第30-3話



原初はじまりより古き神よ。御身の力、今ここにお借りします」



 カリナは告げる。

 注射器の針を自身の首筋に刺しながら。

 


「──《過剰強化オーバードーズ》」



 刹那、カリナは重力を何倍も強めたような圧力に押しつぶされそうになった。

 これこそが神の力だ。

 普通の魔術師であればこの神の力を長時間受け止め続ければ死にすら至る。だけれど、生まれつき神に好かれているカリナにとってはその限りではない。


「オオッ!!」


 だが、鬼人の男はその隙を見逃さない。

 裂帛の気合とともに立ち上がると、鬼人の男は鋼鉄にも見える漆黒の魔力を纏いながら、拳を放ってきた。


 先程は、カリナを廊下の端っこまで吹き飛ばした一撃。だけれど、今回はそうはならなかった。


「ッ!」


 カリナが手の平で鬼人の男の拳を止めた瞬間、耳をつんざくような音とともに衝撃波が吹き荒れた。二人を中心として校舎の床がひび割れる。だが、それでも、カリナは一歩も後退することはなかった。


 

 鬼人の男と膂力が互角の状況。

 微かに目を見開く鬼人の男に、カリナは微笑を浮かべながら口を開く。


「もっと、驚くかと思ったのですが」

「……驚いて、いるとも。そして、私もようやく目覚めたよ」


 数分前を再現するかのような言葉の言い回し。

 カリナと鬼人の男は揃って片頬を持ち上げると、ほとんど同時に拳を握り、両腕を掲げながら近接戦闘の構えを取る。


 そして──


「────はああああああああああああッッッ!」

「────オオオオオオオオオオオオオッッッ!」


 直後、二人は至近距離で肉弾戦を繰り広げ始めた。魔術のすべてを身体強化に割り振った超近接戦闘。魔術の細かい技量は関係なく、最も単純なパワー勝負。


 つまり、カリナが最も得意とする戦闘スタイルだ。


 カリナが一撃を与えるたびに、鬼人が纏う鋼鉄のような漆黒の鎧が破壊され、男は血反吐を吐く。しかし、次の瞬間には、鬼人の男の拳がカリナの身体に食い込んで吐血してしまう。神の力による過剰強化をもってしても、痛烈な痛みからは逃げられず絶叫を上げそうになる。


 だが、両者ともに攻撃の手を緩めることはなかった。


 それどころか、二人の間には無数の殴打が行き交い、防御なしの殴り合いに移行する。一撃一撃が魔術の強化がなければ、死に至るほどの必殺の攻撃。打ち合うごとに衝撃波で校舎は傷ついていき、凄まじい破壊音で耳が正常に機能しなくなる。


 いつしか、二人は笑っていた。

 互いの全力に耐えられる相手に。

 あるいは戦闘の高揚感でおかしくなってしまっていたからか。


 だが、それにも終わりがやってくる。



「────はああああああああああああッッッ!」

「────オオオオオオオオオオオオオッッッ!」



 どれほどの時間が経過したのだろうか。

 無数の応酬の後、二人が裂帛の気合とともに全力ではなった拳が偶然にも衝突した。轟音とともに拳は弾かれると、二人は廊下に靴の擦過痕を残しながら後退する。

 


 彼我の距離は、いつの間にか近接戦闘ではなく、魔術の撃ち合いに適したそれへと変わっていた。



 お互いにその戦況の変化を感じだったのだろう。

 二人は口元の血を拭いながら、壮絶な表情のまま言葉を紡ぐ。



「……そろそろ、殴り合いにも飽きてきましたね」

「……ああ、そうだな。では、そろそろ魔術師らしく戦うとしよう」



 カリナが顔を上げると、鬼人の男と視線が交錯した。

 これ以上、言葉を交わさなくてもわかる。

 これまで拳をぶつけてきた結果、鬼人の男がどういう性なのかは身を以って理解していた。


 ──逃げない、だろう?


 挑発的な鬼人の目。

 全力の力比べを望んでいる目。


 カリナは無意識のうちに笑ってみせる。

 直後、二人は奇しくも同系統の魔術を選ぶが──それは、ある意味必然だったかもしれなかった。



「──大樹の龍、炎天の鳥、金剛の虎、氷雪の霊亀、四獣を守りし霊神よ」

「──原初はじまりより古きもの、天上そらより我らを守りし神よ」



 カリナが紡ぐのは、第二世代の魔術理論に基づく簡易的な詠唱魔術。

 本来と比べると格段と威力は落ちるが、威力と速度のバランスを重視するのであればこの詠唱が最も適切だった。


 だが、ペナルティとして神の怒りが強大な負荷となってカリナの身を襲う。

 神は己への儀式を簡略化することを嫌う。

 骨が軋み、内臓が潰れ、血反吐を吐く程度で済んでいるのは、聖水を取り込んでいるのとカリナが神に好かれているからだ。



 対して、鬼人の男も同様の状況なのだろう。

 唇の端から血を零しながらも、鬼人も詠唱を続ける。



「五行相生の理を以って、我が霊気にて凶災を祓え!」

「星の輝きを刃となして、我が手に顕せ!」



「────《鬼砲きづつ》!!」

「────《天剣ステラレイ》!!」



 二人の手元に凄絶な光が収束する。

 カリナの手元には剣の形となって。鬼人の手元には莫大な光が凝縮されるように一点へと集中し。

 

 直後、空間を無理やり削り取るような音とともに

両者から一筋の光芒が放たれた。それは両者の中間でぶつかり合うと、衝撃波を生み出しながら校舎の壁を崩落させていく。


「────ッ」


 両者から放たれた一撃は拮抗していたかと思われたが、すぐにその状況は破られた。カリナが全力で魔力を注ぎ込んでいるにもかかわらず、じりじりと足が後退させられていく。


 そして、窮地への材料はそれだけではなかった。


「く……っ」


 力が徐々に抜けていくのだ。

 つまり、増強剤の時間制限。カリナが鬼人の男と張り合えていた唯一の希望が全身から失われていく。それに伴うように、鬼人の男が放った光の奔流が徐々に迫り────


「────ああああああああああ!!!!」


 絶叫をあげるとともに、カリナは新たな増強剤を取り出した。増強剤の連続使用。一日に三度使えるとはいえ、身体への負荷から連続の投与は推奨されていない。

 それでも、カリナは躊躇なく増強剤を自身へと打ち込んだ。


 

 どくん、と脈動する心臓。

 消えかけていた重力にも似た圧力が倍増し、莫大な力の奔流が流れ込んでくる。

 消えかかっている神の力。そして上書きするように重ねられた神の力。この数秒だけは倍増した神の力を振るうことができる。


 カリナはその好機を見逃さない。

 血反吐を吐きながら全力でエネルギーが凝縮した剣を振り切る。膨れ上がった閃光は、相手の光の奔流を飲み込んで押し切る。鬼人の男が驚愕したように目を見開くが、その表情が見れたのも一瞬のことだった。


 カリナが放った刃を象った閃光は、校舎の廊下を一刀両断した。校舎が半壊し、壁が瓦礫となって降り注ぐ。砂塵で視界が覆われる中、カリナはその場に崩れ落ちた。



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魔王ノ教室 〜一周目で生徒を全員殺された魔術教師、二周目は悪役教師となって「最強」へと育てあげる〜 篠宮夕 @ninomiya_asa

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