クノイチボディーガード、御曹司をお守りします!

音羽水来

プロローグ

「……紫、只今参りました」

 夏の暑さもそろそろ落ち着きを見せ始め、日が落ちる時刻も日に日に早まっていることこ合わせて、秋の始まりを強く感じさせるある日。

 わたし、忍足紫は自宅や町からも大きく離れた山奥にある、人気など一切感じさせない、色とりどりの花に囲まれた。何年前に作られたかすら分からない小さな小屋の中にいた。

 そして小屋の中には威厳と落ち着きがある男性が一人で、わたしを待ち構えていた。

「急に呼び出して済まないな。とはいえ、ここまで早くここまで来れるようになったとは、……全く、子供の成長は早いな」

「ありがとうございます、お父様。日々の学業に加え、基本的な体術や忍術の修行も欠かしてはおりませんので」

 わたしと目の前にいる男性は、わたしと義理の父親でもあるお父様は忍者だ。

 まあ、わたしは女子だからクノイチになるのかな。

 だから、この辺鄙な山奥に来るために使用した手段は車やバスなどではなく、鍛え上げた自分の忍術を駆使して自力で移動してきた。

 以前は数十キロは離れている自宅周辺からは、片道だけでも何時間とかかっていてとても大変だったけれど、今はもう自宅からなら三十分もかからずここまで到着することもできるようになった。

 まあ、お父様はもっと早いのだけれど。

「よろしい。……さて、今日呼び出したのは紫、お前の今後に関してだ」

「わたしのですか?」

「ああ。……幼少期に両親が事故で亡くなってしまったお前を引き取ってから、最初は簡単な護身術程度を教え、私が忍者であることは秘密にして育てようとしていたが、」

「わたしがお父様が忍者であることを突き止めからは、お父様も考えが変わったのか忍術を伝授して下さいましたね」

「なまじお前の中に光る物を見た気がしたからだ。だが、実際の任務などには絶対に参加させず、お前が忍者であることは誰にも話さず、秘密にしてきた」

 わたしが忍者であることはわたしが通っている小学校の人も、親しい友達の誰も知らない秘密。

 任務等で必要でない限りは、忍者であることを明かさないという約束を、わたしはお父様と結んでいるので、今通っている小学校の友達や先生も勿論知らないし、わたしが来年入る中学校、高校──その先の将来でも、おそらく誰にも忍者であることは明かさないまま生涯を終えるのだろう。

「はい。理由は分かっています、あくまで私を普通の一般人として育てたのは、わたしの為を思ってのことだと」

「お前は本当に物分かりが良いな。……それに、もう私自身忍者というものが、役割が本当にこの世界に必要なのかどうか、長い間疑念を持ってしまっていた」

「何故ですか?」

「忍者というものは自分から意思を持って行動するのではなく、鍛え上げた能力と精神を誰かに必要とされ活かすのが本流だ。だが、長い間かけて増えた忍者は耐え忍ぶのではなく力があるものの下で、ひたすら戦いを続け数を減らすだけだった」

 そう話すお父様の表情は、黒より暗い後悔の念に沈んでいた。

 それはお父様が他の忍者を手に掛けてきたからなのか、それともそういった忍者を見てきたからなのかは分からない。

 けれど、今のお父様にそれを尋ねても、きっとはぐらかせて答えてはくれないだろうし、何よりお父様の心の傷を広げてしまうだけだろうと、わたしはお父様の声から察したので、わたしは何も聞き返さなかった。

「……だから、お前を引き取る数年前からはそう言った依頼は受けず、忍者としては半ば隠居の身と過ごしていた」

「普段は複数の飲食店などを経営しつつ、この周辺一帯の山の管理を行う一般人という顔を使い分けてですね」

「ああ、……だが、どういう伝手なのかは気になるが、私の元に来たのかどうも不自然な依頼が一件あってな」

「参加するかどうか迷っているのですか? ……誰かを傷つけるためではなく、誰かを守るための任務なら参加してくださいお父様。私も少しの間なら、周りを誤魔化しつつ生活することぐらいは──」

 悩んでいるであろうお父様を後押ししようとする最中、お父様は懐から何かを取り出し、わたしに何かを手渡してきた。

 これは……、

「天集院学園中等部、入学のご案内……?」

「ああ。お前に来年その学園の中等部に入学する、ある生徒の護衛を頼みたいと考えているのだが……どうだ?」

「はい……?」

 いきなり話が斜め上に飛んでいってしまったことでつい呆けてしまったけれど、あれ? これってつまりお父様じゃなくて、わたしが任務を行うってこと?

