魔王ノ教室 〜一周目で生徒を全員殺された魔術教師、二周目は悪役教師となって「最強」へと育てあげる〜

篠宮夕

始まり

プロローグ


「──先生、一年間お世話になりました」


聖女の庭園リリィ・ガーデン》と呼ばれる女性魔術師教育機関。

 その学舎では、卒業式を迎えていた。


 式自体は一時間前に終わっている。

 だが、歴史ある校舎の外では、卒業生たちがしきりに喜びを分かち合ったり、別れを惜しんだりしていた。


 そんな校舎から少し離れた、純白の花が咲き誇る庭園で。

 テオ=プロテウスは一人の卒業生と向き合っていた。


「卒業を迎える最後の年に、先生の授業を受けることができたのは本当に幸運でした。先生のおかげで、夢に一歩近づくことができたと言っても過言ではありません」


 にこり、と揺るぎない微笑を浮かべ、彼女は感謝の気持ちを伝えてくる。


 戦乙女、という言葉がまさに当てはまりそうな少女だった。

 齢はまだ十八程度。

 だが、全身から醸し出されるのは、歴戦の戦士と敬虔な信者の両側面を持つ雰囲気。

 女神の彫像のような美貌を持ち、金髪はまるで陽光を束ねたように輝いている。

 この学校の制服であり、神官を彷彿とさせる純白の衣をきっちり着こなすその姿は、性格が生真面目であることを物語っていた。


 彼女の名前は、カリナ=ルドベキア。

 テオが受け持った教室のなかで、最も正義感が強く──最も志を高く持つ生徒だった。


「……っ」


 テオは照れ臭くなり、庭園内の噴水へと目を逸らす。

 すると、水面にはカリナとともに二十代の男が映っていた。


 良く言えば優しげな、悪く言えば頼りなさそうな雰囲気。

 全体的に線が細く、荒事には向いていなさそうな体格。

 手入れを怠っているようなボサボサの黒髪に、日焼けしていない白い肌は、テオが屋内に引き篭もりがちな学者気質であることを如実に示している。


 だが、見た目通り、テオは魔術学の学者であり──今は教師だった。


 だからこそ、生徒からの言葉には逃げるわけにもいかず、テオは向き直る。


「ありがとう、そう言って貰えて嬉しい。でも、君が夢に近づけたのは……最年少で教会の特務機関に選ばれ、前代未聞のエリート街道を歩んでいるのは君自身の努力の成果だ。僕のおかげなんかじゃないよ」


「ご謙遜を。《解析者》《魔術の祖に近き者》《現代魔術の申し子》……数々の魔術理論を創り上げられ、異名を持つ先生の授業。それに影響を受けていないはずがありません。最近では、何と呼ばれているかご存知ですか?」


「……何と呼ばれてるの?」

「《英雄を育てし者キングメーカー》です」

「…………」


 嫌な予感を覚えて訊ねみたら、恥ずかしい名前が返ってきた。


 この手の名前はいったい誰がつけているのだろうか。

 問い詰めて、ありったけの魔術を撃ち込みたい衝動に駆られる。


 だが、それ以前に疑問に思うことがあった。


「《英雄を育てし者》って……さすがにおかしくないかな? 僕の教え子は君たちだけだ。今日卒業したばかりなのに、英雄キングも何もないだろう?」


「自分で言うのもおかしな話ですが……先生の教え子である私たちは、在学中に注目を集めすぎてしまいましたから。今後の期待も込めて、そう噂されているのでしょう」


 確かに、彼女たちはこの一年間多くの活躍をしてきた。

 テオの教え子である生徒たちは、国内外問わず有名となってしまった。


 たとえば、魔術大会では熟練の魔術師が多く参加するなか、生徒たちが上位を占めた。


 大暴走(スタンピード)の沈静化。

 竜の討伐。

 難易度S級ダンジョンの攻略。

 ……などなど、数え上げればキリがない。


 一人一人が国家級戦力。

 次世代の英雄候補。

 今では、そう呼称されてすらいる。


 別に、彼女たちは最初から優秀であったわけではない。

 素質はあったものの、国家級とまで呼ばれる実力は兼ね備えていなかった。


 そこから国内外に轟くほどの実力を手に入れたのは、彼女たちの努力の成果だ。それにしても、英雄候補ではなく、英雄とまで言ってしまうのは早すぎる気もするが。


「それも、先生のおかげです」

「いや、だから僕は──」

「先生がどれだけ否定されようとも、これだけは譲れません」


 きっぱり、と。

 カリナは真正面から言い放つ。


「先生が丁寧に教えてくださった魔術理論は当然として、何よりも親身になってくれたからこそ、私たちはここまで成長できました」


 カリナは過去を思い返すように、遠くを見据える。


「先生もご存知の通り、私は魔術で人を救うために頑張ってきました。魔術で苦しむ人々を全て救えたら、と。でも、周りの皆には否定されるばっかりで……夢を諦めかけていました」

