生物の木と、ある男の変調

三家明

生命の木と、ある男の変調

生命の木、探検家であるならば一度は訪れたい場所である。自立宇宙船で凡そ半年、その旅を終えると、ようやく生命の木の自生地に到着する。わたしはその過程だけを強く実現できるよう努力してきた。ある程度会計関連の職で稼ぎ、自分の体力と調査力を磨きつつ虎視眈々と好機を伺ってきた。そして座禅を組み精神統一を何時ものように行っていると突然、今やるべきだと声がした、今まで何故待っていたのだろう。次の日辞表を職場に提出し、その夜木に旅立った。


 宇宙船の乗車券を予約し、反重力作用の巨大な梯子を公共交通機関を使って登った。そして宇宙空間にある空港に到着した。床には反重力作用を逆向きにしたものが埋められているらしく、重力の感じ方は地表と大差がない。端末の案内に従い、巨大な構内を移動するための自走車を捕まえ、目的の駅へと走らせた。

 生命の木方面への定期便が一定の期間ごとに出ている。観光地として有名であるが、環境保全の観点から観光客の数が制限されている。私はこの限定された人数枠に滑り込むことができた、おもに貯金の力を使ってであるが。

 駅のホームでは巨大な宇宙船が停止しており、乗客が出入りしている。その奇抜な外見から見ると、芸術系の星系であるロンガ方面の人かもしれない。宇宙船の外見はロンガ方面の人間が創作した評価関数が制定している。ハードウェアの制約を一切感じさせない外見である。わたしは改札を抜けそそくさと乗船通路に入っていった。

 宇宙船での生活は退屈なものだった。クラブで船内で出来た友人と口説きをしたり、できた彼女と幻想的な夜(合法薬物を使った)を過ごしたりもしたが、あまり満たされるところは無かった。気になったのが時々見える老婆と、スキンヘッドの人物である。皆目的地で下車して減っていくのだが、生命の木は終着駅に近いので最後まで船に残ることになる。二人だけはどうやら生命の木への旅行者らしい。

 最終的に私は自室に引き籠っていたので喋ることは無かった。駅に到着したとき降りたのは三人だけだった。

 惑星は「木の惑星」と呼ばれている。名は存在するが長ったらしいので誰も使っていない。狭い辺境らしい空間だけの空港から、巨大な無重力トンネルで地表の駅に荷物とは別に降り立った。地上の施設ではバス乗り場が乗り場館内に併設されており、遠くの方に宇宙船のようなバスが停車していた。

 その姿を見ていたのか知らないが、自動走行車が三人を向かいにやって来て、その中で手続きを済ませた、端末の情報から私たちを見つけたようである。期待に胸を膨らませてバスの中に入った。


 入り口の通路を抜けると、ホテルのロビーが出現した。バスの中とは思われないような作りである。そこに案内人がおり、今回の旅の注意事項が別の乗組員に話されている。順番が回って来て話を聞いてたが、前に読んだことであったので些か退屈であった。しかし、事故の話は初耳だった。


 現地の案内人の男は大袈裟に話し始めた「途中でバスから降りない様に、偶に廃棄物収拾車にごみを移動させるため停車することがある。昔、到着したと間違えて降りてしまった人が居た。その人はまだ見つかってない。危ない生物に襲われてしまったのかもしれない、今も生きているかもしれないが望み薄だ。皆さんも落ちない様に気を付けて、ここのバスの自動運転機能は、文明中心域よりだいぶ劣っているから」

 このバスは何処か狭く地球時代の旅館を思い出させる作りである。案内人は広間で我々に脅しの混じった教訓を語った。その後、皆それぞれに鍵が配布され、バスは自動的に出発した。自立走行の型は古いらしいが、内装の方は整っている。乗り心地も全く申し分ない。他の人物の服装を見ると、自分の星系では見たことが無いものばかりだった。皆それぞれ違う領域から来ているのだろうか。