「お父様ではいけないのでしょうか? 教職として内部に入り込めば、常日頃こそ困難なものの、護衛に不足するとは思えないのですが……」

「実はその辺りの伝手もあるのだが、その学園の中等部は全寮制、尚且つ今住んでいる場所から学園は大分離れている。単身赴任をするとしても、まだ子供であるお前を何年も一人にすることはできないのは分かるだろう?」

 そう言われてしまうと確かに筋は通っている。

 お父様と話をしながら、わたしはパラパラとパンフレットをめくっていくが、この学校、最近どこかで話題になっていたような気がする。

 …………あ、ああ!

「お父様、一つ致命的な問題があります」

「なんだ?」

「最近学校で同級生と話している中でこの学園の話題が出たのです。……人気も授業料も国内一、入試も倍率、難易度も国内一のとても狭き門であると、」

「つまり?」

「つまり……じゃないよお父さん! 一応勉強もちゃんとしてるけれど、いきなりこんな名門に、後数ヶ月しか勉強する時間もないのに受かるわけないじゃん!」

 あまりの無茶振りに堪忍袋の尾を自分で切ったわたしは、忍術で纏っていた忍装飾を解いて、普段着に戻り、日常でお父さんと接する話し方に戻した。

「勿論それは分かっている。だが、忍術を駆使して──」

「カンニングなんて絶対しないからね⁉︎ わたしの学校にも天集院学園を受ける子がいて、その子も毎日塾に行ってて大変なんだから!」

「じゃ、じゃあ裏口──」

「いい加減にして! もう! 受験勉強を頑張っている人たちに謝りなさい!」

「ご、ごめんなさい……」

さっきまでの重たい空気は完全に吹き飛んでしまい、お父さんも普段わたしと家で過ごしている時みたいに、すっかりわたしに頭が上がらなくなっている。

 忍術を悪用するな、って忍術をわたしに教え始めた当初、口酸っぱくしてわたしに言っていたのはお父さんなのに……!

 任務のため……でも駄目駄目。

 とはいえ、お父さんはこの任務に乗り気なのは確かだし……。

「もしかしてだけどさ、護衛対象がわたしと同い年だから受けたいの?」

「……ああ。その子は立場もあり、秘密裏に護衛をできる人間を探して探して、ようやく私の元に話が舞い降りたらしい。紫、一つだけ我儘を言ってもいいか?」

「自分一人でも行かせてくれって言いたいんでしょ? 仕方ないな、……全く自信はないけれど、できる限りの努力はしてみるよ」

 小学校の勉強で特に苦戦していないとはいえ、中学受験を見越しての勉強はしていなかったから、これからの数ヶ月は、受験勉強に明け暮れることになるのは確かだろう。

 でも、それでお父さんの憂いを晴らせるのならきっと安い対価だ。

 両親がいないわたしを男手一つで、忍術も教えてくれながらここまで育ててくれたんだ。

 むしろ安すぎて釣り合わないとすら思える。

「ありがとう。あ、でも一緒に引っ越すのなら転校でも──」

「一応決意したんだから余計なこと言わないで⁉︎ ……でも、しばらくお風呂掃除とかはお父さんがやってね! もう!」

 こうして、奇妙な経緯だけれど忍足紫の受験勉強は唐突に始まった。

 

 その時は地獄の受験勉強に明け暮れると思って、考えてもいなかったし、聞き返してもいなかった。


 護衛対象がどんな人かということも、その人がどんな『人』に、どんな『目的』で狙われているのかも。

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