平和の使者<霊神>殺人事件

きよのしひろ

プロローグ

 本郷寺レイは十七歳のどこにでもいる様な普通の女子高生だった。昨日までは。

朝方、なんとなく薄目を開けると、男とも女とも思える顔をした人の上半身が幽霊のように浮かんでいるのが目に飛び込んで来たんです。

カーテンは外の明るさを仄めかしている。

朝に幽霊? 

レイは思う。 ――これは夢なんだわ……

不思議と恐怖心は湧いてこない。

目を閉じると何かを問いかけてくるような気がする。言葉を発したのではなく、直接、レイの心に。

初めは良く感じとれなかったが、

「異世界を助けて」と言ってるようだ。

「はっ、異世界って?」レイは目を開ける。 ――これは夢じゃない……

「大魔王が平和だった地球を、人類を滅ぼそうとしている。助けて!」

霊の悲愴な声? がレイの心に響く。

レイの前頭葉が自分の心に問いかける。 ――幽霊に悲愴感なんてあるの? ……

そんな理性の発する疑問を無視して心が可愛想に思って「良いわよ」と答えてしまう。

そこで目が覚めた。

 夢だったのかと思うけど、はっきりと記憶に残っているのは珍しい。

学校へ行く支度しなくっちゃと思って起き上がると、布団の上に「玉」がある。

良く占い師が使う様な透明な「玉」

「なんじゃこれ?」

呟くと、心に「それを両手で持って祈りなさい。『アラキレドス、ソチアカレン』三度唱えると異世界へ転移するための装束が出現します」

幽霊が神々しい声で語りかけてくる。

レイの心が思う。 ――随分と喋る内容で雰囲気を変える奴だ……こいつ俳優か? 

理性はそんな夢みたいな……さっさと学校へ行く支度しなくっちゃと言うのだが、心が理性を拘束する。

心の中で逆らえないほど威圧感が大きくなり、心と身体を支配してゆき、レイは言いなりに祈る。

「アラキレドス、ソチアカレン。アラキレドス、ソチアカレン。アラキレドス、ソチアカレン」

意味不明だが、何故か言えちゃう。

レイの目にクローゼットの中に明るく光る衣装が飛び込んできた。

手に取ってみると、ブレザーとミニスカート、高校の制服のようだがカラフルで格段に可愛い。

「レイは『玉』(ぎょく)を持ち仲間五人と次の日曜日、霊神神社へ行って祈りの言葉を5回唱えるのです」

幽霊がレイの心に言った。

「で、どうなるの?」

「異世界へ行ったら、私があなた方の傍に居て『玉』の使い方とサーベルの使い方を教えます。大丈夫、敵を倒したら、同じ時刻に戻って来れます。ただし、もし負けたら、二度と帰っては来れません。心して戦って下さい。あなた方が最後の頼みです」

「えっ、そんなこと勝手に言われても」

レイが思わず叫ぶ。

「何? あんたが学校へ行くのは、お母さんが勝手に決めたことじゃないでしょ! もう、そんなに学校へ行くのが嫌だったらやめちゃいなさい!」

レイの部屋の入口のところでお母さんが怒鳴って涙を流している。

「ごめん、違うのお母さんに言ったんじゃないの。心の中の霊に言ったの。支度するから、怒らないで」

レイは慌てて布団から抜け出す。

お母さんは拍子抜けしたような表情を浮かべている。

 

 六人の仲間って誰だろう……授業中も心の中で考えている。と、

「はい、本郷寺、答えて」

先生の声が響いた。質問を聞き逃した。

――あちゃー聞いてなかったじゃ。やばいなぁ……

「お前、先生の話聞いてなかったろ!」一番怖い国語の先生に怒られた。

……

「レイどうしたの、あんな簡単な質問に答えられないなんて?」親友の博美が休憩時間に心配そうに顔を近づけてくる。

「いやーちょっと変な夢見ちゃってさ……」

それ以上は言わない。言えばバカにされるに決まってる……。

 

 日曜日、博美の誘いにも「用事があるの」と断って霊神神社へ言われた時刻より早めに行く。

夢の中の事を信じちゃいないが、念のため。

すると見知らぬ女の子がレイと同じような制服を纏って集まって来る。

「ねぇ、あなたも夢見たの?」

レイは訊いてみる。

「じゃ、あなたもなの」夫々がそう言って互いの顔を見合う。

六人が揃ったので、本殿の前で『玉』を両手で持ち声を揃えて

「アラキレドス、ソチアカレン」五度繰返す。

言い終わった瞬間……何事も起きない。

みな、あれっ? って顔をしている。

しかし、一呼吸おくと、全員がに空中にできたブラックホールのような渦巻に飲み込まれる。

「きゃーっ」

 

