第65話 痴話喧嘩

「ありがとうございましたー。またのご利用お待ちしてまーす」


 結局、ほとんどの時間をキスやスキンシップで費やしてしまった俺達は、ぐったりした状況で店を出た。中途半端に悶々としてしまうくらいなら、真っ直ぐ家に帰れば良かったと後悔した。


「しかし、流石に腹減ってきたな。何か買って帰ろうか」


 近くのコンビニに寄ろうと立ち寄った時だった。甲高い声で泣き叫ぶ女性の声とパンッと頬を叩く音が響いた。何事だろうと視線を向けると、そこには小柄な女性が長身のイケメンに罵声を浴びせている光景が目に入った。


「有えないです、ナル先輩! なんで私の気持ちを分かってもらえないんですか! 先輩の為なら何だって出来るのに……!」

「あんさー、それならもう少し俺のことを放っておいてくれないかなー。俺はもっと色んな女と遊びたいんだよ。一人の女に束縛されるなんて真っ平ごめんだね」

「嫌です! 先輩が他の女の人を抱いている姿なんて、想像するだけで胸が張り裂けそうです‼︎」


 絵に描いたような修羅場に多くの視線が集まっていた。見ていると男性側の浮気が原因のようだが、どうしてそんな男に拘るのかと女性の神経も疑ってしまった。


「下手に巻き添いを喰らうのも嫌だし、さっさと帰ろうか」


 杏樹さんの手を取って帰ろうとしたその時だった。青褪めた表情のまま、彼女は修羅場の方へと歩きだした。


 嘘だろう? 何故、自ら突っ込むんだ?

 慌てて引き留めようと手を伸ばしたその時だった。


「何をしているんですか、ミヨさん! 鳴彦さん!」

「及川先輩……? 何で先輩がここにいるんですか⁉︎」

「それはこっちのセリフ! もう、鳴彦さん……! また浮気ですか⁉︎」


 鳴彦……? 聞き覚えのある名前を手掛かりに、俺は記憶を辿った。あの長身イケメンなくせに大きくて失礼な態度。確か杏樹さんに犯罪まがいなことをした最低な親戚だった気がする。


「何だよ、杏樹。お前には関係ねぇだろ?」

「あるから! 私はミヨさんの友達だから、彼女が傷つくようなことはやめて欲しいの!」

「るっせーな、二人してわずらわしいんだよ! 俺のことは放っておけって!」


 不意に挙げられた鳴彦の腕が杏樹さんの顔に辺りそうになったので、慌てて庇うように前へ出た。わざとじゃないにせよ、目の前で彼女が傷つく様は見たくなかった。


「……ってーな。おい、アンタ。人前で痴話喧嘩なんて恥ずかしくねぇの?」

「な……っ、何だよ、テメェ! オッサンは黙ってろ、この糞チビが!」

「は? オッサン——?」


 強く腕を掴まれて思うように動けなくなった鳴彦は、犬のように吠えて喚いていた。こんな大柄な男に暴れられたら、女子達は無事で済まないだろう。俺はチッと舌打ちをして、そのまま親指を掴んで手首を捻らせた。


 突然のことに鳴彦は戸惑いながらも、流れに逆らうことができずに床に這いつくばった状態になった。


「目上の人には敬意を持つようにって、ママに教わらなかったん? あとチビは余計だっつーの!」


 人のコンプレックスを刺激すんじゃねーよ、この野郎!


 だが、しばらくして集まった視線に気付いた俺はやり過ぎたことに気付き、鳴彦の身体を起こして急いでその場を後にした。


 ———……★


 場所を変えた俺達は、不貞腐れて黙り込んだ二人の様子を伺いながら待っていた。


「ったく、何で杏樹達までついて来たんだよ! これは俺とミヨの問題だから、首を突っ込むなよ」

「そういうわけにもいかないよ……。ねぇ、何で鳴彦さんはミヨさんが悲しむようなことをするの?」

「そりゃー、色んな女とセックスがしたいからに決まってるだろう? ミヨが悲しもうが怒ろうが関係ねぇよ。コイツも了承の上で俺といるんだからな」


 何なんだ、コイツ……。

 下半身に脳みそがあるのだろうか?


 確かに鳴彦は長身のイケメンだが、こんなにも堂々と浮気宣言をするなんて、人間としておかしいだろう?

 人の心を持っているのか? いや、持っていないだろう。そうでないと屑だ、救いようもない糞野郎だ。


「——ねぇ、ミヨさん。こんな奴、とっとと見捨てて他の人を探した方がいいんじゃないかな?」


 流石の杏樹さんも呆れながらミヨさんを心配していた。だがミヨさんはフルフルと顔を横に振って断った。


「私はナル先輩が好きなので、他の男性なんて有りえません。この強気な態度も先輩の魅力ですし」

「なら、浮気も見逃せって」

「それとコレは別なんです。もう、ナル先輩……ほどほどにしないとチョン切りますよ?」


 何を⁉︎

 ゾワっと下半身に冷たい空気が流れた。これは本気だ。この子は本気でチョン切るつもりだ!


「んなことより。おい、杏樹。もしかしてこの男がお前の彼氏か? こんなオッサンが相手だなんて聞いてないぞ?」

「おい、俺はまだそんな歳じゃない。オッサンって言うな、この糞ガキめ」

「うっせぇわ、この糞チビオヤジ!」


 こんな奴が杏樹さんの親戚だなんて信じられない。あー、早々と弁護士に相談して見切りをつけていて良かった。っていうか、今すぐこの場を立ち去りたい! 今すぐに‼︎


「しっかし杏樹も、こんなオッサンのどこがいいんだよ。絶対に俺の方がいいだろ? なぁ、ミヨ」


 そんな鳴彦の質問に、一同は冷たい視線を送って蔑んだ。


「ナル先輩……その質問、意図によっては本気ですり潰しますけどいいですか?(にっこり)」

「本当、テメェは一度トラックに轢かれて、雄オークしかいない異世界に飛ばされちまえ」

「絋さんの良さが分からないなんて、ミジンコレベルから人生リスタートして下さい」


「お前ら全員、俺に優しく生きてくれ!」


 いや、優しくされたいなら、まずはお前が人に親切であれよと、皆が心でツッコミを入れた。


 ———……★


「くそぉー……俺はただ、本能に忠実に生きているだけなのに、どうしてこんなに貶されるんだ?」


 本能に忠実過ぎるのは獣と変わらないのだよ、鳴彦くん……。

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