第22話 第二の妻 石藤家に来たる

 とある休日の午前中――。


「そろそろ香織さんのいらっしゃる時間ですね! 香織さんのお部屋は塵一つないよう掃除しましたし、お迎えのお料理は、あとは、直前にパンをオーブンに入れて焼き色をつければ完成ですし、食器も香織さん用のものを用意しましたし、後は、後は……」


「マーッ。めめ、グルグル……」


 さくらは、今日から家に住むことになっている香織を迎える為の準備で、スミレにも指摘される程目が回っており、俺も苦笑いで彼女の肩に手をかけた。


「さくら、大体の準備は出来てるし、少し落ち着こうか?

 もし、足りないものは、後で向こうと相談して用意すればいいから。なっ」


「は、はい。そうですね。良二さんを充電して少し落ち着きます。ギューッ! クンクン、いい匂い」

「お、おい、さくら……//擽ったいよ」


 いきなり抱き着いて来て、擦り寄り、匂いを嗅いでくるさくらに俺が戸惑いつつも、抱き返すと……。


「ギューッ!」

「ニャ〜!」

「あらあら、スミレちゃんに……」

「あんずまで!」


 スミレも俺達に抱き着き、あんずは体を俺達にすり寄らせて来て、何となくソワソワする時間をやり過ごしていると、外でキキッと車の停まる音がした。


「きっと、香織さんです!」

「お、おお」

「カーッ??」

「ニャ??」


 玄関にダッシュしたさくらはドアを開け、俺達はその後を追って行った。


「おや、さくらお嬢様、おいででしたか。香織様をお連れして参りました」

「こ、こんにちは。今日からよろしくお願いします」


 玄関の先では、権田さんがいつものように丁寧なお辞儀をし、その隣でブラウスと膝丈のプリーツスカートという格好の香織が緊張気味に挨拶して来た。


「権田さん、ありがとうございます!

 香織さん。来て下さって嬉しいです! こちらこそ、よろしくお願いします!」

「さくらちゃん……」


 満面の笑みを浮かべたさくらに手を両手で握られ、香織は少し微笑みかけ、こちらを遠慮がちにチラリと見て来たので、俺もぎこちなく笑顔を作った。


「おう。香織。これからよろしくな」

「う。うん!良二くん。よろしくお願いします」


 そんな言葉少なな挨拶でも、香織は嬉しかったのか、ホッとしたような笑顔になった。


「スミレちゃんに、あんずちゃんだよね? よろしくね……?」


「よっちく?」

「ニャ??」


 スミレとあんずは香織(見知らぬ女性)に挨拶され、キョトンとしていた。


「こちら、瀬川様のお荷物になります」

「権田さん、ありがとうございます」

「あっ。私、自分で持つから!」


 権田さんから、香織の荷物を受け取ったところ、慌てて香織が手を伸ばして来たが、以前より大分薄くなったとはいえ、その手に包帯が巻かれているのに俺は顔を顰めると、首を横に振った。


「まだリハビリ中だろ? しばらくは重いもの持たない方がいいよ」

「香織さん。無理は禁物ですよ?」


「え、これくらい大丈夫なのに……。でも、ありがとう……」


 俺とさくらに心配され、香織は面食らいながらも、所在なさ気に、手を動かしながら礼を言ってきた。


「石藤様、さくらお嬢様、香織様、どうぞ、お幸せに。では、私はこれから旦那様にご報告させて頂きますので、これにて失礼させて頂きます。皆様、何かお入り用の事がありましたら、ご連絡下さいませ」


 そんな俺達の様子を見て、満足そうな笑みを浮かべると、権田さんは一礼して、去って行ったのだった……。


        ✽


 その後、香織にと用意した二階の部屋(家具や雑貨は、さくらが用意してくれた)を見せると、彼女は気に入ってくれたようだった。


 一時は白鳥の持つタワマンに暮らしていた彼女がこじんまりしたこの部屋で満足してもらえるだろうかとかなり心配していたが、一人暮らししていた時は、もっと狭い部屋に住んでいたらしく、広くなって嬉しいと言われ、俺もさくらもホッとした。


 最低限の荷物を解いてもらうとお昼時でもあったし、一階のリビングで食事をする事になった。


「こーっ!ププ。ヨチチ……」

「あ、ああ。今、流行っている赤ちゃん人形のププちゃんね?ヨシヨシしてあげてるんだね。優しいね?」

「えへ……♡」


 さくらに食事を準備してもらっている間、スミレがププちゃん人形を撫でながら話しかけてくるのに、即座に対応して彼女を笑顔にしている香織に俺は感心してしまった。


「香織、ちゃんとスミレの言いたい事を汲み取ってやれて、すごいな。

 俺なんか、最近やっと少し分かるようになって来たところなのに」


「ああ…。まぁ、白鳥のところにも、他の奥さんに(托卵だけど)子供がいたから、一緒に暮らす内に何となくね……」


 香織は苦笑いで答えた。


「あの時は、毎日が辛くて他の奥さんの子供達を可愛いと思う余裕なんてなかったけど、今思えばもう少し優しくあげればよかったな……」

「香織……」


 しんみりと昔を思い出しているような彼女に、俺は何と言えば分からないでいると……。


「ニャン……!」

 ポフッ!

「……!」


 あんずが香織の膝に自分の手を乗せて来た。

「あんずちゃん……?」


 不思議そうな顔をしている香織に俺は教えてやった。


「うちのあんずは、空気読むニャンコだから、この家で誰か落ち込んだり、悲しそうな顔をしていると、慰めに来てくれるんだよ」


「そうなんだ……。ありがとう。あんずちゃん、賢くて優しい子なんだね」

「ニャン!」

 香織は笑顔になると、あんずの頭を撫でた。

「ああ〜! ヨチチ! ヨチチ!」

「スミレちゃんもヨシヨシ……」


 焼き餅を焼いて、自分も撫でてくれと頭を突き出してくるスミレに、香織が頭を撫でてやっているところに……。


「皆さん、お料理、出来ましたよ〜!」


 キッチンからさくらの明るい声が響いた。


 その日の昼食は、サーモンスープ、シナモンロールに小エビのオープンサンド、ミートボールにビーツサラダと、さくらが腕によりをかけてごちそうを振る舞ってくれた。


 皆でワイワイと食卓に向かい、あんずは、大好きなサーモンとおやつのチュール、スミレは、大分固形状になって来た離乳食を食べご満悦な様子だった。


 食事の途中で、香織が何故かいきなり泣き出してしまい、焦ったが、他の人の作ってくれた料理を皆で食べるのがあまりに久しぶり過ぎて泣けてしまったらしい。

 さくらが涙を浮かべて香織を慰めているところへ、ヨネ◯ケよろしく、隣人の西条亜梨花がメシ凸に来た。(後から旦那ーズと娘の茉莉花ちゃんも来た)


 感動的な雰囲気はぶち壊しになったが、新しく香織を家族に迎え、騒がしく楽しい昼食をとれた事は間違いがなかった……。





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