九月一日では遅すぎる

菜月 夕

第1話『九月一日では遅すぎる』

 やばい。もう締め切りは今晩だ。

 一昨日にやっと月末に締め切りを延ばして貰ったのに今日の夜中には九月になってしまう。

 テレビには台風のニュースが流れている。

 あの台風が来て停電とか事故が起こればもう少し締め切りも延びてくれるのではないか。

 あり得ない希望を抱きながら何も浮かばない原稿用紙を見つめていると、玄関を騒がしく誰かが叩いてきた。埒があかないと訪れた編集だろうか。

 びくびくしながらドアを開けるとそいつらが入ってきた。

「台風です」

「モンスーンです」

「ハリケーンです」

「サイクローン」

 なんだなんだ。俺は締め切りがあるんだ。こんな訳もわからない奴らなんて知らない。

 なに、お前が台風でもこないか、と願ったから来てやった?

 そう言ったかと思うと、奴らは勝手に宴会まで始めやがった。

 ネタでも持ってきたんならまだしも、邪魔をするんなら帰ってくれ!

 騒がしい中、必至に原稿を書こうとしたが、そのうちにヤケになって俺も宴会に加わっていた。


 翌朝、宴会の惨状と空白の原稿用紙を残して昨日の奴らは消えていた。

 まさに台風一禍だ。過じゃないほんとに禍だ。

 誰が頼んだのか寿司の折りからピザの箱まで散らかり、ビールや酒の瓶がそこらに転がっている。

 テレビで丁度「今日は九月一日。防災の日です。普段から防災に備えましょう」と流れている。

 確かにそうだ。防災の日になってから備えるのではなく、原稿ももっと前から備えておくものなのだ。

 穴の開いた締め切りをどうしようにも、締め切りは昨日で終わった。

九月一日では全てが遅すぎたのだ。

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九月一日では遅すぎる 菜月 夕 @kaicho_oba

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