紅茶よりコーヒー派。革命の海

真塩セレーネ(魔法の書店L)

1話完結 海をティーポットにしてやろうぜ

「クソくらえー!」

「おい、ジョン。汚い言い方すんな」


 寒空の下、波音が響く港町の一角にレストラン2階のバルコニーから身を乗り出して叫ぶジョンと、そのジョンの肩を掴む黒ハットが印象的なマイク。


「どのみち俺たちゃ、ゴミらしいからな。声なんか聞こえねーさ」


 ブラウンの瞳に影を落とし呟いたジョンは、手すりについた片腕を立て頬杖をついた。そんな様子にマイクは呆れた。


「荒んでやがる……」

「──その子の言う通り止めときな。まだ若い、身の振りかたを考えな」


 突然、葉巻き煙草を片手に持つ60代の恰幅の良い女性に嗜められた2人。


 「けど……」とジョンが文句を垂れる前に、その女性は2階のバルコニーへ腕を置くと1階入り口を見下ろし、あろうことか暴言を吐いた。


「こんなのは年寄りに任せな。──おいそこのグズ、さっさとこの町から出ていきな!」


 言い放つやいなや彼女は葉巻きを吸って吐くと、バルコニーの柵を背にもたれ掛かるとニヤリとこちらに笑いかけた。


「ええぇ、婆さん強」

「まったく不思議なもんだね。土地が変われば人も変わるのかねぇ」


 まだ10代の2人は慄きながらも、おばさんに近づいた。


「俺は見返したい。変えられない、出来ないって言った奴らに」

「そりゃ大変だ。大人に任せておけばいいものを……」

「子供じゃない! 俺だって……みんなの力になりたいんだよ」


 こうした独立の気運が高まっていた時代。100年後の未来でも語り継がれる【ある言葉】がこの港町で起ころうとしていたが──当事者である人々は知るよしもなかった。


「おお、若いバカがおるの〜」

「婆さんの言う通り、長生きしたけりゃ右から聞いて左に流しな。そんでもって俺達みたいなジジイになったら剣を取るのさ」


 バカにされて勢いよくジョンとマイクが振り返ると、ワインボトルを片手に持った2人の60代男性がやってきた。


「死を恐れないワシら最強」

「ワハハ」

「うるさいのが来たねぇ、まったく。昔はこの人らも若者で同じだったくせにね」


 なにやら、おばさんとおじさん達は気心知った雰囲気だ。


「みんなウズウズしてたのさ、ついに革命のとき!」

「──まるで御伽話みたいだ」

「白髪の王子で悪かったな」


 そう言って顔の赤い酔っ払いの2人は、肩を組んで近くのテーブル席へと腰掛けた。


「そこまで言ってないわ、まったく」


 愛想の無い感じに聞こえるが、おばさんの表情は始終にこやかである。


「これは御伽話か? いやTalk Rubbish(与太話)の間違いだな、ワハハ」

「違いねー」

「今を生きてるんだ。ワシらは待たねーぞ」


 結局おばさんも呆れるくらい会話にならず、ジョンもマイクも先程の勢いを失ってバルコニーの欄干にもたれて落ち着いた。


 波音を背に、おばさんと3人で酔っ払い2人を見守り……時が過ぎていった。



◇◇◇


「おい、何してる!」


 しばらくするとインディアンの格好に扮した町の人々が100人以上集結していた。それを止める役人の姿も大勢みられ、【茶税反対!】と書いた紙を掲げる人も中にはいた。


 ジョン達の他にも、10代に限らず多くの若者や大人が茶税に対する抗議に集まっていたのだ。


「我々は茶会を開いてるだけですよ。貴方達もお好きでしょう?──紅茶が」


 ジョン達と別のレストランでは、不当な茶税を要求するイギリスに対して皮肉の口論で応酬していた。


「わあ、すごい。そ〜れ! ぜーんぶ海へ投げて〜」

「夫人!?」


 そして大量の茶葉を運んだ船には、インディアンに扮した町の人々が船に乗り込み茶箱を海へと投げ捨てていた。港の側には貴族であろうドレスをまとった夫人が扇子を掲げて叫び出す異様な光景。


