第44話 最後の休息

 決まった。ルピルの覚醒した能力を頼り、ムーンへの、聯球儀イリアステル残骸衝突を防ぐ。つまりは、ムーンと人類の滅亡を防ぐ。


 まずは、月地下都市アガルタの中心でムーンの重力と星鉄を引き寄せる磁力を解除しなくてはならない。


「正確には、逆位相の加工を施して磁力反応と星鉄反応、そして引力反応を『崩壊パージ』させることになる」

「うん。多分できるよ」

「その前に、砂ウサギを集められるだけ集めろ。月面から地下ここまで、岩盤をくり抜いて避難民の乗る虚空船ヴィマナを収容する。『崩壊パージ』させると地下の空気の循環も無くなるから気を付けろ」


 全ては廿四球儀アストロジア主導で動いた。ネザーランドとタイシャクテンが八芒星ベツレヘムを介して指示したのだ。地下世界公表の混乱も構わず、人類存続の為に。


「…………いくよ」


 ルピルは、ムーンのコアを精確に加工した。風と澄んだ空気が失われていき、草木が枯れ始めた。


「それで良い。月面へ上がるぞ。アナ月下」

「妾の操作能力では不充分じゃ。お主も手伝え、ミミ・ネザーランド」


 その後、一同はルピルを連れて月面へ。アルピナが造った星鉄の屋根の下に、ネザーランドの用意した高速虚空船、王族専用機と発射台がある。


「アナ姫様。月下からの指示で……」

「リーダー! 俺達は何をしたら良い!?」


 アナとミミは、それぞれワタオと部下達に呼ばれて行ってしまった。


「ルピル!!」

「わっ」


 ロゴマークの無い見慣れた星間車に入って力強く迎え入れたのは、アルテだった。彼女はルピルの自身の胸に擦り付け、泣きながら抱き締めた。


「……良かった。怪我もなくて」

「うん。ありがとう。アルテさん」


 感動の再会もそこそこに、ユリウスの元へ向かう。


「ユリウスさん」

「来たか。もう少し待っててくれ。きちんと寝ているか? 食事は? 今の内に休息を取っておいてくれ」

「……うん」

「エリーチェ。計算手伝ってくれ。キルトも、虚空船ヴィマナの整備を」

「はい!」

「分かった」


 ここはまだ無事だが。

 屋根の外を見ると、既に星間車くらいの大きさの星鉄が降っていた。大きな音も響いている。あの大きさの塊が、屋根に当たっているのだ。






***






「あなたがルピルね」

「うん」


 屋根は、巨大な二枚貝のようにして作られていた。その一番奥の方に、屋根の硬度と形を維持するアルピナが居た。

 すぐ側に、目を覚ましたリリンも。

 ふたりは廿四球儀アストロジアに用意された虚空船ヴィマナのデッキに並んで座っていた。


「リリン」

「ルピル……」


 ルピルを見て、リリンは立ち上がった。よろよろと駆け寄り、両手を繋いで。

 ふたり、しゃがみ込んだ。


「あたしも、鉄ウサギなんだって」

「聞いたよ。吃驚した。僕と一緒だ」

「うん……」


 ルピルは、そこから月面の様子を観察した。リリンと並んで座り、手を繋ぎながら。

 皆慌てている。急いでいる。命がかかっているのだ。そして、人類という種族の存亡も。


「リリン。僕ね。……親、居ないんだって」

「ルピル」


 再び、泣きそうになった。自分は天涯孤独。どころか、人間かどうかも怪しい。誰かの目的の為に、人為的に造られた命。怒りの矛先は、始めから存在していなかった。

 リリンはそれを見て。


「髪」

「えっ?」


 リリンは、ルピルの白髪を見た。何も手を加えていない。撫でた。真っすぐ伸ばした長い髪。


「いつ解けたの」

「えっと……。地下で、悔しくて爆発しちゃって。多分その時」

「そう。じゃあまた結ばないと」

「……要るかなあ」

「要るのっ」


 ここには寝袋と食糧も積まれていた。あの味気ない最低限の栄養食ではない。動物の肉を干したものや、植物のサラダなど。

 リリンと分け合って食事を摂った後、仮眠を取った。






***






「ルピル」

「!」


 時間にして、1時間も寝ていないだろう。だが、不思議と寝覚めは良かった。

 大人の優しい声で起きたのは、初めてのことだった。


「アルピナさん」

「ママ」


 ふたり、アルピナの膝の上だった。ルピルは恥ずかしくなり、すぐに立ち上がる。


「ふふっ。鉄ウサギなんて、これだけ減ったらもう、残った皆家族みたいなものよ」

「………………」


 リリンを産んだ実験と、ルピルを造った計画は。自然物派と人工物派が、それぞれ現状を打破しようと『鍵』、そして『真玉兎ユェトゥ』――特別な鉄ウサギを目指したものだった。

 だがアルピナは、満足したような表情だった。多数の『夫』と『娘』を喪って。それでも最後に残ったたったひとりのリリンと再会して。


「良かったね。リリン」

「うん。ありがとう。ルピルもだからね。あたしの……妹ね」

「えー。僕がお姉ちゃんじゃないの」

「それは無い」

「ふふふ」


 ズドン。


「!」


 その時、一際大きな轟音が鳴った。見ると屋根の一部に穴が空いており、巨大な星鉄の塊が顔を覗かせている。


「時間、ギリギリよ。行ってらっしゃい」

「……うん」


 リリンと、手を繋いで。


「行ってきます。ママ」


 『母』に見送られて、その場を後にした。






***






「発射する虚空船ヴィマナは2隻。ルピル達は太陽へ」

「2隻?」


 マスクをしたユリウスが、月面で迎えた。既に乗り込むべき虚空船ヴィマナは用意されていた。


 ユリウス、アルテ、アナ、ワタオ。

 ミミ、クーロン、エリーチェ、キルトがそこに揃っていた。

 さらに、革命軍の兵士と廿四球儀アストロジアの研究者達。


「ああ。お前と同じことを、冥土ネザーランドでも行う。するとムーンを守る星鉄除けをふたつ用意できるだろ。効果は2倍だ」

「……そっか。冥土ネザーランドって、太陽と正反対の位置にある天体だもんね。でも、誰が加工するの?」

「わたしを含めた、残りの鉄ウサギ数人だ。こちらは心配要らない。冥土ネザーランドに居る仲間達の救出も兼ねているしな」

「……分かった」


 ミミ達の組はもう出発らしく、虚空船ヴィマナへと乗り込んでいく。

 そのひとりに。クーロンが居た。


「クーロン」

「…………」


 リリンが呼び止める。


「俺、一応革命軍だからさ。こっちに行くよ」

「バカ」

「ごめん」


 リリンはもう知っている。

 クーロンのお陰で、本当に、命が助かったことを。


「ルピルもごめんな。俺……」

「良いよ。クーロンはリリンを守ったんだから。それが正しい。だから全部終わったら、またちゃんと会って、話さないとね」

「…………ああ」


 クーロンは最後まで申し訳なさそうにしていたが、リリンは少しだけ満足そうだった。

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