 老婆が呻きながら落としたカードキーを拾っていた、だいぶ動きが緩慢であるが大丈夫なのだろうか。

「こんにちは、あなたは何処から来たの」

 スキンヘッドの人物が私に話しかけてきた。主部帯だ、と答えると「うん、確かにそんな感じだよね、旅行者の恰好じゃない」と言った、そんな変な格好をしているだろうか。

「だいぶ考えてあると思ってね、旅行者にしては」君は旅行者なのかと問う、

「ああ、そうだよ。多少有名な日記書きだよ」

 どうやら通信社会では有名なようだ、しかし大抵面白く有名な人物は人工知能である。本当に生身の人間なのだろうか、

「僕は生身派なんでね、その方面白いでしょう。共感も完璧な人間よりは得られるしね」

 多少は理解できる、自分も仕事は自信があったので別に変えることに興味は無い。しかし、日記書きという事はこの出来事も日記に書かれるのだろうか。別に書くなと言うつもりでもない、事実を書いていてもつまらない奴と面白い奴がいる、果たしてこの人物はどちらだろうか。

 バスの生活は面白いものだった、バスは基本的にホテルと同じような生活を送れるように設計してある。基本外の景色は直では安全上の理由のため見れないが、画面で見えるので得には問題は無い。とりあえず自分の部屋へと変える事にした。早く夕食を食べ休みたかった。


 次の朝、皆で広間に集まり解説者の話を聞く談話会が行われた。ロン毛の解説者はこのバスの業職に勤める前は探検家として宇宙領域にある様々な場所を巡っていたそうである。

「一番すごかったのはナノマシンが作った大規模建造物群だった、誰が何のために作っているのかまだ解明されていないけど、神秘を感じたね、それから僕は神秘主義に嵌って、関連する場所を訪れまくったのさ」

 画面にアンダート星系領域のナノマシン遺跡群が映し出されている。長い立方体のような黒い柱が、見渡す限り地表に立っている。何か昔の墓地のような印象を受けた。これがナノマシンによって作られたのだろうか、それは驚きである。

「この柱の材質は炭素と樹脂の混合体のようなもので、とくに珍しい素材って訳じゃない、でもだからこそ劣化もするし修理や改築が必要になるんだ。それを修理させるのが微小機械って訳だよ、ナノマシンはいつの時代からかこの遺跡をずっと補修してきた」

 そして解説者は技術学校で文明解析学を修得したそうである。経過論文も書き一定の評判も得たらしい。

「ただ、これに似た生命の木が存在する事を他の研究家から教わってね、居てもたってもいられなくなって学校を辞め、ここで木を観察しているのさ。それじゃあ、今から生命の木について分かっていることを話すよ」

「第一発見者は軍だ、戦略部隊の自律偵察機が、この生命の木を見つけたんだ」

「はじめは何かの考え違いだと思ったんだけと、実際にこの木は存在したんだ、そして調査部隊が作られ、その情報が研究所や解析班に送られた」

「結果、「全ての生命を作れるように設計された樹木のようなものだ」と報告された」

「遺伝子調査をこの惑星で行った結果、全ての棲息種がこの木の遺伝子を基に作られていることが明らかとなった」

「これらの生物はこの木に果実として生る、このように」

 映像が映し出される。ぶら下がった肉の袋のような物体から、獣が大量の茶色い液体とともに地面に落ちていく、動物は低い声を上げて鳴いている、四本の足を使い震えながら立ち上がってゆく。正直に言えば気味の悪い光景だった。まず実として生っている姿が不気味であり、人を不安にさせる。そして木の姿も木と言うよりは巨大な蔓のような外見で、伝説上の大蛇が地表に住む人々の街を薙ぎながら進んでいくような見え方をする。

「木を傷つけたり環境を変化させたりする研究調査は環境維持の観点から禁じられている、今回私たちはガラス越しに見るだけの観察となるけど、すごいものが見れると保証しますよ」

