第2話

 学校で自分の席に座って少年は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。遠くにたなびいている雲が、無性に空々しく思えた。

 昨日と今日とはつながっていて、時間の連続性には綻びがない。しかし自分の記憶には、昨日と今日との間に隔たりがあって、そこにはまるで関連性のない事故の記憶が横たわっていた。事故の記憶にも連続性があり、二日間の昏睡状態を挟んだ前後の記憶はつながっている。ただ、前後の記憶の間には、友人と他愛のない話を交わした昨日の記憶が挟み込まれていた。

 事故、昨日、病院、今日。

 今夜眠れば、事故に遭った夢の続きを見るのだろうか、なんとなく少年は、そんなことを考えていた。

 ただ、気になることがあった。事故に遭った自分は、そのことを夢かもしれないと露ほども疑ってはおらず、今の自分が記憶している昨日学校へ行ったことを、まるで覚えていなかった。だとすれば、やはり事故に遭ったのが現実で、こちらが夢なのではないのか、と。

 少年は頭を左右に振った。結局、判断を下すには、まだまだ情報が不足していた。

 少年は疲れたように大きな溜息をついた。

 どうした、朝から溜息なんかついて。

 唐突に横合いから声をかけられた。少年が目を教室内に向けると、登校してきた前の席の友人がウィンクしてきた。

 ちょっと気になることがあるんだ、少年はそう言って、友人が椅子に座るのを待ってから話し始めた。

 前に免許を取って車で長野県へ旅行がしたい、そういう話をしたよな、少年は友人の表情の変化を見逃すまいと、目を光らせて尋ねた。

 友人が、ああ、たしかにしたなと応えたので、少年は更に尋ねた。それはいつのことだったかな、と。友人は笑いながら、昨日のことをもう忘れたのかと答えた。ああ、そうだったな、昨日だったよなと言って、少年は険しい表情で更に続けた。おれが頭を抱えて震えていたのを覚えているか、と。友人は神妙な面持ちで、覚えているもなにも、お前を背負って保健室に連れて行ったのはこのおれだ、感謝しても罰は当たらんぞと、最後は茶化すような口ぶりだった。

 少年は驚いたように大きく目を見開いた。

 どうした、お前なんか変だぞと言った友人を少年は右手で制した。保健室の記憶が欠落していた。

 おれはそのあと、どうやって家に帰ったのかと尋ねるべきか、少年には迷いがあった。

 友人の目が訝しそうに少年を見ていた。少年は口を開こうとしたが、機先を制されてしまった。

 なにかあったのか話してみろよ、少しは気が紛れるかもしれんぞ、友人は大真面目な表情でそう促した。少年は迷った末に、事故に遭った夢のことを話した。

 友人は相変わらず神妙な面持ちで少年の話を黙って聞いていた。少年が話し終えると冗談めかして言った。正夢だったりしてな、と。少年は激昂して机に両手を突いて立ち上がった。あまりの剣幕に教室内は騒然となり、ひそひそと話し声が聞こえてきた。友人は笑って答えた。冗談だよ、冗談、真に受けるなよ、と。少年は居心地悪そうに椅子に座った。

 眉間にしわを寄せて黙り込んだ少年に、友人がつとめて明るく声をかけてきた。そんなに気になるのか、と。少年は、家族全員が死ぬような夢を見れば、誰だって気にはなるだろうと答えた。まあ、たしかに、気分の良いものではないわな、友人はそう話し、更に言葉を継いだ。ならこうしたらどうだ。その夢と同じ行動をしなければ、夢もまた違ったものになるかもしれんぞ、と。

 たしかに言われてみればそうなのだが、すでに夢の中では事故が起こってしまっていて、家族も亡くなり、もう手の施しようがなかった。死んだ人間が生きかえるなんていうのは幻想ファンタジーに過ぎず、実際には起こり得ない。そもそも、事故の記憶が単なる夢なら、ここまで頭を悩ませる必要さえないのだ。単なる夢なら。

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