第3話

 看護師に自分で食事を運ぶと言ったものの、結局は、昼食の時に苦労して病室の外に出て、壁伝いに配膳車のある場所まで廊下を這って移動したものの、片腕の状態ではトレイを手にして動けなくなってしまった。看護師が気づいて、無理しなくてもいいのよと言って、トレイを病室まで運んでくれた。少年が自力で病室に戻ろうとした時も、慌てて用意してくれた車椅子の世話になった。今の自分の身体の状態では、結局、誰かの支えなしに動くことさえできないと思い知らされて、やりきれなくなった。大阪の家で一人暮らしをするのは、やはり無理かもしれない。

 少年は少し、弱気になっていた。


 十三時頃に祖母が見舞いにやって来て、昨日の話の返事を尋ねてきた。今の少年のその身体の状態では、やはり一人で暮らすのは無理ではないか、祖母の話の内容はそういうものだった。

 昼食すら一人で運べなかったことがあったばかりなので少年は、祖母の提案に従うのも仕方のないことなのかもしれないと考えていたものの、まだ決心がつかないでいた。

 大阪の家には少年にとって大切な思い出がたくさん詰まっていた。できれば、それを手放したくはなかった。少年は、もうしばらく時間を下さいと祖母に話して、申し訳なさそうに頭を下げた。

 祖母が帰ってから夕食まで時間があったので、少年は午後のワイドショーを見ていた。相変わらず同じような内容で、失礼かもしれないが、真剣に見るものではないと思った。

 夕方になると、看護師が夕食を運んでくれたので、それを食べながらニュースを見ていた。そのニュースに少年の目は釘づけになった。旧中仙道で三日前に起こった事故の続報を放送していた。少年にとっては加害者の意識が回復して、警察が供述を取りに行ったとキャスターが語っていた。

 警察の会見の内容は次のようなものだった。

 上り車線を走行していた車を運転していた二十代男性は、一時的な記憶障害があり、事故のことは思い出せなかった。その車の後続車の運転手ドライバーは、事故の瞬間を目撃しており、二十代男性の運転していた車が車道中央線センターラインから対向車線にはみ出したと証言している。ほかにも同じ証言者がいるので、それは事実認定されるが、二十代男性の記憶が戻るまでは留保されることになる。ただし、多くの証言者の話から判断すると、事故の原因は、その二十代男性の明らかな前方不注意であろう、と。

 そして、顔写真と名前が公表された。少年は、その顔と名前を深く心に刻みつけた。

 コ・イ・ツ・ダ。

 少年の目は、既に常軌を逸していた。

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