「そう、だね……」

「でも、先生だけが違いました」


 再びはっきりと口にして、カリナは口元に微笑をたたえた。


「先生だけが魔術は人殺しの道具ではない……と背中を押してくれからこそ、私は私の夢を信じ切ることができ、精進することができました。だから、先生のおかげなんです」


 魔術は医療や農業にも使われる。

 だが、最も多く使われる用途は『武器』として。

 つまり、『相手を傷つけること』だ。


 魔物の駆逐はもちろん、殺人にだって使われる。

 その最たるものは戦争だ。


 魔術の歴史は戦争なしでは語ることはできない。

 魔術は戦争によって進化してきた、といっても過言ではないのだから。

 故に、魔術には血のイメージが常に付随するため、人を救うなど馬鹿馬鹿しいと嘲る者も多い。


 でも、とテオは思う。


 夢物語かもしれないが、目指すことが悪いわけではない。

 到達が困難かもしれないが、決して叶わないわけではないはずだ。


 実際、歴史で最も有名な偉人──聖女リリィは、百年前、魔術で戦争を終結させた。


 全員とまではいかなかったが、多くの人々を救った。

 偶然にも、カリナは《聖女リリィの再来》と言わしめるほどの実力者。


 テオの教え子たちは国家級戦力と言われているが、カリナは中でも格別だ。歴史上数人いるかわからない実力者に、いずれは登り詰めるとまで言われるほど。

 そんなカリナであればいつかはきっと届き得るだろう、とテオは信じていた。


「カリナ。君の道は険しいかもしれないけど、僕は応援してる。ああ、そうだ。魔術は『人殺しの道具』じゃない。『人を救うための術理』だ。その心はずっと持っていてほしい」

「──はい、ありがとうございます」


 毅然とした、それでいて決意が込められた表情で頷くカリナ。

 これから、彼女は歴史に名を残す本物の英雄へとなっていくのだろう。

 教師としては、そんな彼女の人生に少しでも関われただけで嬉しい。


 ──と。


「ん、んんっ」


 カリナはわざとらしく咳払いをすると、不意に周囲を見回しながら小声で。


「……ところで、先生。今日、呼び出してきたのは私だけでしょうか」

「えっと……どういう意味?」

「最後に伝えたいことがある、と言ってきた女子生徒は私だけですか?」

「…………」


 なんだか、カリナの視線が怖い。

 テオが答えられないでいると、カリナはその表情から察したように目を細める。


「……なるほど、何人かいるんですね」

「何人かというか……七人かな」

「教室、全員じゃないですか!」


 びっくりしたように叫ぶカリナ。


 いつもはクールな表情しか見せることはないが、今だけは顔を俯かせて、真剣な表情でぶつぶつと何やら呟いていた。「女たらしだとは思っていましたが、まさかそこまで……」とか何とか聞こえてくるが、気のせいだろう。


「わかりました、今日のところはやめておきます。何だか印象が薄れそうなので」

「え、なにを?」

「何でもありません」


 むっ、と頬を膨らませるカリナ。

 どこか拗ねたような、少し子供っぽい動きをしているのが珍しい。


「でも、諦めてませんから。だから、この続きは先生と釣り合いが取れるようになってから言わせてください」

「もう、君は僕以上だよ」

「では、私自身がそう認めたときに」


 カリナはととっと一歩二歩進むと、くるりと反転してこちらに向き直った。

 ふわり、と制服の裾が持ち上がる。

 純白の庭園を背景にして、彼女はとびっきりの笑顔で言う。


「改めて、この一年間ありがとうございました、先生」




「──では、行ってきます」





 そうして、テオの初めての教え子たちは学校から旅立っていった。

 このときまでは、幸せであったと、教師をやっていてよかったとそう思っていた。









 それから、半年後。

 五十年ぶりに隣国との戦争が開戦してしまう。


 当然、国家級戦力とまで称されるテオの七人の教え子たちは招集され、前線に送り込まれた。

 そして、七人は実力通り活躍し、世界にその名を轟かせ──



 



 ──魔術は『人殺しの道具』じゃない。『人を救うための術理』だ。

 ──その心はずっと持っていてほしい。



 平和ボケをした、馬鹿な教師の妄言を心から信じてしまったせいで。





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リハビリでゆるゆると書き始めます。

もしよろしければお付き合いください。

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