月影澪の取材2日目・不可解な出来事の詳細な記録

 昼下がりのかげみ町。人口2万人のはずなのに、どこにも人がいない。閑散とした商店街を歩きながら、私は違和感を覚えずにはいられなかった。


「まるでゴーストタウンのよう……」


 閉まっている店が多く、中には割れた窓のある廃屋もある。看板の文字は薄れ、錆びた鉄製のシャッターが風にかすかに揺れている。時折聞こえる風切り音が、この町の静けさをより際立たせている。


 カメラを構えて町並みを撮影しながら、私は不安を感じつつも作業を続けた。レンズを通して見る町の風景は、肉眼で見るよりも一層寂れて見える。まるで、カメラが現実とは別の何かを捉えているかのようだ。



 古びた内装の喫茶店に入ると、数人の常連客らしき人々がいた。彼らの会話は、私が入店した瞬間に途切れた。マスターが話しかけてきた。


「東京から? 珍しいねぇ」

「この町について聞きたいことが――」

「……あまり詮索しない方がいいよ」


 マスターの声音には、警告とも忠告ともつかない響きがあった。常連客たちの目が、私を警戒するように見つめている。その視線には、単なる好奇心以上の何かが感じられた。


 コーヒーを注文し、待っている間も居心地の悪さは消えなかった。やっと運ばれてきたコーヒーを飲もうとした瞬間、カップの中に人の顔が映ったような気がした。それは一瞬のことで、目を疑って再度確認すると、そこにあるのは普通の黒いコーヒーだけだった。


 驚いて席を立つと、マスターが不審そうな目で私を見ている。彼の表情には、「やっぱりね」と言わんばかりの諦めのようなものが浮かんでいた。



 町役場に近づこうとすると、警備員に止められてしまった。彼の制服は、町の雰囲気に似つかわしくないほど真新しくみえた。


「えっ? 取材ですか? 町長の許可が必要です」

「事前に連絡してるんですが……」

「聞いてません。帰ってください」


 警備員の態度は冷たく、まるで台詞を棒読みしているかのようだった。諦めきれず建物の周りをうろついていると、2階の窓から町長らしき人物が覗いていた。目が合うと、その人物は驚いたような表情を見せ、急いでブラインドを下ろした。


 その瞬間、私は奇妙な既視感に襲われた。まるで、この場面を何度も経験したことがあるような感覚。しかし、それがいつのことなのか、思い出すことはできなかった。



 夕方、公園で遊ぶ子供たちを撮影しようとした。遊具は錆びついており、その音が不気味に辺りに響いている。カメラを向けると、突然トラブルが起きた。画面には奇妙な影が映っているのに、肉眼では何も見えない。その影は人型のようでもあり、動物のようでもあった。


 私がカメラから目を上げた瞬間、子供たちが不自然な動きで一斉に私の方を向いた。その動きは、まるで糸で操られる人形のようだった。


「こんにちは。ちょっと質問してもいいかな?」


 子供たちは無言で私を見つめ、ゆっくりと近づいてきた。その目は焦点が合っておらず、虚ろな印象を受けた。


 子供たちに囲まれ、私は動揺を隠せなかった。息苦しさを感じ、冷や汗が背中を伝う。


「お姉さん、私たちと一緒に遊ばない?」

「そう、影美に行こうよ。楽しいよ」


 子供たちの声は、年齢不相応に低く、どこか反響しているようにも聞こえた。「影美」という言葉に、私は思わず身震いした。


 後ずさりしようとした瞬間、突然の叫び声。振り返ると、母親らしき人が子供たちを呼んでいた。


「こら! 知らない人に話しかけちゃダメでしょ!」


 その声には焦りと恐怖が混じっていて、子供たちはあっという間に散っていった。その速さは、明らかに不自然だった。まるで、映像を早送りしているかのように。


 母親は私に一瞥をくれただけで、急いで立ち去ってゆく。その背中には、何か重大な秘密を背負っているような影が見えた。



 疲労と不安を抱えて宿に戻り、撮影した映像を確認する。所々に説明のつかない影が映っていた。それは、撮影時には気づかなかったものばかり。映像の中の影は、時折動いているようにも見える。


