第2話 プレゼンテーション

 目覚まし時計の音で、澪はゆっくりと目を開けた。寝不足で重たい瞼を何度かパチパチさせる。起き上がると、体がだるい。昨夜の徹夜仕事が響いている。


 鏡の前に立ち、自分の顔を見つめる澪。目の下のクマが気になった。


「このクマ……化粧で誤魔化せるかな」


 朝食を取りながら、テレビのニュースに目を向ける。


「かげみ町で起きた怪異現象の動画、専門家も困惑……」


 アナウンサーの声に、澪は耳を澄ませた。(かげみ町の秘密。それは私の人生を変えるかもしれない大きな発見になるはず)



 通勤ラッシュの電車内。澪は混雑した車内で企画書を見直していた。周囲の乗客の会話が耳に入る。


「かげみ町って知ってる? 最近やたら話題になってるよね」


「ああ、あの呪われた町ね。私なら絶対行きたくないわ」


 澪は眉をひそめた。不快感を覚えつつも、同時に興味も湧いてくる。スマートフォンを取り出し、かげみ町に関する最新ニュースをチェックし始めた。



 制作会社のオフィスに到着した澪。同僚たちが忙しそうに動き回っている。新人ディレクターの新田が近づいてきた。


「澪さん、かげみ町の企画ってマジですか? 怖くないんですか?」


 澪は自信ありげに答えた。


「怖いものはないわよ。それに、これは大きなチャンスなの」

(怖いわよ! でも私にはあとがないの!)


 プレゼンの準備に取り掛かる澪。パワーポイントのスライドを何度も確認する。そこへ、高野プロデューサーが近づいてきた。


「澪、準備はいいか? 役員たちは厳しいぞ」

「はい、完璧です。必ず通してみせます」



 会議室のドアを開け、澪は緊張した面持ちで入室した。役員たちの厳しい表情が目に入る。静まり返った空気が漂う。


 深呼吸をして、澪はプレゼンテーションを始めた。


「かげみ町、人口二万人の小さな町。しかし、そこには計り知れない謎が眠っています」


 スライドショーが始まる。かげみ町の風景写真、失踪事件の新聞記事、怪異現象の目撃証言……。役員たちの反応はさまざまだ。興味を示す者、疑わしげな表情の者、真剣にメモを取る者。


 質疑応答の時間。


「これは事実ベース? それとも創作?」


 澪は落ち着いた声で答えた。


「すべて裏を取っています。情報源リストもご覧ください」

「予算と期間は妥当か?」

「はい、七日間の現地取材で十分だと考えています」


 プレゼンが終わり、重苦しい沈黙が会議室を支配した。



 会議室を出た直後、澪はほっとため息をついた。高野が近づいてきて、小声で伝えた。


「ひとまずおめでとう。承認されたよ。だが、危険は避けろよ」


 澪の顔が喜びに満ちる。


「ありがとうございます! 必ず良い作品に仕上げます」

(やった……でも、これからが本当の勝負!)


 窓の外を見ると、一瞬、自分の影が歪んで見えた気がした。澪はまさかと目を疑った。



 夜、アパートに戻った澪は早速荷造りを始めた。カメラや録音機材を丁寧に梱包していく。


 机の上にはかげみ町の地図が広げられ、赤ペンで印が付けられている。町役場、失踪事件現場、怪異現象目撃スポット……。壁には取材スケジュール表が貼られていた。


(これが私の転機になる。誰も見たことのないものを撮る!)


 そう考えていたとき、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。画面には見覚えのない番号が表示されている。


 澪は恐る恐る電話に出た。しかし、相手からの音声はノイズだけ。不安そうな表情で電話を切る。


 窓の外を見ると、月明かりに照らされた木々の影が不気味に揺れていた。澪は思わず身震いした。


(これは何かの前兆? それとも、単なる偶然?)


 澪の心の中で、期待と不安が交錯する。かげみ町での取材は、彼女にとって大きなチャンスだ。しかし同時に、未知の危険が待ち受けているかもしれない。


 深呼吸をして、もう一度荷物の確認をする澪。カメラ、録音機材、取材ノート、そして非常食まで。万全の準備だ。


 壁に貼られたスケジュール表を見つめる。明日から一週間、かげみ町に滞在する予定だ。そこで何が起こるのか、まだ誰にも分からない。


 澪は窓を開け、夜風を感じる。星空を見上げると、不思議と心が落ち着いた。


(どんな真実が待っていても、私は必ず明らかにする)


 そう心に誓いながら、澪は眠りについた。明日からの冒険に向けて、最後の休息をとるために。

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