台風について私が知っていること
清瀬 六朗
台風10号接近によせて
令和6年(2024年)の台風10号が九州に非常に接近している。
これを書いている現在(8月29日午前0時ごろ)、強さのランクでは最強クラスの「猛烈な」になっておらず、上から2ランクめの「非常に強い」だ。
じゃあ「猛烈な」ほど警戒しなくていいかというと、そうではない。陸地に近いところで「非常に強い」ので、その強さがそのまま陸地に襲いかかる。中心が離れた場所にある「猛烈な」よりも強い襲いかかりかたになる可能性もある。
風というのは、大気のなかの気圧の差で起こるものだから、狭い範囲で気圧の差が大きいと風も強い。
台風は、その中心の低い気圧でまわりの空気を引っぱり込む。それが台風の強風・暴風として現れる。
今回の台風10号は中心気圧が935ヘクトパスカルという(28日午後11時)。
地上の低いところの平均気圧が1013ヘクトパスカルだから、その平均気圧と比べると気圧が92.3パーセントということになる。平均気圧はあくまで平均値だから目安にしかならないけど、台風はだいたい6パーセントから7パーセントの圧力の低さでまわりから空気を吸い込んでいるのだ。
しかも、今回は、「暴風域」が、台風の強さにくらべてあまり大きくない(無条件で「大きくない」とは言ってないですよ!)。ということは、近いところからすごい勢いで空気を吸い込んでいることになり、その「暴風域」の「暴風」の強さはより強くなる。
台風は海の上で発達する。
台風の中心、いわゆる台風の「目」の下で、海水面の温度が27度くらい以上だと発達するといわれる。
ふだん日本列島あたりにやってくる「温帯低気圧」は、二つの違う性質の空気のかたまりがないと発達しない。しかし、台風や熱帯低気圧は、下の海面温度が高い、というだけで発達する。
で、今回は、気象庁が発表している海水面温度のデータを見ると(「気象庁 海面温度」で検索できます)、現在、九州の西の海上は30度以上となっている。台風をじゅうぶんに発達させる温度だ。つまり、九州の西の海面に来ても台風は強くなり続けているということだ。
逆に、台風は、その中心が陸地の上にあるときには発達しない。発達しない状態で空気を吸い込むので、中心気圧は高くなる。中心気圧が高くなるとまわりの空気を引っぱり込む力が弱くなるので、台風は弱まってしまう。
「中心が上陸すれば」なので、たとえ台風の雲の大半が陸地の上にかかったとしても、中心が海の上にあれば、(海水面の温度その他の条件に左右されるけれど、一般的に)台風は弱まらない。
今回の台風は、現在のところ、九州に接近しながら、西の海上を北上している。そこの海水面温度は台風を発達させる30度以上だ。ということは、陸地に接近しているのに、上陸したばあいのように弱まらず、逆に強くなりながら少しずつ動いている、ということだ。
台風の中心が上陸したからといって安心してはいけない。中心が上陸すると台風は「強くならなくなる」し、全体としては弱まっていくのだが、一方で、風を吸い込む中心が陸上にあることになる。その「風を吸い込む中心」の近くの風は、二次元的な「面」を吹いていた風が「点」のような中心へと引き寄せられて行くわけだから、狭い場所に強い風が集中することになる。その陸地の上にあるものに対しては猛威をふるうことになる。
「中心が上陸したら将来的には弱くなる」、「しかしすぐに弱くなるのではなく、中心近くでは陸上で非常に強い風が吹く」という両面を見ておく必要がある。
台風は進行方向の右側で風が強い傾向がある(こちら側を「危険半円」という)。
台風自体の風の強さと、台風が進む速さとが合成されて、風がより強まるからだ。風は雨雲(主として積乱雲)を発達させるから、雨も強くなる(私が子どものころは右側が「風半円」、左側が「雨半円」だと言われた記憶があるのだけど、「右側は雨はたいして降らない」ということではない。最近はこの言いかたはあまりきかなくなったけど)。
これも「こっちは台風の左側だから安心だ」とか思ってしまっては絶対にいけないのだけど、右側のほうがより危険、ということは言っていいだろう。
で、今回の台風は、九州の西側を北上するので、九州の陸地は進行方向右側になり、その「危険半円」に入ってしまう。
海上を進むので、強くなりながら、しかもその風の強いほうの半円で九州を襲いながら北上している、
けっこう凶悪である。
今回の台風では、「予報円が大きく、予報に幅がある」と言われている。
ところで、「予報円」というのは何かというと、その「予報」の時刻(6時間後とか12時間後とか24時間後とか)に「その円のなかに台風の中心が入る確率が70パーセント」という円だ。
つまり、その予報の時刻に「予報円」のなかに台風の中心が来るのは、だいたい3分の2(よりちょっと多い)の確率で、3分の1は予報円の外に行ってしまう可能性があるのだ。
