第23話 石藤家の人々+隣人《瀬川香織視点》
病院に良二くんとさくらちゃんを呼び出し、今となっては短絡的だったとしか思えない自殺未遂の動機を話し終え、二人が帰った後、私は最後の気力を使い果たし、お父さんに弱音を吐いて泣いてしまった。
子供が出来て、一層強い絆で結ばれ、人生も仕事もステップアップしていく尊い二人に対して、私はやっと見つけた就職先でこんな事になって、左手の痛みや不随など物理的支障の他に家族以外の男性を見ると、冷や汗が出てと震えが止まらなくなる精神的な支障が出るようになってしまった。
白鳥の件でマスコミに騒がれたせいで、ただでさえ実家には迷惑をかけていたのに、今回の事でお母さんは心労のあまり倒れてしまい、お父さんは、仕事の傍ら、私と母の二重看護をする事になってしまっている。
白鳥との結婚以来、音信不通になっている弟は、田舎で農業で生計を立てて穏やかに暮らしているみたいで、私の事でさほど迷惑をかける事がなかったのが唯一の救いだけれど、自業自得ながら、私のこれからの生活には不安しかなかった。
1週間後――。そんな私を、再び良二くんとさくらちゃんは訪れて信じられない事を提案して来たのだ。
『一夫多妻制の婚姻関係を結ばないか?』
と…。
私の今の境遇に同情して、そんな事を申し出てくれたようなのだけど、良二くんを裏切り、今まではひどい態度を取ってきた私に受ける資格なんてないと思った。
でも……。
『助けてなんて言えないっ。どんな形でもいいから、良二くんの側にいたいなんて、言えないっ! 言えないよぉっ!』
本当の気持ちを聞きたいと言われ、つい言葉に出てしまった想いを、さくらちゃんは汲み取ってくれ、良二くんに頭を撫でられ、私は号泣してしまった。
ひとしきり泣いた後、「まずは、お試しで私達と一夫多妻制の生活をしてみませんか?」とさくらちゃんに提案され、それにもう抗う事はできなかった。
父は、以前から高く評価していた良二くんに私を託せる事に安堵して、泣いていた。
そして退院から数日後、権田さんに送迎して頂き、少しの荷物と共に、良二くんとさくらちゃんのお家に伺う事となった。(男性に対する拒否反応が出てしまうかと心配していたけど、今まで何度もお世話になっていた権田さんは、私の中で家族的な扱いになっているようで大丈夫のようだった)
ここまで来てしまったけれど、良二くんとさくらちゃんにとって、私は迷惑と混乱を与えるだけの存在になるんじゃないだろうか。
良二さんとさくらちゃんの子(スミレちゃんというらしい)は、私をどう思うんだろうか?
不安と緊張にドキドキしていた私を良二くん、さくらちゃんは温かく迎えてくれた。
そして、今……。
「こーっ! ププ。ヨチチ……」
誰が見ても、さくらちゃんと良二くんの子だとすぐに分かる、銀髪に黒い瞳の女の子、スミレちゃんが、赤ちゃん人形の頭を撫でながら、私に一生懸命話しかけてくれていた。
「あ、ああ。今、流行っている赤ちゃん人形のププちゃんね? ヨシヨシしてあげてるんだね。優しいね?」
「えへ……♡」
微笑ましく思い、そう言うと、スミレちゃんはにっこり天使の笑顔を見せてくれた。
可愛いなぁ……。
自然とそう思える事に自分でも驚いた。
「香織、ちゃんとスミレの言いたい事を汲み取ってやれて、すごいな。
俺なんか、最近やっと少し分かるようになって来たところなのに」
「ああ……。まぁ、白鳥のところにも、他の奥さんに(托卵だけど)子供がいたから、一緒に暮らす内に何となくね……」
良二くんに、感心したように言われ、私は苦笑いで答えた。
「あの時は、毎日が辛くて他の奥さんの子供達を可愛いと思う余裕なんてなかったけど、今思えばもう少し優しくあげればよかったな……」
「香織……」
過去の自分と万里生くん、桃姫ちゃん、瑠衣似くんとの関係を思い出し、胸が痛むような気がしていると……。
「ニャン……!」
ポフッ!
