第34話 上書き保存 【♡有】

 杏樹side……★


 絋さんの提案で一緒にお風呂に入る流れになったのだけれども、正直恥ずかしくて目の前がグルグルなりそうだ。


「お、お風呂に入るんですか? 一緒に?」

「だって嫌だから。杏樹さんの肌に他の男の跡が残っているのが」


 私よりもキスされた絋さんの方がダメだと思うんだけど、変なスイッチが入った絋さんに何を言っても聞き入れてもらえなかった。


「あ、あ、あの! せめて水着を! 裸は恥ずかしいから水着を着せてください!」


 これがせめてもの妥協案。この前買った水着を着用して、再びお風呂場へと向かった。

 扉を開けるとすでにシャワーを浴びていた絋さんが髪を洗っていて……。


 水も滴るいい男、かっこいい……!


「ん、杏樹さん? 用意できたん?」

「は、はい! 入ってもいいですか?」


 プールの時にも見たはずなのに、上半身裸の彼を見て恥ずかしくなった。引き締まった上腕二頭筋、割れてはいないけれど無駄な肉のない腹筋とか、触りたい!


「おいで? 洗ってあげるから」


 手招きする彼に誘われるように私はバスルームへと入っていった。シャワーだけだと思っていたのに湯船にはお湯も張られていて、うっすら肌に汗が滲んできた。


 泡ネットでフワフワの泡を作って、そのまま身体中を洗い始めた。スベスベでヌルヌルで滑る。


 手のひらを掴まれたかと思ったらクルクルと親指で円を描かれて、ゆっくりと他の人の記憶を上書きされていく。


「ん……っ、そこは」


 わきの辺りに指を入れられ、むず痒くなった。待って、そんなところ触られてない。違うと伝えたいのにくすぐったくて、うまく言えなくてもどかしさを覚えた。


「やだっ、くすぐった……っ! アハハ、やだ、ダメェ、待って!」

「もっと綺麗にしないと、ほらココは?」


 太ももに手を伸ばして、付け根の辺りまで触れ始めた。確かにお尻の辺りは触られたけれど、そんな際どいところは許していない。


「やめ……っ、そんなところ、誰も触ったことないのに」

「そうなん? んじゃ、ここは? 男だったら一番触りたいところだろ?」


 そう言って下乳に手を添えて、フニフニと持ち上げてきた。み、水嶋くんよりも絋さんの方がよっぽどエッチだ。服の上からなら触っていいとは言ったけど、こんなのダメ……!


「んン……っ! ん!」


 必死に声を抑えて我慢するけど、無理。口元を抑えて耐えたけれど、あまりの限界に涙が込み上がる。


「ねぇ、杏樹さん。どこ触られた? 綺麗にするから教えて?」

「く、首元……、胸は触られてない……、その前に逃げたから」

「んじゃ、ここ?」


 バックハグの状態で、首筋に舌を添えて舐めてくる。触られていないって言ったのに手は両胸を覆ったまま離れない。背中もピッタリくっついて、お尻は絋さんの太ももに乗せられて。


 唇を押し付けられた肌に痛みが走って、熱を帯びだした。紅い痕が残る。真っ赤な花びらが肌に散る。


「んン! ダメ、もう……!」


 耐えきれない感覚が襲い、私は大きく背中を反らせた。ビクビクっと何度か肩が痙攣させた後、ゆっくりと力が抜けていった。


「杏樹さん? 大丈夫? もう泡流して風呂に入ろっか。——つーか、ゴメン。やり過ぎました」


 急にしおらしくなった絋さんに戸惑いつつも、止めてくれたことに感謝しながら泡を流した。


(すごかった、すごかった……! あ、頭の中が真っ白になった!)


 もしかしてコレがエッチ? ううん、でもまだ脱がされてないし。でもなら、コレは何?


 分からない感覚に混乱しつつも、先に入っていた絋さんと対面するようにお湯に浸かったのだが、恥ずかしさから顔が見れない。目を逸らすように顔を俯かせていると手首を掴まれて抱き寄せられた。そしてまたしてもバックハグのような体勢で後ろから包まれた。


「杏樹さんって小さいよね。すっぽり入るというか、抱き心地がいいっていうか」


 そう言えば絋さん、腰にタオルを巻いていたけど何で? 水着を着ているなら巻く必要はない。

 ってことは、もしかして……?


「こ、絋さん……あの、お尻の辺りにその」

「ん、そりゃ勃つでしょ、こんなん」


(んんんんん——っ⁉︎)


 絋さんってこんなことを言う人だった?

 グルグルした目の私に対して、絋さんはまったりと湯船に浸かって、すっかりリラックスモードになっていた。


「あー……でも本当、杏樹さんが無事で良かった。早く見つけられて良かった」

「何も考えずに家を出てごめんなさい……。そんなつもりじゃなかったんだけど」


 今思えば、一歩間違えたらトラウマ確実だった。絋さんに合わせる顔もなくて、きっと死にたくなって自分の首を絞めていたに違いない。


「前に杏樹さんにも選ぶ権利があるから恋人の件は保留にしててって言ったけど、あれってなかったことにしてもらえないかな?」

「え、どう言う意味ですか、それ」


 絋さんは私の右手を掴んで、薬指の付け根辺りをフニフニと握り出した。そして真剣な顔で私を見つめると、キュッと口を一文字に噛み締めた。


「今回のことで痛感したけど、俺は他の男に触れられる杏樹さんなんて考えたくない。君を笑わせるのは常に俺でありたい。俺が幸せにしたい。俺だけが杏樹さんを悦ばせたい」


 待って、それは?


「こ、絋さん……?」

「——仕事の目処がつきそうなんだ。そんな贅沢はできないかもしれないけれど、それなりの生活は出来るから問題ない。だからさ、結婚を前提に付き合ってくれないかな?」


 突然の告白に胸がいっぱいになって、息が詰まりそうだった。胸の奥にあった大きな塊が溶けて消えていくような、身体が軽くなっていくような感覚が駆け巡った。


 ポロポロと溢れる涙は温かくて、嬉しいと伝えたいのに言葉が出なくて。必死に絋さんの手を握り締めて何度も頷いた。ずっと、ずっとずっと欲しかった約束の言葉だ。


「私……絋さんにとって特別な人になれたんですね」

「いやいや、もうとっくの昔から特別だったんだけどな。けどいいん? 付き合うからには真剣だし、相当重たくなると思うけど」

「そんなの望むところです……! 私だって絋さんの全部が欲しいし、私のことも独占してもらいたい。好き……すごく好き。私は……!」


 振り返ると、緊張から解放されて綻んだ笑みを浮かべた絋さん。

 私はこの人の彼女になったんだ……。


 改めて実感する。幸せってこういうことなんだ。


「それじゃ、今度指輪を買いに行こうか? とりあえずはペアリングで」


 こうして私と絋さんは彼氏彼女の関係に……いや、婚約者となった。


 ———……★


「だけど、彼氏彼女になったけど、何が違うのか……」


 この二人の場合、すでにイチャイチャし過ぎて違いがわかりません(笑)

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