だから、いま「予報円が大きいから予報に幅がある」と報じられているけれど、それ以外のところに行く可能性も3分の1くらいあるので、「予報円からはずれているから台風は来ない」と思ってしまってはいけない。
ところで、避難遅れなどの原因としてよくいわれるのが「正常性バイアス」というものだ。
「正常性バイアス」という呼び名が適当かどうか。つまりは「何があっても自分だけはだいじょうぶ」という思いこみのことだ。
もともと人間(社会生活を送る人間)には「自分はだいじょうぶ」という前提で動いているという面がある。それも、私の感じでは、かなり強くある。
「自分はだいじょうぶじゃないかも知れない!」とかいつも考えていたら不安で精神的にも追い詰められてしまう。自分だけならまだいい。「ねえみんな、だいじょうぶじゃないかも知れないよ!」とかまわりにメッセージを発してしまうと、まわりまで不安にしてしまう。それは、個人にとっては、自分一人が不安だという以上に、心に負担のかかる状態だ。
さらに、「自分はだいじょうぶじゃなさそうだから予定変えます!」とか言ったら、ほかの人に負担がかかってしまうということを心配する、ということもある。自分が心配しすぎたせいで、ほかの人が危険にさらされてしまったらどうしよう、だったら自分が心配を押し殺していたほうがいい、という発想になるという傾向もある。
そしてさらに、「過去に災害(台風、地震、津波など)に厳重に警戒しろと言われたのに何も起こらなかったじゃないか」という経験が積み重なると、「マスコミは騒いでるけど何も起こらないよ」ということが確信として定着してしまう(このへんは、マスコミが、災害以外のことについてもふだんどういう報道をしているか、ということも関係してくるので……すみませんが、がんばってください、マスコミのみなさま)。
もともと災害というのは、たいていのばあい、災害が起こりそうな場所のすべてで同時に全面的に発生するものではない。災害の起こりそうな場所の一部で、生活のすべてが壊滅し、生命が危険な災害が発生するものだ。だから、災害が起こる、と言われたって、たいしたことの起こらなかった場所は、普通に存在する。だが、その「たいしたことの起こらなかった場所」は、次の同種の災害でも必ず無事とは限らない。だから、広い範囲に警戒が呼びかけられるわけだけれど。
私たちは「確率的に起こること」に対処するのが下手だ。
必ずたいへんなことが起こるのならば必ず備える。しかし、災害にしても何にしても、「結果として起こらなかったこと」に対して備えをしたことの手間とか労力とか時間とかは、あとから見ると、どうしても「ムダな努力」だったと思えてしまう。だから、「起こるか起こらないかわからないこと」に対しては、「それがムダな努力に終わる可能性」を考えて、あまり積極的に対処しようとしない。とくに「ムダは無条件で悪!」という常識があるばあいには、そうなる。その「ムダな努力」を回避しようとする傾向が結果的に災害被害を拡大することがある。
リスクに対しては、リスクの大きさによって、またリスクの種類によって、さまざまな対処法がある。完全にリスクを防止するという方法から、リスクに遭遇するのはしかたないから保険をかけておくという方法、またリスクをかぶるのはしようがないから覚悟だけはしておくという方法まで、いろいろある。
ほんとうは、リスクに対処するにはどういう選択肢があるかを考え、いま直面しているリスクにはどう対処しよう、ということをそのたびに考える、というのがいいのだと思うけど、私たちにはそういう訓練ができていない、それ以前に「リスクに対処する」ことについての知識がじゅうぶんにない、というのが現状だと思う(「思う」というのは、「そうでなければいいが」ということでもある)。
だから、どうこうしろ、ということを言える立場には私はないけれど、「自分には正常性バイアスがある」、つまり「自分は、自分だけはだいじょうぶ、という思いこみにしたがって動いているものである」ということは、自覚しておいたほうがいいんじゃないだろうか、ということは言えると思う。
専門家でもない私がこういう情報を「カクヨム」に書いたからといって、注意喚起になるかどうか、また、実際の避難の参考になるかどうかはわからないけど(しかも、あれとかこれとか、台風の下でむちゃをする話を複数書いています。フィクションですからね!)、ふだんは女の子どうしの友情とかほのかな百合的感情とかを書いているひとがこういうのを書きたくなるくらいにはたいへんな台風ということなので、何かの参考にしていただければ、と思います。
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