すごいヒト
ベニテングダケ
第1話 すごいヒト前編
「すごいですね!」
この一言でハッキリ目が醒めて僕はまた笑顔を取り戻す。
「ありがとうございます」
この笑顔、この言葉は偽物で、僕はピエロ。
「以上アガデミー主演男優賞を取った小林笑さんでした!それではそちらにお返ししまーす!」
僕の隣に立つアナウンサーが言う。そしてまたニュースに切り替わる。
「…はぁ」
嫌気がさした僕は洗面所に行き顔を洗う。バシャ、バシャバシャ、バシャバシャバシャと水道から出た水道水を顔に浴びせる。僕は顔を洗うのが苦手だ。
「…気持ち悪い顔」
罵倒する。鏡の中の僕に、要するに僕自身に。
顔を洗い終わり、まぁ朝飯を食べる元気は無かったからサプリで済ます。
一般的にかっこいい服を着て黒いサングラス、黒いマスク、帽子を深く被り呼んでおいたタクシーに乗る。
「お客さんどこま」
「お台場」
会話をしたく無い。だからわざと嫌な客のフリをして言葉を遮る。運転手は何も言わず車を走らせる。舌打ちが聞こえたがこれは僕が悪い。
「え〜やっぱり一番好きな俳優は〜小林笑!」
「だよねーあの優しそうな笑顔かっこいいもん!」
途中女子高生達の気味の悪い話が聞こえた。あんな気持ち悪い物がかっこいい?イカレてるね。
「女子高生百人に聞きました!抱かれたい俳優No.1は、小林笑さんに決まりました!」
「いや〜やっぱり小林君は人気だねぇ」
街頭ビジョンに映る僕の顔、見たく無いし聞きたくも無いこれが僕小林笑の日常。
「ここで結構です」
「お代2100円ね」
ちょっと盛ったな。まぁ迷惑料としてなのかな。僕が2100円を支払いタクシーを出ようとすると。
「あれ?あんた今有名な小林笑じゃない?」
気持ち悪い名前を出すなよ。
「人違いですよ」
そそくさと車を出る。しばらくあのタクシー会社は使えないな。車を出た後時間があったから路地で煙草を吸う。まぁ無くても吸うけど。
「…はぁ〜!」
人生の中でこれが一番の癒しになってるのは言うまでもない。
1本…じゃ足りず2本3本4本吸う頃には時間が近くなっていたので、大手テレビ局に入る。
「やぁ小林君!今日も頑張ろうね〜」
「ありがとうございますモブA。よろしくお願いします」
「小林さん!今日もよろしくお願いします♡」
「よろしくねモブB」
あいつらの名前なんて頭に残ってない。でも名刺を見て苗字を言うだけなんだから簡単だ。社会人になるとこれができるから良い。
楽屋に入るとマネージャーがいた。
「おはようございます!小林さん!今日もよろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますねモブC」
しばらく準備して、番組が近くなって「小林さん入ります!」「よろしくお願いしまーす」なんて会話して。
「開始3秒前!3.2.1!」
「皆様おはようございますぅ。本日はゲストにあの有名俳優小林笑君が来てくれてます!」
「小林笑です〜。よろしくお願いします〜。」
偽物の笑顔で、偽物の喋り方で。
こうしてテレビが始まって簡単なリアクションを取れば良い、それで今日も金が貰える。
これが人生でこれが僕の生き方だから。
「またよろしくね〜」
その後番組が3つほど終わり帰れる時間になった。
「小林さん〜。今日ご飯いかがですか♡」
モブBがやってきた。なんか衣装的にアイドルかなんかだろ。
「ごめん。今日は先約があるんだ」
無いよ。お前となんか話たくないから知らない先約が生まれたよ。
「そうですか…。また誘いますね♡」
そう言ってモブBは帰ってった。気持ち悪い。まぁ僕よりはマシか。
帰りのタクシー…に乗る前にまた吸って。
「なんか面倒臭くなってきたな。歩いて帰るか」
今朝のタクシーになるかもしれない。そのストレスで今日は徒歩で帰ることにした。
いつもの繁華街は今日はとても賑やかで頭がドクドクして汗が溢れ出た。厚着をするのももう辞めたい。
一歩一歩歩く。気持ち悪い顔、気持ち悪い笑い、気持ち悪い身体、気持ち悪い服、気持ち悪い声、気持ち悪い歩き。気持ち悪い世界。
「…!」
吐き気がした。やばい吐く。僕は路地に入り、口から吐瀉物を出す。ダメだ気持ち悪い。あのモブアイドルが差し入れに何が入れたのだろうか。あの味なら生理の時の血かうんこか。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね「大丈夫ですか?」死ね死ね死ね…?
暴言の連呼に女の声が入る。
「あの…大丈夫ですか?」
こんな僕を見ないでくれよ。いつもの気持ち悪さに更にこんな汚い物を重ねたんだ。見るな。
「あぁ…大丈夫…?」
振り向き様に驚いた。だってこんな気持ち悪い世界で気持ち悪い僕に。
「お水…買ってきましょうか?」
こんなに美しいモナリザがやって来たのだから。
すごいヒト ベニテングダケ @oojamiuo
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