妖観察記

@shiki-tea

序 小雪蛍

 あ、動いた。

おばあちゃん家の軒下の上をちょうど手の大きさくらいの子供のようなものが駆けていく。庭の草むらが動いたと思うと、三匹の角の生えた鬼たちが目を細めて笑っていた。

 私には幼い頃から、人には見えないもの、妖などと呼ばれるものを見る力があった。そういうものは大体、人の家に一緒に住んでいて、私にたまにいたずらだとかをしてきた。たぶん、見え始めたのは5歳にもならないころ。最初に見たのは暗い家の中で見た二口女ふたくちおんな。怖くて声も出せなかったけど、そのあといろんな妖が見えるようになって段々とその日常に慣れていった。

 いつだったか、そのことをおばちゃんに話したことがあった。おばちゃんは最初遠くをじっと見つめていたけど、やがて自分の事を話し始めた。

「私も、ずうっと昔。子供の頃はそういうものが見えていた時があったんだよ」

「おばあちゃんも?」

「うん。たぶん蛍のお母さんも、お父さんだってね。でも可愛いその子たちを追っていると、少しずつ妖たちも飽きてきていたずらしてこなくなるのさ。だって面白い反応を見たくていたずらをやっていたのに、驚かなくなってしまったらつまらないだろう?そうやって妖のほうから姿を消していくんだ。そうすると、私たちも段々と見えなくなってしまう」

「じゃあどうすればいいの?私もっとあやかしたちと遊びたい!」

 きらきらした目で聞くとおばちゃんは優しく微笑んで言った。

「簡単さ。見えていないふりをすればいい」

「見えてないふり……?」

「そう。反応が見れなくなって飽きるなら、そもそも反応しなければいいのさ。そうすれば、きっと妖は悔しがっていつまでも姿を見せてくれる。少しだけ可哀そうだけどね」

 言いながらおばあちゃんはあったかい手でいつまでも私の髪を撫でてくれた。

 それからだろう。妖たちにいたずらされても反応しなくなったのは。おかげで大きくなった今でも、あの小さないたずら好きの住人たちが見えている。でも、絶対に反応なんかしてやらない。だってその姿をいつまでも観察して……


 その愛おしい瞬間を目に焼き付けていたいから。

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