第63話 新しい住処
現在住んでいるシェアハウスから車で一時間くらいのところに杏樹さんの祖父母が住んでいた家はあった。
意外にも中心部からは近く感じたのだが、問題は立地環境だった。
辺り一面、木、山、森!
鳥……いや、獣の鳴き声すら聞こえる気がする。
「最近、インターネットの光回線も通ったみたいなので、ネット環境は心配ないですよ?」
ん? むしろ今まで光回線が繋がってなかった? まさかと思ってスマホを取り出してみると、電波が一か二しか立っていなかった。下手したら通話が危うくなるレベルになる。
「ネットが繋がっていれば、LIMUで電話できるから大丈夫ですよ」
頼もしく話す杏樹さんを見て、俺は逆に不安になってきた。俺は田舎を舐めていたのかもしれない。実は車を降りた時から寒くて堪らないのだ。体感温度が数度違う気がする。
「そうですね、朝になったら霜も降りるし、霜柱も立ちます。回りが山だから空気が澄んでいて、今住んでいるところより三度くらい寒いのかな?」
「……ふぅーん、そうなんだー」
とはいえ、車は思ったよりも通っているし、悪くはないのだろう。
住む予定の家は数年間空き家だったせいで、草木も荒れ放題で廃れていたが、しっかりした木造の民家で、空き家のままにしているのは勿体無いと俺でも思うようになってきた。
「この辺りは空き家が増えているので、いつかは古民家再生して、千華さん達みたいな若い家族に住んでもらいたいなと思ったりしてます。って思うようになったのも、実はシェアハウスに住んだのがキッカケなんですけど」
「あ、そうなん? んじゃ、意外と最近なんだ」
「恥ずかしいことに……。それまではしたいこととか曖昧だったんですけど、シェアハウスでお洒落な家に格安で住むことができたことに感動して、自分でもしてみたいなって考えるようになりました」
最近は在宅で働く世代も増えてきたし、着眼点は悪くないかもしれない。
「それなら慎司に連絡して、シェアハウスを企画した人と話してみればいいのに」
「え?」
「デザイン系も何だかんだで学歴や肩書が重要だから、大学や学校は出ていた方がいいと思うけど、卒業後にツテがあるのは心強いっしょ? 何だかんだで慎司も顔広いし、頼りになると思うよ?」
どんどんと将来の土台が出来ていくことの安堵からか、杏樹さんの口元が喜びで緩んでいくのが分かった。
「絋さん……! 何かスゴく嬉しいです。それじゃ、この家のリフォームも紹介とかお願いできるかな?」
「うん、多分いいと思うよ。っていうか、めちゃくちゃ広くない? 何部屋あるん?」
「5DKはあります。でも風呂場はタイルだし、全面的にリフォームは必須ですけど……」
「いや、それでも土地探して新築で建てるよりも、かなり安上がりっしょ? 俺もリフォーム代出すから、こうなったらトコトン好きな感じにしようか?」
「ありがとうございます……! あ、そうだ。その、御仏壇もあるんですけど、いいですか?」
「ご、御仏壇……⁉︎」
「はい、祖父母のと両親のと………」
その瞬間、俺はハッとした。
そう言えば杏樹さんのご両親へのご挨拶、してなくね?
関係を持つ前にすると決めていたはずなのに、俺って奴は——!
「も、勿論! 御仏壇の一つや二つ、望むところです!」
「いや、仏壇は一つにしないと喧嘩してしまうって言われているので、一つしか置けないんですけど」
無知で誠に申し訳ございません!