 仕事を辞めてここに来たが失敗だっただろうか。しかし、まだ見てもいないのだから見てからでも良いだろう。



 食堂で朝食を取っていた、すると美人の女性が同じテーブルに座ってきた。

「こんにちは、前の席いいですか」

「はい、どうぞ」

 前の席に彼女が座り、向かい合う形となった。顔が良いせいなのか知らないが、緊張してしまう。私は自分のルーティーンを反芻し冷静沈着にと自己暗示を行った。

 ビュッフェ形式の朝ごはんだったが私は常に一種類、目玉焼きしか食べない、あとは珈琲だ。この女性はたしか、芸術の業職の方だったはず。露出の多いファッションをしており、ダメージジーンズの化身の様だ。対して私は伝統のシャツにジーンズという格好だった、一時期ダメージジーンズを履きたくなったが、実現していない、人生は一度しかないのだから、私もやはり履くべきだろう。

「わたしは、キリノと言います、宜しく」

 私も自己紹介を返した、すると仕事を辞めて何故ここに来たのかを聞いてきた。スキンヘッドの人物に喋った事柄を、スキンヘッドがこの女性に伝えたらしい。ロンガ星系でデザイン漬けの生活を送っていたらしい彼女は、どうやら他に理由があるのではないかと疑っているようだ、私が辞めた理由はこうだ「確かに安定した職業だったが、退屈で飽きてきて、そこに辞めて見たいほどの物を見つけたから」である。

「私もおなじですよ、デザインの方向性が行き詰って、インスピレーションを得るために一度仕事を止めて生命の木に来たんですから」

 確かに外から見れば一緒のような気がする、デザインの人間ではないが急に行動を起こそうとする所が似ている。

 ただ私は次の仕事をそろそろ探さなければと考えている、彼女はデザインを人生の中心に据えており就職の事は考えてもいないようだった。私はその自信を目にし、会計職を辞めたことを誤りに感じ始めた、あの職場の雰囲気は決して悪いものでは無かったのだ。



 このバスには小規模だが図書館があった。現物の書籍は生命の木に関する物しかないが、電子書が何万冊か読めるようになっている。書籍媒体の情報企業と契約を結んでおり、乗客は自由に読むことが可能である。

 わたしはそこで生命の木について調べものをしていた。検索端末で生命の木に関連する記事を時系列に表示させた。一番初めに新聞記事が有り、軍の偵察機が謎の木を発見、との速報記事が載っていた。

 図書館の部屋はカフェの部屋との兼用で出来ており、現物紙の印刷物などをここで作ることが可能である。スキンヘッドの人物を偶にここでよく見かける。私は生命の木に関連する論文や記事などを読書端末に落とし込み、珈琲を飲みつつ読み始めた。


***


生命の木 〈宇宙の生態速記 ノダ・ベルマ 記述員〉


 この木はまるで生物の培養器である、〇〇星系にある植生区域で発見された大規模な樹木は特異な生態系を持つ。この木の名前はまだ付けられておらず発見者の繋がりでは「生命の木」と呼ばれている。この木には、実際に生命が実るのである。


***


 と言った記述の後にその実の写真が並べられていた、衝撃がすごい配置だった。胎児の状態のものや、もう出てきそうな実まで、袋にぶら下がっている姿が示されている。この記事は生命の木の人気を激増させたと、ツアー案内に掲載されていた。さらにその記事の続報には、詳細な樹木の見取り図が掲載されている。

 ふと外を見てみると土砂降りの雨が降っていた、天気を調べると強烈な低気圧が来ているらしい。生命の木は流されたりしてしまうのだろうか。そろそろ夕食の時間であるので帰ることにした。



 行き道が冠水し通行止めになっている、そんな通知で目が覚めた。建築会社が道路の修繕向かっているが、そもそも川の増水が収まらないため、工事自体に着手できないとの事。辺りの木は葉の広い、太く低い木々が、バスの周りを囲んでいる。木下には所々巨大な水たまりができていた。

