第2話

「……やぁやぁ」

「遅いっすよ、ミネさん」

 ミネ……下の名前はタクヤ。二十代後半の男で、紺色のベストと青いネクタイが特徴。

 俺と組んでいる技術班の奴で、電気系なら上位陣にギリ入れるくらいの腕前。

「取り敢えず出てきなさい」

「誰のせいだと……」

 ミネさんはそれだけ言って、テーブルクロスを捲る。

 チリチリの赤みがかった髪の毛が、やけに眩しく映る……

 暗い所にいたせいだ。

「ミネさん、こっからどうするんすか? 聞いてないけど」

「帰るよ、手漕ぎボートで」

「手漕ぎで?」

「おう……まぁね」

「何でですかね」

 「ハハハ……」「ハハハじゃないっす」と言葉を投げ合い、いつでも適当なおっさんが無人のパーティー会場を迷いなく歩く。

 まるでダメな父親みたいな口調のミネさんは、階段を登って、扉を開けて、廊下を進み始めた。

 お洒落な絵画とかが飾ってある廊下を歩いて、また階段を登り甲板に出る。

 豪華客船の上から眺める湖は、澄んでいるようだった。

「この暗さだ、ちょっとは気を付けよう」

「分かってますよ」

 取り敢えずミネさんに付いていけば、ボートの目の前まで来た。

 ミネさんの見真似でボートに降りたら……

「待って、戻って」

 と言われた。

 珍しく歯切れがいいので、「なんでっすか?」と聞いたら、

「たぶん沈む」

「全く……」

 予想通りというべき答えが帰ってきた。

 実際予想通りなので、船上に戻る。

「ごめん、後で迎えに行くわ」

「クニーが来てからでしょう、連絡は?」

 クニー……こっちは雑用班の人で、主にドライバーなどをしている。

 レティーの中でも荒い運転で、糸目なのが特徴の金髪だ。

 しかし……

「クニーはパチ打ってるからなぁ」

 頭頂部の黒い金髪の男は、来るのに時間が掛かるようだ……


「よぉよぉ」

「遅いっす! クニー!」

「んなキレんなって」

「キレていいでしょ」

 何時間待ったのか、分かっていないクニー。

 百六十八センチの男は、一旦欠伸を噛み殺してから……

「降りてきていいぞー」

 と、早速本題に入る。

 掛けられた梯子を降りて、船外に出る。

 しっかりした小舟に乗って、浮島の三区の陸地を見た。

 三区……浮島の、水場担当。

 澄んだ水に、色とりどりの魚。

 夜のホテル群の光が、水面の反射と揺らめき越しに見える。

 錦鯉が、ヒレを折り返して、月の位置と被った……

 静かな水音を立て、黄金色の三日月から、朧になって沈んでいった。


「……カンパーイ!」

「ぇぇぇい!」

「……全く、乾杯……」

 それぞれ、ミネさん、クニー、俺……の順で声を張り上げ、飲んだくれていた。

 ミネさんはハイボール、クニーは生ビール、俺はイチゴオレだ。

 レティーの事務所のビルの六階の角部屋……エレベーターの真反対にあるここでは、飲んだくれが二人。

「……ぷはぁ!」

「……ん……ふう」

 おっさん二人が満足気に一缶開けると、つまみとして近くのコンビニで買った『唐揚げ氏』を取り出す。

 深夜に余ってる奴を買ったので檸檬麻婆味とか言う訳の分からない味だが、無理やり酒で流し込んでいる。

 俺と言えば、未成年なので酒は飲んでいないが、適当にイチゴオレを喉に通して……

 野菜類を揚げに、台所に向かう。

 任務後は晩飯を一緒に食べてはいるが、いつも揚げ物だ。何なら彼らはパチンコの景品のおやつとかしか食べてないので、普段より健康的である。

 レティーのビルは高級なため、鍋とかは複数稼働できる。

 早速、色々と揚げ始めた。

 まずは海鮮類。野菜から食べさせれば腹持ちが微妙に良くなるから、海老天や魚を揚げることで、腹持ちを悪くする。

 微々たるものだが。

 それと並行して、右の鍋で俺の分の食べ物を揚げる。

 料理しながら自分の飯を食べるテクニックだ。

 台所に持ってきたイチゴオレを飲みながら、ササッと揚げ、皿に持って、持って行く。

「いやぁ、クニーは任務日くらい待機してなって」

「朝の運勢占いで運がよかったって、何度言ったら納得する」

 酒を飲んだら、ミネさんはいつも通り、クニーはいつもより幾分と落ち着いている感じになる。

 俺はシラフだが。

「はい、海老天っす」

「お、海老天か」

「どうも……」

 二人がそれぞれの反応を示したところで、ふと、ミネさんが呟く。

「なあ、俺達さ、もう二年やってるけど」

「どうしたんですか急に」

「角部屋ももう二年いるし、俺等、レティーで一番しょぼいチームだろ?」

 レティーの部屋割りは、地下が最強のチームで、一階は一軍、二階は二軍、三階……となっていく。

 チームの中でも一番強いのが、エレベーターに一番近い部屋。遠い部屋が一番弱い。

 正四角形のビルの一辺に沿って建設されているのだが、このビルは六階まで。

 つまりは俺達のチームが六階という、一番弱い階層にいて、角部屋と言う、一番弱い部屋を貰っている……つまり、レティーの中で、最弱。

「周知の事実っすよ?」

「いや……何を言いたいのか、聞こう」

 冷静にそう言ったクニーの後に、ミネさんは一言、告げた。

「足洗うなら、そろそろじゃないか? ……なあ」

「足……か」

 ……二年。

 確かに、銃もかなり馴染んだ頃だ。

 辞めた時に監視が付くとはいえ、その期間は、二年だとかなり短い。

 レティーの生活に慣れきって、一般人の感覚を忘れ、唐突に狂って発砲したり、ありえないような体術を発揮してしまったり、問題を起こしてしまう場合がある。

「ま、そう言ってる自分自身は……勿論辞めない、電気屋はごめんだ」

「……まだ、パチを打ちたいし、同意だな」

「……俺は……俺も、まだ、続けますけどね」

 レティーに口封じの意味も含めて入ってきて、二年が経って……

 給料で貯金も貯まった。

 もし、俺が普通に暮らしていたら、今頃は普通の高校生だった……

 金に溺れた、のかもしれない……ただ、まだ、辞める気はなかった。

 使わないくせに、貯金があるという安心感が俺を支配する。

 そんな、ものなのかもしれないな。

「……よし、食うぞ」

 クニーが流れを変えて、海老天に齧り付く。

 ……この日常に近い、非日常が、まだまだ続くのだと考えると、不思議な感じがした。

 まるで、初めて高級料理を食べたときのように。

 高級感だけで、料理を味わうのだ。本当の食材も、食感も、味も気にしない。

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