第32話 でもやっぱり、好きなんだ 【胸糞有】

 絋side……★


「おいおい、杏樹さん……! 何処行ったんだよ? こんな真夜中に飛び出すなんて自殺行為だろう?」


 まさか巨乳女のことがここまで大事おおごとになるとは思ってもいなかった。今でこそ落ち着いてきたが、元々彼女は情緒不安定なダウナー少女だ。

 俺が支えるって言っていたくせに、俺が傷つけてどうすんだ!


 筋肉が限界を超えて悲鳴を上げる。脇腹が痛い。酸素が足りなくて眩暈がする。

 それでも走った、全力で走り続けた。

 ここで諦めてしまったら、俺は一生後悔するだろう。


「杏樹さん! 何処にいんだよォ!」


 歩道橋を駆け上がったその時、階段を踏み外してそのままバランスを崩して転倒してしまった。

 回りの人の悲鳴が響き渡り、あたりは騒然と慌ただしくなった。

 ヤバい、肘のあたりに血が滲む熱い感覚を感じていたが、そんなことを気にしている場合じゃなかった。


 こんな広い街中を当てもなく探し回ったところで見つける可能性はゼロに等しいのだけれども、それでも走らずにいられなかった。


 走って、走って、そして俺の頭に一つのことが浮かんだ。



 杏樹side……★


 誰も頼れないそんな状況で、唯一手を差し伸べてくれた優しさに、私は心が揺らいだ。


 でも男なんて所詮、下心しかないんでしょ?

 あぁ、そっか。どうせ誠実な人なんて私の回りにはいないんだから、誰と一緒になっても一緒なのかな?


 だったら目の前の優しい彼でもいいんじゃないのかな?

 どうでもいい。もう、どうなってもいい。


「——それじゃ、水嶋くんを頼ってもいいかな? 今日だけでもいいから」


 私の言葉に目を輝かせて、張り切った様子でベンチから立ち上がった。


「本当に? いや、今日だけって言わずに、ずっと俺を頼っていいよ? 俺は絶対に及川さんを泣かせるようなことはしないから!」


 一人で盛り上がって温度差が痛々しい。

 好きな人に頼られて嬉しい気持ちは否定できないけれど、仮にも落ち込んでいる私に対して、この笑顔は場違いな気がした。


「大丈夫、俺の兄貴が近くで一人暮らししてるから、そっちに泊まればいいよ」

「え、お兄さん……?」

「もちろん、兄貴には実家に帰ってもらうから、及川さんは気にしないでゆっくりしてくれればいいから! あぁー、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったな……。及川さん、いや、杏樹って呼んでもいいかな?」


 早すぎる展開に頭がついていかない。

 やはり私は早まってしまったのだろうか?


 でも、逃げようにも腕を掴まれて離せない。

 急に目の前の優しい彼が、羊の皮を被った狼に見えた。


「ごめんなさい、私……! 自分でどうにかするからいいです」

「何を言ってるんだよ、杏樹。今更そんなこと言ってもダメだよ」


 掴まれていた腕を引っ張られたかと思ったら、そのまま抱き寄せられて身動きが取れない状況になった。


 荒々しい呼吸が耳元に掛かる。クンクンと首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。水嶋くんの手のひらが腰、そしてお尻の辺りを弄ってスカートの中に指が入っていった。


「ずっと好きだったんだ……部屋まで我慢できない。ごめん、杏樹。俺、もう……!」

「いや、放して……! ヤダ、嫌だ!」


 硬くなった男根が容赦なく太腿の辺りに押し付けられて、ボタンを強引に外されて衣服を剥ぎ取られた。


「エロいな、杏樹。ずっとずっと君のことを思ってシていたんだ。でも想像よりもずっとイィ。一生大事にするから、俺のことを受け止めてくれるかな?」

「嫌だって! 放して、放してくれないと警察呼ぶから!」


 前に千華さんから教えてもらった『もし変態に襲われた時はココを狙え』を思い出し、握りしめたスマホを彼の喉仏を目掛けて振り回した。


「ガッ……! ゴホゴホ……っ、クソ、何だよオイ!」


 痛みで怯んだ隙を見て、私は全力で突き放して逃げ出した。


 バカだ、私……! こんな簡単に人を信じて、騙されて。自業自得にも程がある。あぁ、どうせ騙されるなら絋さんが良かったな。

 今更遅いけど、やっぱり脳裏を過ぎるのは好きな人の顔。


 会いたい、会いたい!


「何だよ、それ……! 俺のことを好きになったから頼ってきたんじゃないのかよ! 好き同士なら普通だろ? なぁ、待てって!」


 全力で走って、やっとの思いでタクシーに乗り込んだ。走り出してしばらくして、体験したばかりの恐怖が込みあがり、指先がガタガタと震え出した。


「恐かった……っ、良かった逃げられて」


 でも、これからどうしよう?

 結局振り出しに戻ってしまった私は途方に暮れてしまった。


 頼れる人はいない。どうしようもない。

 呆然と走る車窓から外を眺めていると、初めて絋さんと出逢ったビルが視界に入った。


 そうだ、いっそのことあの時のように、飛び降りてしまったら楽になれるんじゃないだろうか?


「すいません、ここで降ろしてもらってもいいですか?」


 タクシーの運転手に代金を払い、私は再び懐かしい場所に足を踏み入れた。


 遅かれ早かれ、私はこうなる運命だったんだ。

 自らを嘲笑うかのように渇いた笑みを浮かべ、一歩を踏み出したその時だ。


「——待って、行くなよ」


 いきなり掴んできた手に、全身の血の気が引いた。誰……?


 恐る恐る振り向いた先にいたのは、私がよく知る彼、絋さんだった。


 ———……★


「もう大丈夫、大丈夫……」

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