全力で土下座しても足りないほど、悔やむ気持ちで胸が一杯だった。
いや、それよりも杏樹さんのご両親の墓参りをさせてもらいたい。一刻でも早く大事に育てた娘さんとお付き合いさせてもらっているご報告をさせてもらわなければならない。
「えっと、それなら近くにお墓があるから一緒に行きますか?」
「申し訳ないけど、ぜひそうさせて下さい……!」
全力で落ち込む俺を見兼ねて、杏樹さんが提案しする始末。すっかり逆転してしまった関係性に、俺は素直に従うしかなかった。年上として頼りになる男になりたかったのだが、どうしたものだろうか。
(いや、きっとこれが俺が望んだ結果だ。杏樹さんが自立した女性になるなら、それに越したことはない。その上で俺は彼女を支えて幸せにしてあげれればいいんだ)
依存の関係よりも、その方がいい。自分がしたいと思う主軸が出来れば、それが一番だ。
「早目に打ち合わせをして、工事に取り掛かってもらおうか。しかし、ここに住むとなると杏樹さんは通学に不便にならない?」
「車の免許をとろうかなと思ってます。多分、原付で移動するのが主になるかなって」
俺の嫁はすっかり逞しくなったようです。
こうして俺達は次へのステップへと進むこととなった。
それから無事に墓参りを済ませた俺達は、どんな内装にするかイメージを掴むために本屋へと足を運んだ。
基本的には和風の瓦屋根の平屋なので、畳を基調にしたシンプルなデザインが好ましいとは思うのだが、窓などを新調するか、和室から洋室に変更するのか等、課題は色々と山積みだった。
「玄関も大きくて不便なんですよね……。大きくて寒いから変えたいけど、結構な金額が掛かるみたいで……」
「もしかして前もって色々見積もり貰ったん? 勉強してた?」
「大まかなことしか調べてないんですけど。今はアプリとかで簡単にシミュレーターできるから便利ですよね」
キッチンやバス・洗面・トイレのリフォームは必須として、あとは各部屋の壁紙や床、天井や収納だった。俺自身は畳の部屋にして、壁紙や襖を黒やグレーを基調にしてシックにまとめてみたかったが、杏樹さんはどうだろうか?
「一部屋は洋室のベッドルームと物置にして、もう一部屋は和室でもいいかもしれないですね。リフォームしないといけないところはキッチリするけど、使えるところは現状を活かす形で。絋さんはそれでもいいですか?」
「全然問題ないよ。どちらかというと家具とかに拘りたいと思うし、何よりも工事を最小限にして、早目に引っ越しした方がいいっしょ?」
「そうしてもらえると助かります。その代わり、壁紙とかは自分たちが好きな感じにしましょうね」
雑誌の立読みができるカフェスペースが併設されている本屋で、複数のインテリア雑誌や住宅雑誌を読みながら打ち合わせを始めたのだが、お互いの趣味や好みが似ていたので早々とイメージが固まりそうだった。
だが、この感覚……実は想定外だった。
空間認識が高いのか、杏樹さん中で理想がハッキリと描かれていたおかげで、迷いがなくサクサクと進んだのだ。
「台所にあった備え付けの棚を撤去して、そこに食器棚を置きましょうか。それとも新たに作ってもらいます?」
「元々買う家電が決まっていれば、作ってもらったほうが無駄がないかもな。オーブンレンジと炊飯器、トースター……。あとはホットプレートやホットサンドメイカー……?」
「ホットプレートやたこ焼きプレートは便利でしたよね。それと食洗機やビールサーバーも?」
「食洗機は買いたいけど、ビールサーバーはいないな。まぁ、崇はアルコールが好きだったから焼酎サーバーまで買ってたもんなー」
飲兵衛だった崇のおかげで、食はお店レベルで楽しむことができた。ぜひ必須の家電は崇にアドバイスをもらって買っていきたいと思う。
と言うか、この会話……楽しい。
出逢った頃は、保護という形だったせいで杏樹さんに引け目があったし、シェアハウスは元々あった家に引っ越してきた形だったし、今回は二人で一から作っていく形なのだ。
(………いや、違うな。主導権は家主の杏樹さんにある。俺の方が尻に敷かれている感じだな)
別に構わないんだけど。うん、サポートの方が得意だ。多分……。
「それじゃ、続きは家で話しましょ。雑誌、何冊か買ってきますね」
良さそうな本を数冊抱えた杏樹さんはレジへと向かっていたけれど、そこまで頼るわけにはいかない。彼女の腕を掴んで引き留めた。
「俺が払うから、杏樹さんはここで待っててくれる?」
「え……でも」
「二人で作っていくんだから、俺にできることは俺にさせて? な?」
そうして購入予定の本を抱えてレジへと向かったのだが——……。後から考えれば、何であの時に一緒に行かなかったのだろうと……いくら後悔しても仕切れない状況に置かれてしまう。
いつだって不幸は、油断した時に襲ってくるのだ。
———……★
「はい、フラグ来ましたー」
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