 気付くと戦争の跡のような瓦礫の散乱する場所に並んで倒れていた。建物はすべて破壊されていて、見晴らしは良い。

「ここが転移した場所?」と誰かが言った。

そうなのだ、それが証拠に頭の天辺から足先まで身体にぴったりとした色の異なるコスチュームを身にまとっていて、顔が見えないので一見誰が誰だか分からない。

――もっとも端から互いに名乗ってないから知らないんだけどさ。うふっ。 ……

レイは自分の紫色で色んな飾りが首や腰についてるコスチュームに「まっ可愛いから良いか」と納得する。

しかし、あまりに身体にぴったりしていて身体の線がバレバレでちょい太のレイは恥ずかしい。

ほかの子もみな身体の線を気にして手でなぞってる。

他の娘の色は、青、藍、緑、黄、赤で同じように首や腰に飾りがついていて夫々可愛い。

心の中に直接武器の使い方や敵の倒し方が物凄い早口で語りかける、と言うよりは記憶が貼り付けられると言った方が正しいかも知れない。

不思議とそれらは心に留まりすべてを理解した。

ほかの娘もみなそうらしい。

六人の名前はレイ、そら、かい、りく、かげつ、あさひだと心に刻み込まれている。

レイはレイ。そのままの名前だ。

レイ以外はみな手にサーベルを持っている。レイの手には『玉』。

 

「行くよっ!」

レイが声がけし、空へ飛び立つ。

――そのスーツは10万倍の力を発揮すると心の中に書かれている ……

飛んでいると遠くに黒い雲が見え、しだいに蟻んこみたいな無数の粒になる。

「敵よ! 行くわよ!」

レイが叫び「おー」とみなが応じる。

近づくと身の丈はレイの倍はありそうなくらい大きな黒ずくめの人型ロボットのようだ。

 

敵の剣は大きくて重い。サーベルで受け止めていては支え切れない。

五人はサーベルから稲妻のような光を発し敵を切り裂く。

レイの武器は『玉』から照射される光線。

……敵は個々には弱いが多勢に無勢、次第に六人が疲れ攻撃力もそれにあわせて落ちてくる。

「いくらやっつけても切りないわ」誰かが弱音を吐いた。

気持を強く持たないと攻撃力が弱くなる。

「きゃーっ」あさひが叩き落される。

それを皮切りに次々に攻撃を受けて地に落ちる。

レイは後ろから振り下ろされた剣を辛うじて避けたつもりだったが、腕をかすめ『玉』を落としてしまう。

慌てて追う。

地面に落ちたら壊れてしまう。

ぎりぎりですくい上げる。腕に受けた剣の衝撃で指先が震えている。

六人が立ち上がる間も無く、敵の半分が地上に降り立ち周囲を囲まれる。

じりじりと包囲網が狭まる。

「やばいなぁ、どうする?」誰かが小声で言った。

「取り敢えず。レイを守るのよ」と、誰かが答える。

その声に呼応してレイを守るように五人がレイの周りを取り囲みサーベルを敵に向ける。

レイは『玉』を高々とかざして祈りの言葉を叫ぶ。「アラキレドス、トレチオン!」

すると地表も空も覆い尽くすほどの敵で薄暗くなっていた空間へ、『玉』から太陽の光のような光線が四方八方に照射。

「ぎゃーっ」無数の悲鳴が大地を揺るがす。

 