 外は酷い有様だが、バスの中は快適このうえない。皆で集まって地球産のボードゲームである麻雀や将棋やチェスや良く分からない複雑な戦略ゲームまでを遊んだ。特に頭脳戦では、スキンヘッドとデザイナーとバスの案内人が恐ろしく強かった。外見ではあまり強そうに見えないが、私は何回も敗北し悔しさを味わった。どうやらボードゲームは私は強くないらしい、そもそもあまり好きではない、しかし皆で集まってする分には面白いものである。しかし、ゲームの規則が意味不明で不快である。一体キャスリングとは何なのか。

 スキンヘッドは遊んだ記録を元にブログ記事を書いていいかと皆に聞いていた。彼の日記、生命の木篇は通信網上で高い観覧数を誇っている。私は出演を了承したので多分私も登場しているのだろう。

 前に日記の完成原稿を少し見せられたが、会計関連の職を捨て、生命の木の旅へと向かう主部帯出身の男性とされていた。スキンヘッドに近しい人物として描かれている。更にバスの図書館で調べたであろう生命の木に関する事柄が、少し掲載されていた。スキンヘッドに依れば情報を小出しにしていくらしい。観覧数をできるだけ多くして利益を稼ごうとする商魂胆やらがあるらしい。

 その日の夜、就寝前に端末で生命の木の見取り図を呼び出していた。正確な木の面積が記述されているが、感覚がつかめない。途方もなさそうだ。



 朝目覚めると外の景色が室内画面に映し出されている、部屋中の可触画面を屋外の風景が見えるように設定していた。そこから見える景色は相変わらずの雨模様だった。私は部屋に引き籠り気味になっていた。元来一日中楽しんで遊びたいという性格ではないのである、他のみんなは一日中他人と喋って居られる性格らしい。

 しかし朝食はやはり食堂で食べたい、このバスの炒り卵が非常に絶妙な味で、それを食べた後の珈琲も忘れ難い味なのである。端末で商業界の話題を眺めつつ食堂へと向かっていた。食堂に着くと、いつものような賑やかさは無かった。

 皆が机の一角に集まっていた、その雰囲気は変に張りつめていた。一体どうしたというのだろうか、真剣に何かを提案するような声が聞こえる。スキンヘッドにどうかしましたかと聞く。

「これを見てください」

 静止画を端末に表示させてスキンヘッドがこちらに見せている。それはバスの外の映像を静止画で切り取ったものらしかった。駐車場の向こう、巨大な木々が生い茂っている場所に裸の人間が立っている、様に見える。しかしこの星に人間が裸で立っていたらおかしい、心霊映像だとでも言うのだろうか。宇宙で撮れる心霊映像なのか、と私が疑いつつ聞くと。案内人が述べた。

「この顔、ここで行方不明になった方と瓜二つなんです」

「・・・・生存者なんですか、この人」

 スキンヘッドが念を押すように言う。デザイナーが、

「助けに行った方が良いんじゃない、思い切りバスの外に居ますし」という。

「助けるのはこのバスの機能では難しい、そもそも出られないんだ」

 緊急救助用の車両と班が居るのでそれを呼ぶという。

 映像でその裸の人間が映っていたのは一〇秒程度で、強風で木々が揺れた後にはもう動画には映って居なかった、と言う事だった。皆で私を騙そうと一芝居打っているのではないかと疑った、その場合騙されてやろうと思った。

