりにくい。
ただし、そんなに珍しい現象ではない。天気予報で、ときどき「この時期としては強い寒気が流れ込む影響で、大気の状態が不安定になり」というような表現に出会うことがある。その「強い寒気」の本体がこの寒冷渦であることが多い。
低気圧としてはあまり強い低気圧ではないから、天気図上には、弱い、前線を伴わない(もちろん熱帯低気圧でもない)低気圧として描かれる。それどころか低気圧がまったく描かれないこともある。
テレビで、解説の気象キャスターさんが天気図に低気圧も高気圧もないところを指して「ここに冷たい空気のかたまりが」とか「ここに上空の強い寒気が」とか言うこともよくある。それが寒冷渦であるばあいが多い。
なお、衛星画像には、台風とも似た円形の渦巻きっぽい雲として写ることもある。
寒冷渦または寒冷低気圧というのは、冷たい空気のかたまりが低気圧になっているものである。
ん?
「冷たい空気のかたまり」は高気圧じゃなかった?
冷たい空気では上昇気流が起きないので、低気圧にはならないのでは?
それがわかりにくいところで、寒冷渦は上昇気流でできた低気圧ではない。
風が渦を巻いている状態が先にあって、その渦巻きが冷たい空気を閉じ込めて逃げられないようにしてしまったのが、寒冷渦だ。
じゃあ、なぜ渦を巻くかというと、これは、温帯低気圧と同じ原理で、強い風が吹いているところと、あまり強い風が吹いていないところの境目に渦ができるからだ。
この偏西風と南側の空気のかたまりのあいだに渦ができる。
夏の偏西風は北のほうを流れているので、その空気は冷たい。したがって、偏西風の南の縁にできた渦巻きは、その中心に冷たい空気を持っている。
その渦が偏西風から切り離されて南のほうに漂ってくる。これが寒冷渦だ。
今回の寒冷渦は、その偏西風のところからはるか日本列島の南のほうまで漂ってきていた。それが台風を引き寄せたのだ。
ところで、熱帯低気圧や台風は渦を巻いているので、近くにほかに渦を巻くものがあると、その影響を受けやすい。
日本の南の太平洋上に二つ以上の台風があると、その台風が互いに渦巻きの効果を及ぼしあって、たいへんややこしい動きを示す。これを「
「藤原の効果」のような現象は、渦を巻いたものであれば、熱帯低気圧や台風でなくても現れる。今回のばあいは、台風一〇号と寒冷渦のあいだで引っ張り合う効果が生まれて、台風の進路が西へとずれて行った。
また、西太平洋上の寒冷渦の存在と熱帯低気圧・台風の発達とのあいだには関係があるのでは、という説がある。詳しい仕組みは私にはわからないが、今回も、台風一〇号は、寒冷渦に引っぱられ、寒冷渦が弱体化してからいっそう発達して強くなった。
台風とはあまり関係がないけれど。
寒冷渦がやって来ると、いわゆる「上空の大気が不安定」という状態になって、雷が鳴ったり
高い空のほうが温度が低いのは普通で、だから、高い空の温度が普通に低ければ、大気は不安定にはならない。
ところが、冷たい空気は重いので、冷たい空気の量が多かったり、冷たすぎたりすると、その冷たい空気が地上に落ちてこようとする。
これだけだと下降気流になって、やはり天気は悪くならないのだが、地上が暖かくて上昇気流が起ころうとしているところに、上から冷たい空気が覆い被さってくると、上昇気流と下降気流が入り乱れて、とても乱れた状態が生まれる。また、冷たい空気のかたまりが落ちてきて広がる影響で、暖かい空気のかたまりが上に吹き上げられて上昇気流になることもある。こうなると、積乱雲という雲が生まれて、その積乱雲が低い空から高い空まで発達する。
激しい雨が降り、雷が起こり、ときには竜巻も発生する。
下降気流は普通は天気をよくするものだが、発達した積乱雲が起こす下降気流は、いきなり高いところから地上に吹きつけて、地上にすさまじい風をもたらすことがある。「下降する」というより、空気のかたまりが勢いよく落ちてきて地面にぶつかる感じだ。そのときは地面近くでは突風が発生する。その空気のかたまりとともに、高い冷たい空で成長した氷のかたまりもいっしょに落ちてくることがあって、これが
もちろん激しい雨が集中して降るので、豪雨災害も起こる。
寒冷渦は天気図上では地味だし、発達しても台風のように「強い」とか「非常に強い」とか「猛烈な」とかいう表現はつかない。予報円を使って「明日は寒冷渦がここに来ます」という予報も出ない。それなのに急に天気を崩し、ときには大きい被害を出したりする。
対処法は、天気予報をよく聴いて、「上空に強い寒気が移動してきます」と言われれば警戒する、という方法しかない。
台風よりもわかりにくい災害的な気象現象は、この寒冷渦をはじめ、いろいろあるのだ。
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