悪魔先輩のプリンセス〜初恋は魔界の王子様⁉︎〜

月都七綺

1、夜空に浮かぶ王子さま⑴

 夏の真夜中。

 レースのカーテンが風に吹かれて、ゆらゆらと揺れている。

 少女が眠る部屋のベランダに、少年の影が現れた。十五歳くらいの男の子。

 パジャマの胸元に光るペンダントをそっと外すと、影は軽やかに窓へ飛び乗る。


「お兄ちゃん、誰……?」


 目を覚ました少女が、月に照らされる姿に首をかしげていた。

 彼は、シーッとくちびるの前で人差し指を立てて。


「泥棒だよ。君の大切な物をもらいに来たんだ」


 優しく笑みを浮かべると、ちょうの羽根のようなマントをゆらりとさせて、静かに床へ降りた。

 そして、自分が付けていた赤いネックレスを少女の手のひらに落とす。


「代わりにこれをあげる。もっと大きくなったら、今度は君をさらいに来るね。小さなお姫さま」


 白い歯を見せて、手に軽くキスをした。

 ほんのりと赤らむ少女の頬。

 ステップを踏むようにタンッと窓へ移ると、彼は闇へと消えた。

 すぐに外をのぞいたけれど誰もいない。

 これが、わたしの初恋。



 背中まで伸びた茶色の髪。たぬき顔を強調する、少し太めの眉。天塚あまつかリリア、明日で十三歳の誕生日を迎える中学一年生。

 また同じ夢を見た。

 最近、七歳の頃に起きた事件を夢に見ることが増えたの。

 お父さんの高い時計やお母さんの宝石には目も暮れず、ゆいいつ盗まれたのがわたしのエメラルドグリーンのペンダントだった。「しょうもない犯人ですね〜」と警察が笑っていたのを、今でもよく覚えている。

 わたしのために警察へ通報してくれて優しいお父さんだなって思っていたけど、今思うと、ちょっぴり不思議。

 だって、子どもの言うことを間に受けて、自分たちが見てもいない泥棒を捕まえてくれなんて必死になっていたんだもん。しかも、盗まれたのは、オモチャのペンダントだったのに。


 小さなあくびをしながら、手のひらを口に当てる。

 夢なのに、夢じゃないみたい。あの人の優しくて甘い香りを思い出せって言われたら、今なら出来そうな気がする。

 教室の窓から外を眺めていたら、とてつもないオーラを放つブルーの瞳と目が合った。驚いて思わず声が出る。


「あの……、聞いてますか? リリちゃん」


 ぶらんぶらんと金色の髪を揺らしながら、冷たい頬がぴとりとわたしの鼻にくっついた。


「ちょっ、なっ、なに? ああっ、トーコちゃんの人形⁉︎」


 通学カバンへつけるにしては、少し大きめのアンティークドール。可愛らしいのだけど、暗闇では一緒にいたくない。

 だって、わたし、オバケやホラーが大の苦手。うっかり怖い動画を開いた日には、一人で寝られないほど。


「シャルロットと呼んで。今日のステルラ運勢によると、リリちゃんは【運命的な出会いが待ち受けている】らしいです」


 いつも持ち歩いている分厚い本を閉じて、トーコちゃんがシャルロットのツヤツヤした髪をなでた。

 風水透子かざみずとおこちゃん。小学生のとき、初めて出来た友達だった。占いが好きで、シャルロットとセットで、毎日ステルラ占いの本を持ち歩いている。

 ちょっと変わってるところもあるけど、頭が良くてすごく優しい子なの。


「それって、運命の人に……出会える的な?」


 ドキドキしながら聞いてみるけど、トーコちゃんは相変わらずポーカーフェイスだ。


「人かもしれないし、悪魔かもしれない」

「あ、悪魔って」

「はたまた、人生のターニングポイントがやってくるという意味かもしれません」

「詳しくは、わからないってこと?」

「その先を占うには、リリちゃんの美しい髪を数本と、普段身につけてる物が必要。リリアグッズを貸してくれるのなら、占ってみてもいいですが」


 すまして微笑むトーコちゃん。人形の効果もあってか、大人っぽいキレイな顔立ちがより独特なオーラを放っている。


「それで教えてもらえるなら、なんなりと」


 そう髪を引っぱった瞬間。


「キャ〜ッ! 夜宮よるみやセンパイ!」


 悲鳴のような叫ぶ声に、思わず体がビクッとした。

 いつの間にか女子たちが窓側に群がって、校庭へ手を振っている。

 夜宮先輩って、誰だろう? 聞いたことのない名前。

 チラッと下へ視線を送ると、三年生らしき人たちが歩いているのが見えた。


「三年A組の夜宮紅羽くれは。国宝級の美形だと、転校初日である一昨日おとといからすでに有名な方ですね」


 ふーんと見下ろしながら、どの人だろうと目で追う。騒がれるくらいだから、それなりに……。

 サラサラしたアイ色の髪がゆっくりと上を向いて、パチリと目が合う。

 整った顔のパーツ、落ち着きのある雰囲気。胸の奥からチリチリと何かが込み上げて、息が苦しくなってくる。


 ──あの人だ。


 周りの声が遠くなって、まるで二人だけしか世界にいないみたいに音がない。

 夜宮先輩のくちびるがスローモーションに動く。

 えっ、今、なんて……?


「さっき私のこと見て何か言ってたよね?」

「えー、あたしだって目合ったよ!」

「ワタシも!」


 急に女子たちの声が聞こえてきて、外からパッと視線を離した。

 みんな思うことは同じ。コンサート会場で、誰がファンサをもらったか言い争ってるのと変わらない。

 でも、これだけはハッキリ分かる。

 天使の輪をつくる髪と、ガラス細工みたいに透き通った目。

 あの人は、遠い昔の記憶に住む初恋の人に似てる。

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