 しかし、種明かしは無さそうで皆顔が本気である。スキンヘッドは、

「誰かが仕組んだ悪戯じゃ無いでしょうか、良くハッカーが公共の映像送信機を支配して、喧伝を流したりしますよね」

「公共の電波は改変できる例があるが、バス内の監視機能を一定時間改編するとか可能なんですか、確か内部環境は出力機能を除いて隔絶されている筈です。」

 案内人が反論する。確かに、現代の技術水準では可能だが、バスの中という環境の中で果たして可能なのだろうか。しかし、悪戯と言うのが分かりやすい答えなのは確かだ。

「一応、目撃されたので、捜索車が出る予定だ、これで見つからなかったら誰かの悪戯とするよ」案内人が言った。

 デザイナーが大丈夫なの、と言うが案内人は「今は川の増水でそれどころではない。詳しい機関に頼むとしても、ツアーが終ってからになるだろう」と言う事だった。

 私はお腹がすいたので朝食を取り始めた。外の様子を写す画面を見れば雨は降り続けていて、やむ気配が無かった。



「これは、無重力空間にある人工ブラックホール研究所の研究員のお話なんですけどもね、その研究員である彼女は深夜まで研究に没頭していたらしいんですよね・・・、すると加速器内の監視装置が異常を示したんです・・・おかしいなー、侵入者かもしれないと、思いつつも監視装置の防衛度を少しだけパラメーターをいじって上昇させました・・・」

「大変だ、帰り道の道路が崩落したらしい」

 案内人が驚いたように話を中断させた。いつものメンツで集合スペースに集まり「宇宙都市伝説」会をしていた。そこに案内人が入ってきたのだ。

 スキンヘッドが言った。

「それは帰れなくなったという事ですか」

「ええ、残念ながらこのバスでは難しくなりました。建築会社の道路修繕隊が崩落している部分を発見したとの事らしく。申し訳ありませんが安全を優先するため、ツアーは中止とさせて頂きます」

「そんな」

 私は仕事を辞めてまでここまで来たのである、中止とは何とも遣り切れない。ただ外が晴れ始めていたので、行けると思っていただけに残念である。スキンヘッドが言った。

「今から、どうやって帰りますか、どちらにせよ生命の木に寄っていった方が良いのではないでしょうか」

「しかしですね安全が保障できないんです」

 デザイナーが言った。

「帰り道が無いのであれば、行っても良いんじゃない。」

「一番安全なのがこのバスであるのは確かでしょうが、だからと言って危険が頻発している今の状態で行くとなれば・・・・」

 するとバスが揺れ始めた、外を見ると駐車場の地面の端がゆっくりと陥没してゆく。陥没していくのは道路の広場だけでなく、向こうのジャングルも水に流されるように沈んでゆく、そして水の中には巨大な根のようなものが見える。パスの案内が「緊急回避系統」と表示されている。

「皆さん、落ち着いてください、落ち着いて座席スペースに移動願います、ここからは緊急走行の機能が発動します、緊急走行の機能では危機回避のため少々荒い運転を行います、座席スペースに移動してシートベルトをして待機していて下さい」

 急いで案内人の指示に従って座席スペースに移動する。これでは生命の木どころでは無いだろう。だがバスは生命の木に向かっていた、帰り道が陥没していたからである。案内人は端末の情報を見ると、こう言った。

「生命の木の近辺にもしもの場合の避難施設があります、バスはいまその施設へと向かっています、そこに水や食料や多く置いてありますから、救助されるまでは持つでしょう」

 パスは速い速度で走り、冠水している場所を走破した。バスの緊急自動運転はなかなか人間味のある運転の仕方だった。

 スキンヘッドがアクセスが増えますよ、と私に話してきた。呑気なものである。しかしこういった心持の方が、冷静に物事に対処できるのかもしれない。

 危機はどうやら脱したらしく、運転も緩やかに普段の様に戻り始めた。しかし、生命の木に行くことができたのは不幸中の幸いだ。



「どんな避難施設なんですか」

 私は案内人に問うた。

「もし事故や危険などが発生した場合の、安全確保のための施設ですよ、大抵の星系観光地には備えてあると思います」

 案内人はその後は座席スペースの皆に聞こえるように話した。

「これから避難施設に向かいます、避難施設と言ってもこのバスのようなものでは有りません。バスを動かす燃料資源、私たちの生活資源が多少貯蔵されている倉庫のようなものです、到着してからも普段の生活は今と同じようになるでしょう」