 青空の面積が徐々に広がってゆくと、隠れていた月ほどの大きさの黒い物体が見えてくる。

それが次第に降りてきて大きく広がり地表を覆い尽くそうとする。

「そいつが大魔王ね。みんな最後の戦いよ! 負けたら、帰れないわよ!」

「でも、レイ、敵が大き過ぎてどこを攻撃すれば良いの?」

口々に不安視する言葉が飛び出す。

「怖がっちゃ、敵の思うつぼ。私が命を懸けて祈る」

レイは呪文を繰返す。幾度も繰返す。力を込め、全身全霊をかけて祈る。

「アラキレドス、トルトゥーシュ!」

その間、真っ黒な大魔王から稲妻が六人を狙って落ちてくる。

大地に落ちた稲妻は岩をも砕き無数の灼熱の礫となって六人を襲う。

稲妻の直撃を受けなくてもみんな身体中に灼熱の礫を受けスーツが焦げる。

いくら十万倍の力と言っても衝撃はある。

「痛いっ!」

「熱いっ!」

悲鳴を上げて逃げ惑うが当たらなか場所など、この地上の何処にも無い。

激しい攻撃にダメージが大きく立っていられず五人は倒れて肩で息をしている。かなり危険な状態にまで追い込まれてしまった。

レイにも灼熱の礫が幾つも繰り返し当たる。立っていられないくらいの衝撃と熱で気を失いそうになる。それでもレイは立ち続け呪文を繰返す。

……

「もうだめっ!」弱気になると、「レイ頑張って!」仲間がそう言ってレイの周りに立ち、自らの身体を盾にしてレイを守ろうとしてくれる。

――自身の命すら危ないのに……

その姿を見て「ここで負けるわけには行かない。みんなを元の世界へ戻してあげなくっちゃ。頑張るんだレイ!」自身に言い聞かせ、気合を入れ直して大声で呪文を唱える。

「アラキレドス、トルトゥーシュ!」

……その声に反応するように『玉』の中心部に赤い炎が生まれ次第に大きくなって、『玉』が宙に浮く。

そして、真っ赤に燃える玉となり大きくなって上空へ舞い上がり、黒い物体の中へ入って行く。

大魔王はそれを飲み込もうと『玉』の周りに集中し一層黒くなってブラックホールのように渦を巻き、『玉』を取り込もうとする。

しだいに『玉』の炎が弱くなり「ふふふ、これで最強の武器『玉』も終わりだ。はっはっはっ」

大魔王がそう笑い声を上げた瞬間、

「みんな、サーベルで『玉』を同時に突くのよ!」

レイが力一杯叫び、五人はそれに答えようと最後の力を振り絞って『玉』目指して灼熱の礫を浴びながら飛ぶ。

そして「トゥーシュ」叫ぶ声を揃えて同時に『玉』を突き刺す。

瞬時『玉』が大爆発を起しブラックホールをちりじりに吹き飛ばした。

「ぎゃーーーーっ」

断末魔の悲鳴をあげる大魔王。

その悲鳴もしだいに小さくなる。

……

 空はしだいに明るさを増して、やがて真っ青な青空が広がって行く。

爆風でレイは吹き飛ばされ意識が薄れてゆく。もう、力は残っていない。

青空と思えたのは夢かも知れなかった。

あれっ、五人は何処へ行った? 爆発の瞬間から姿が見えない。

レイは掠れる声で五人の名を叫ぶ。

返事を聞けないまま意識が消えた。

……

 レイが気が付いて最初に見たのは青空。じっと見ていてその空が霊神神社の青空だと気が付いた。

周りを見ると一緒だった。みな生きていた。

もそもそとみなが立ち上がり「やった……みたいだね」みな笑顔を見せる。

もとのブレザーにミニスカート姿に戻っていた。

身体中が疲れていた。筋肉痛だ。互いに抱き合って成功を喜ぶ。

「良くやってくれた。ありがとう、平和の使者六霊神よ。また会おう」

そうレイの心に言い残して彼? は消えた。

そして、六人が夫々自宅へ向かう様子を背景に、テレビアニメ「平和の使者六霊神」の第一話<覚醒>のエンディングロールが流れ始める。

 

 

「あー面白かった。ねぇ恵ちゃん、彩香ちゃん」

美紗は手に汗をびっしり掻いて、喉も渇きコーラを一気飲みする。

兄と従弟の夫々の恋人和崎恵と三条路彩香がたまたま家に遊びに来ていて、懐かしいアニメの再放送があると言うので、デートそっちのけで三人でテレビにかぶりついていたのだ。

「再放送だけど、何回見てもあの頃を思い出して興奮しちゃうわ」

恵も顔を赤くして興奮冷めやらぬ状態だ。

「えぇ、当時、私コスプレしてたのよ。もちろんレイよ」

彩香もだ。

美紗も当時レイのコスプレをして横浜のコスプレのイベントに良く通っていたのを思い出す。

「えーっと、<レイ>は霊界の霊神でしょう、<そら>は大空の霊神で……後……」美紗はその次を考える。

「<りく>は大地の霊神で、<かい>は水の霊神で、<かげつ>は月の霊神、あと誰だ?」

と恵。

「残ったのは<あさひ>よ、確か太陽の霊神だと思ったわよ。それで六霊神じゃなかったかしら」と彩香が言う。

「へい、どうぞ」

美紗の母親静が氷の浮いた乳酸飲料水をテーブルに並べる。

「ねぇ母さん。毎週土曜日に続きがあるから、一緒に観ようよ。絶対面白いからさ。ねぇみんな」

と、美紗が言い恵と彩香が頷く。

「そうやねぇ、たまにはアニメもえぇかもしらへんけどな……」

静は何とも言えない表情をして事務所へと姿を消す。

「私、コスプレ仲間が丁度六人いて平和の使者六霊神をやってたの」美紗がコスプレ時代を思い出して言う。

「へぇ、でも良く役で揉めなかったね」と恵。

「そう言われたらそうねぇ、どうやって割り振ったんだっけ……」

美紗は思い出そうとするが……。

「それだけ仲が良かったってことなんじゃないの?」と彩香。

「そうなんだけど……会場で初めてあって、お互いに名前も知らなかったのよ。いつも役名で呼び合っててさ」

美紗は最後に喧嘩別れになったことを思い出したが、それは言わないことにする。

「懐かしいなぁ。ねぇ、今度、みんなでコスプレしない?」

美紗は本気だったが……。

ふたりは適当に微笑んで「機会があったらね」

とやんわりと断られてしまう。

――そんな歳でもないか……ひとり苦笑いする二十四歳の美紗だった。

 

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