「これは偶然じゃない。この町全体が……私を拒絶している? それとも、何かを隠そうとしている?」


 部屋の隅に置かれた古い鏡を見ると、自分の顔が歪んで見えた。目が大きく、口が横に伸びている。まるで別人。恐怖に駆られ、急いで鏡を布で覆った。


 布を被せた後も、鏡の中で何かが動いているような気配を感じた。私は震える手で日記を取り出し、今日の出来事を書き留めた。しかし、ペンを置いた瞬間、書いた内容が薄れていくような錯覚に襲われた。


**


匿名の編集者による所感


 月影澪2日目の取材記録を読んでみると、かげみ町の異常性を強く示唆するものとなった。以下、各事象について詳細な分析を行う。


1.町の異常な静けさと人の少なさ

・人口2万人の町としては明らかに不自然。

・住民の多くが外出を避けている可能性、または実際の人口が公表されているものと異なる可能性がある。

・廃屋の存在は、町の急激な衰退を示唆している。


2.地元民の警戒的な態度

・喫茶店での常連客やマスターの反応は、外部者に対する強い警戒心を示している。

・「あまり詮索しない方がいい」という言葉は、町に何らかの秘密が存在することを暗示している。

・コーヒーカップに映った顔の幻影は、澪の精神状態の影響か、それとも町の超常現象の現れか、判断が難しい。


3.町役場の不自然な対応

・事前の連絡を無視した対応は、町が組織的に何かを隠そうとしている可能性を示唆。

・警備員の態度が不自然に画一的なのは、何らかの強い指示を受けている可能性がある。

・町長らしき人物の反応は、澪の存在が町にとって予期せぬ脅威となっていることを示唆している。


4.子供たちの異様な行動

・子供たちの不自然な動きや声は、彼らが何らかの影響下にある可能性を示している。

・「影美」への言及は重要。この場所が町の秘密と深く関わっている可能性が高い。

・母親の反応は、子供たちの状態を知っており、それを隠そうとしていることを示唆している。


5.撮影映像に映る説明のつかない現象

・カメラが捉えた影は、肉眼では見えない何かが町に存在することを示唆している。

・映像の中の影が動いているように見えるのは、極めて異常な現象。技術的な問題ではなく、超常現象の可能性が高い。


6.鏡に映る歪んだ映像

・鏡に映る歪んだ顔は、澪の精神状態の乱れを反映している可能性がある。

・あるいは、町の異常性が澪の知覚に影響を与えている可能性も考えられる。


7.記憶の曖昧さ

・日記の内容が薄れていく感覚は、町が持つ何らかの力が、記録や記憶に干渉している可能性を示唆している。


 これらの事象は、単なる偶然や思い込みとは考えにくい。かげみ町に何らかの超常的な秘密が存在することは、ほぼ間違いないだろう。特に「影美」と呼ばれる場所の重要性、そして町全体を覆う異常な雰囲気は注目に値する。


 今後の調査では、これらの異常現象の関連性や、町の歴史との繋がりを探ることが重要となるだろう。特に、以下の点に注目する必要がある。

・「影美」の正体と、それが町に与える影響

・30年前の失踪事件と現在の異常現象の関連性

・町の指導者層(町長など)が隠そうとしている情報

・住民、特に子供たちの異常な行動の原因


 また、澪自身の安全と精神状態にも十分な注意を払う必要がある。町の異常性が彼女に及ぼす影響を継続的に観察し、必要に応じて取材の中止も検討すべきだろう。駆け出しのドキュメンタリー作家。彼女が無茶をしないように願う。


 この取材が進めば進むほど、我々は未知の、そして恐るべき真実に近づいていくのかもしれない。しかし、その真実が明らかになったとき、我々は果たしてそれを受け入れる準備ができているだろうか。

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