「海が荒れてしまうけど、あとで神に懺悔しますわ。ティーパーティー!」

「私の妻が……すみませんね。先導しているわけではないので……彼女は珍しいもの好きなんだ」

「な、何なんだ一体。ちゃんと教育してほしいものだ」


 優しい声色の紳士は明るい夫人へと寄り添い、穏便に済まそうとしていた。


「わたくし分からな〜い。なんにも分からなーい。大好きな紅茶が海に! これはアート、大きなティーポット」

「すまないね〜こうなると止められなくてね。けど妻は叫んでるだけで、何もしていないのだから──問題ないね?」

「ぐっ、とにかく早くここから連れて立ち去ってくれ」


 止める役人達は必死に2人を追いやったものの──


「大変です! 342箱の紅茶が海に」

「そんな……」


 結局、そんな行為も虚しくボストン港は紅茶色へと染まっていた。


「うふふ〜……もういいかしら。疲れたわ」

「すまない。君を守るためだ」


 立ち去った貴族達は馬車に乗り込むと冷たい目で外を眺めている。……どうやら異様な雰囲気は演技だったようだ。


「いいわ。貴方を守るためでもあるもの」

「ありがとう。日頃の鬱憤は晴らせたかな」

「そうね。けれど、どのみち私たちは現地人からしたら征服者よね……いつか手を取り合えるかしら?」


 難しい問題だった。アメリカという新大陸にイギリスから逃れるようにやって来た貴族達は原住民と相性が悪い。


「今、兄さんが奮闘してるけど……この先どうなることやら」


 紅茶の関税が異常だ。これは新しい国に対する嫌がらせだろう。自分達の経済が良いときは手を差し伸べ、経済が悪いときには手を離すやり方だ。──よくある話しだ。


「おや、見覚えのある顔ぶれだ」


 馬車の外に知り合いの顔を見つけるも何も言わず通り過ぎる。喧騒に包まれるこの町から馬車はゆっくりと離れていった。



◇◇◇


「こんなことをして、ただで済むと思っているのか。反逆だぞ」


 貴族同士も派閥争いになっていた。港町で大勢が腕を組んで2つに分かれている。


「反逆? そもそも君たちの下についたことは無いね。さて、お別れだ。Have a nice day.すてきな いちにちを


 皮肉な貴族的な物言いで手を払う。


「な、なんだと紅茶が飲めなくなっても良いのか!?」

「我らは今日からコーヒー派だ」

「なにっ」


 ──叫べ、この烈火に燃える心を。戦いの幕は今こそ開く。革命の朝、集結した人々は口を揃えて「我らボストン・ティー・パーティー!」と叫んだ。


 こうして日頃の鬱憤が爆発した日、のちに【ボストン・ティー・パーティー事件】と呼ばれアメリカがイギリスから【独立】するきっかけの事件となったとさ。


 日々の積み重ねから発展し、小さく思える1つが引き金となり爆発した。互いに思いやりを持って美しい瑠璃色の海を守る日がいつの日か来るのか……


 人々は寒空の下、雲間からの輝く光に目を細めた。





End.


【あとがき】


 作者のお茶好きから発展し、歴史にある【ボストン・ティー・パーティ事件】を元に着想を得て物語を制作しています。(作者はどちらも好きですが、紅茶が特に好きです)


 あくまで【フィクション】としてお楽しみください。こんな風だったら面白いな〜という妄想、想像小説に過ぎません。


 アメリカでは元々紅茶がよく飲まれていましたが、独立後からコーヒー派へ転身したと言われています。面白いですね。


『現実は小説より奇なり』誰が言ったか、その通り。歴史の方が断然面白いので良かったら調べてみてくださいね。


魔法の書店 創作者Lより


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