「それは良かった」

 デザイナーが言った、スキンヘッドがさっきの土砂崩れは何だったんだと言っている。私は土砂崩れと言うより土石流ではないかと指摘した。木や土が根こそぎ流れていったと感じたからだ。スキンヘッドがそんな流れが発生するような傾斜があるようには見えなかったと言った、確かに一理ある、それともこの星特有の土砂災害だろうか。

 案内人が誰か外部の人間とやり取りをしている、どうやら安全上の件で問い合わせを受けているらしい。

「管理者は、バスを一点に留まらせていて欲しいと要望していますね、ただ先ほどの話を報告したところ、仕方がないという風になったそうです」

「あのままいれば死んでいたかもしれない」

 皆がその老人の方を向いた。彼女は無口の老人である、今まであまり姿を見た事が無かったが、最近は少し打ち解けてきたらしく部屋の外で多少見かけるようになった。この老年になり生命の木に関心が湧いたのだろうか。彼女は宇宙船の時から見かけていたが全くと言っていいほど知らなかった。スキンヘッドのブログに出演を断っているらしくスキンヘッドが彼女は苦手だと言っていた。

「あの木はね、確率を操ることができるんだ」

 皆良く分からなかった、しかしスキンヘッドがどういう事ですかと聞いて居た。多分宗教のような事では無いだろうか。わたしは興味は無かったので、適当に音楽を聴くことにした。そのまま眠りについた。


 スキンヘッドが私を起こした。外の画面を見ると外は夜である、霧が覆っており森が見えない。惑星の周期が地球と違うため時間は推測できない、体感時間では寝たのは三十分ほどだろう。

「なんです」

「先ほど、あの老人と話したのですが、確率を操るというのが引っかかっていたんです、ああそうだ避難施設に着きましたよ、皆さんは各自の部屋に戻っていますが」

「・・・・・確率を操る、とは何ですか」何の意図があってこんな話をするのだろう、寝ぼけた頭で何とか話についていこうと努力した。

「あの木はどうも知能を持っていて、それぞれの動物を騙すらしいのですよ」

「何故そんなことを気にするんだ」

「調査をしているからです、副業ですよ」

「それがどうかしたのか、何故私に話すんだ」

「あの老婆によれば、生命の木は人を食うらしいのです」

「人を食う、本当なのか」

「先ほど人間の映像が映りましたよね、あれは生命の木に食われた人間から、細胞の情報を採取して、生命の木で実として成った結果だというのです。気になりませんか」

 気になるがそれがどうしたと言うのだろう、生命の木が食おうが食わまいがどうでも良いと感じるのであるが。

「確かめに行きませんか」

「そんな事できるのか」

「幸い調査の一環としてこういった指示があるんですよ、勿論研究者が使用する道の情報もあります、この星の位置情報と併用すれば簡単です。軽犯罪になるかもしれませんが、行きませんか。マスクも二人分ありますし、生命の木を画面越しで生で見ることのできる又とない機会ですよ」

 私は迷った、又とない機会である事は理解していた。しかし、どうもスキンヘッドが信頼できなかった。第一生命の木が人を食うのであれば、恐ろしい事である。それを検証するために探検に行こうという意図だろうか。

「お断りするよ」

 そこで生命の木に対する興味が冷めている事に気が付いた。早く自宅に帰って仕事を探そう、もう生命の木は必要ない。

「私には、向かない」

「そうですか、分かりました」スキンヘッドは残念そうな感じで去っていった。

 この旅行は楽しかったが、私は探求者にはなれないのだろう。そしてそれで安心していることに気が付いた。

 ただ、そのままでは嫌である。私は、家に帰ったらダメージジーンズを履こうと決めた。ロンガ星系に移住するのも悪くない、そうすれば多少は探求者にはなれるだろう。

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生物の木と、ある男の変調 三家明 @miyaakira

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