「……!」
飼い猫のあんずちゃんが私の膝に自分の手を乗せて来た。
「あんずちゃん……?」
いきなりどうしたんだろうと、不思議に思っていると、良二くんが教えてくれた。
「うちのあんずは、空気読むニャンコだから、この家で誰か落ち込んだり、悲しそうな顔をしていると、慰めに来てくれるんだよ」
「そうなんだ……。ありがとう。あんずちゃん、賢くて優しい子なんだね」
「ニャン!」
ここの家族は本当に、お互いがお互いを大切にし合っていて、温かい雰囲気に満ちているんだなぁ……。
私は胸の温まる思いで、あんずちゃんの頭を撫でた。
「ああ〜! ヨチチ! ヨチチ!」
「スミレちゃんもヨシヨシ……」
焼き餅を焼いたのか、自分も撫でてくれと頭を突き出してくるスミレちゃんに、頭を撫でてあげているところに……。
「皆さん、お料理、出来ましたよ〜!」
キッチンから料理を準備してくれていたさくらちゃんの明るい声が響いた。
その日の昼食は、サーモンスープ、シナモンロールに小エビのオープンサンド、ミートボールにビーツサラダと、さくらちゃんが、腕によりをかけてごちそうを作ってくれていた。
団欒の中で食べるさくらちゃんの料理はとても美味しくて、美味し過ぎて……。
「っ……。ふぐっ……」
「香織さんっ?」
「香織?」
「かーっ?」
「ニャンッ?」
不意に涙が零れてしまい、皆に心配されてしまった。
「ど、どうしました? お口に合いませんでした?」
「ち、違うの! すごく、美味しいよ。
誰かの手作りの料理食べるの久しぶりでっ……。なんか、涙出てきちゃって……。ごめんっ……」
「……! 香織さん、謝らないでいいんですよ? 皆で取る食事は美味しくてホッとしちゃいますよね」
「さくらちゃんっ……」
さくらちゃんに優しい言葉をかけられ、背中を撫でられ、余計に涙が込み上げてしまっていると……。
ピンポーン!
「ああ、俺、出るよ」
突然玄関のチャイムが鳴り、良二くんが応対しに行ってくれた。
「はい」
『あ、良二くん? もー助けてっ……! ノンアル飲んでただけなのに、旦那ーズ酒飲んでるんじゃって疑ってくるのっ! あと、もう少しこってりしたものが食べたいようっ!』
インターホンの画面にはミディアムヘアのおしゃれな女性が映り、切羽詰まったような声を響かせた。
「「あ、亜梨花さん……!」」
「……??」
良二くんとさくらちゃんが苦笑いし、私は誰だろうと首を傾げたのだけど……。
訪ねて来たその女性は、隣人で有名デザイナーの西条亜梨花だと分かった時は本当に驚いた。
良二くんとさくらちゃんが言うには、彼女は只今二人目のお子さんを妊娠中で、時々こうしてメシ凸に来るのだとか。
✽
「きゃーっ!! あなたが、良二くんの元カノさん? 美人っ!! スラっとしてて、スタイルもいいっ!!
私、隣人の西条亜梨花です!よろしくねっ?
ねねっ。あなた、モデルに興味ない? 今、企画中の新作の服のイメージにピッタリなんだけど……」
「よ、よろしくお願いします。瀬川香織です。えっと。モデルはちょっと……」
テンションの高い西条亜梨花さんに圧倒されつつモデルにならないかと言われるのをなんとか断っていると、良二くんとさくらちゃんが庇うように前に立ってくれた。
「亜梨花さん、彼女、引いてるから! 勧誘はその辺で……」
「亜梨花さん、ホラ、前好きだって言ってた、シナモンロールとミートボール差し上げますからね?」
「♡! 分かったよ。取り込み中に押しかけちゃってごめんよ?」
ピンポーン!
その後、二人の旦那さんと娘さんが迎えに来た。
「すいませーん! ウチの亜梨花さんそちらにお伺いしてませんか?」
「ご迷惑おかけして大変すみません! 亜梨花さんにどんなに懇願されても、お酒は与えないようにお願いします」
「ママ、飲んじゃめーよっ?」
良二くんとさくらちゃんは、かなりハードなご近所付き合いをしているのだと思い知ったのだった。
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