第31話 下衆
杏樹side……★
初対面にも関わらず、蔑む言葉を連ねる莉子という女子に、流石の私もイライラが募っていた。
オープンに遊んでいる莉子さんの方が潔い?
そもそも私は絋さん以外に媚び売っているつもりもない。
「えぇー? でも何だかんだで鳴彦のこともキープしてるし、水嶋の気もひいてるでしょ?」
「私が意図的にしてるわけじゃない。勝手に好意を持たれて押し付けられて、私も困ってるくらいなんです」
「またまたぁー、それも計算なんでしょ? あざとーい♡」
キャハハーって、見下した顔で笑って神経を逆撫でする。この人は何がしたいのだろう? 鳴彦さんを狙っているの? それなら相手は私じゃない。ミヨさんと直接戦うべきだ。
その場を去ろうとした時、ニンマリと笑った莉子さんが挑発の言葉を投げつけてきた。
「可愛いって噂だったから気になって見にきたけど、大したことなくて拍子抜け。ふふっ、これなら楽勝だね♡」
何を言っているんだろう?
この人、人間的に好きじゃない。
「莉子はね、あなたみたいな傲慢な子から大事な人を横取りするのがだーい好き……♡」
「……?」
「そのクールぶった顔が歪む瞬間、しっかり見てあげるからね?」
意味深な言葉を残して、莉子さんは教室から出て行った。
———……★
その日の放課後、改めて鳴彦さんと話をした私は莉子さんの相談を持ち掛けた。
「さっきのあの人、何なの? 鳴彦さんの知り合い?」
「まぁ、知り合いって言うか、元カノって言うか……」
元なら仕方ない。だけど鳴彦さんのせいでとばっちりを受けるのは納得がいかない。
「莉子さんは私と鳴彦さんが付き合ってるって勘違いしているの? それってスゴく迷惑だし、ミヨさんにも申し訳なく感じちゃうんだけど」
「いや、それはないと思うんだけどな? だって俺に興味はないはずだし」
だけど少し口籠った鳴彦さんは、渋々と私に質問してきた。
「……なぁ、杏樹はさ。もし彼氏が他の女と浮気してたら、どうするんだ?」
「浮気……?」
「俺のことは軽蔑するとか言ってたけど、やっぱ別れるのか?」
そんなこと考えたことがなかった。だけどありえないことではない。もし絋さんが浮気をしていたら私は——……。
「——やだ。私、絋さんと別れたくない。だけど他の女の人と仲良くしている絋さんも許せない。私……」
胸騒ぎを覚えた私は、スマホを取り出して絋さんへ連絡しようと試みた。でも私が絋さんと住んでいることなんて、初対面の莉子さんが知るはずないし、思い過ごしだと思うんだけれども。
私は急いで家に戻って絋さんに会いに行った。
「絋さん……! あの!」
「ん、杏樹さん? どうしたん、そんなに急いで」
いつもと変わらない様子の絋さんに安堵し、胸を撫で下ろした。
杞憂に終わったのかな? 安心していいのかな……?
「あの、実は学校で、変な時女の子に絡まれて」
「変な女? 何、それ……どんな女?」
「人の彼氏を寝とることが好きな、前髪パッツンの巨乳の美少女。鳴彦さんと一緒にいる時に絡んできたんだけど、私の彼氏を奪って、私の悔しがる顔を見たいとか言われて……」
莉子さんの特徴を話した瞬間、絋さんの顔が青褪めていったのが分かった。
これ、何かあったな……。
絋さんに限って浮気とか心配ないと信じていたのに、この様子は事後に違いない。
「………最低。絋さんも浮気してたんだ」
「い、いや、何で? 違う、浮気じゃなくて、事故みたいなもんで……! っていうか、同一人物かも分かんねェんだけど」
「………事故?」
「そう、事故! 前に変な女に絡まれただけで!」
怪しい……。
絡まれただけでこんなに焦るのだろうか?
最低にも程がある。下衆だ、この人も所詮、巨乳好きの助平男だったんだ。
あまりの屈辱に耐えられなくなった私は、絋さんの部屋を飛び出して玄関へ駆け出した。
今は何も考えたくない。
涙で滲んだ世界は歪に曲がっていて、真っ直ぐ歩くことすら許されない。
黒、黒、灰色——……世界の色が消えて落ちる。
「杏樹さん! 待って、俺の話を聞いてくれ!」
聞きたくない。絋さんなんて見たくない!
夜の街へと飛び出した私は、行くあてもなく歩き続けていた。途中、数人の男性に声を掛けられたりしたが、私を性の対象として見ている男となんて話したくもなく無視を貫いていた。
でも、だからと言ってこのままでいいわけでもない。
無人の公園のベンチに座って、呆然と夜の空を仰いでいた。
ずっと一緒にいたいと思っていたけれど、所詮は他人。ちょっとしたことで関係は切れてしまって、終わってしまうんだ。
だけど、もう少し……少しでも長く夢を見ていたかったな。
ボロボロと溢れて流れる涙。そんな私に気付いた一つの影が近付いて、気付けば近くに立っていた。
またパパ活や売春と勘違いした男が来たのだろうか?
俯いたまま無視をしていたんだけれども、その人は去ることも声を掛けることもなく、ただ傍で立っているだけだった。
よく見ると同じ学校の制服。もしかしてと顔を上げると、そこには心配そうに眉を顰めた水嶋くんがいた。
「やっぱり及川さんだ。どうしたの、こんなところで」
——それはこっちのセリフだ。
何であなたがここにいるの?
「どこか行ってもらえませんか? 誰にも会いたくないんです」
こんな泣き顔も見られたくない。ましてや自分に告白してきた男子なんて以ての外だ。
なのに水嶋くんは私の隣に座って、ただ空を眺めていた。
「ごめん。分かっているんだけど、こんな夜中に及川さんを一人にして置けないから」
この人、自分が何を言われたのか分かっているのだろうか?
微塵の余地もないほど、完膚無きまで振られたというのに、お人よしにも程がある。
「君がこんなに悲しそうに泣いているっていうのに、何で月はこんなに綺麗なんだろうね」
「——月?」
彼に言われて顔を上げると、大きな満月が夜空に浮かんでいて。本当に綺麗……。
「何があったかは聞かないけど、せめて場所を変えないかな? こんな場所に君を一人にはして置けないんだけど」
「でも私、今日は家に帰りたくなくて」
「彼氏のところは? それか友達とか」
「彼氏はいない、彼氏じゃないの……。私が勝手に勘違いしていただけで」
嘆く私の手を掴むと、水嶋くんは顔を真っ赤にして、必死に救いの手を差し伸べようと頑張っていた。
「それじゃ俺のところに……! 俺が及川さんを……いや、そもそも俺だったら、及川さんを泣かせるようなことはしないから」
真っ直ぐに貫く瞳が、私を射抜く。
「俺を頼ってくれないかな? 放っておけないんだ」
——弱った心に優しいは反則だ。
ズルい、ズルい、ズルい……。
———……★
中村青「ヤメろ、それはヤメろ……! 頼む、ヤメてくれェ!」
………あんまり好きじゃないんだよね、こういう展開。なら書くなって話ですが(笑)
今回は12時にも更新します!
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