第31話 怒れる預言者


「イタコは弥生時代から長く続く、神に仕える女の仕事。巫女はイタコから派生した生業ですし、イタコは神を信仰する元凶……いえ、きっかけとなったのですわ」


 咲美は自らの言葉に棘を、毒を含ませて、不機嫌さを露わにした。


 咲美の表情を変えることは中々至難の業だが、声でなら気持ちを表現できるらしい。怒気を孕んだ波動が此方にもしっかりと伝わってくる。


「先祖代々の血を受け継いできた私の身になら、イタコの素質が植え付けられてしまったのも今では納得していますわ……皮肉的な意味ですけれど」


 ふふ、と声を漏らして笑う咲美。しかし明らかに目は笑っていない。


 さっきまでのしおらしい態度はどこへやら、咲美がまとう空気は、ジメジメとしてまとわりつくような空気ではなく、怒りを含む暑苦しいものに変わっていた。


「本来、イタコはそれくらい高潔な役割でした……そのはずでしたのに!」


 咲美は机をこれでもかと言う程、思い切り叩いた……らしい。我に返って滅茶苦茶痛がっているが、あまり大きな音は出ていない。非力なのは気持ちでも表情でもなく単純にパワーであるため、隠しようも無いらしい。


「父は私を駅前に居る占い師みたいな扱いで、私をお金儲けの道具として使いやがりましたの! あいつら、自分達のことだけは古き良き神に仕える仕事を敬えだなんて仰るくせに、私の扱いは完全に神に対する侮辱ですわ!」


 そこまでまくしたてた後、ぜぇはぁと息を整える咲美。


 どちらにせよマイナスな感情であることに先程と変わりはないが、今の咲美には強い「意志」を感じる。何も諦めちゃいない、抗う力がある。

 そんな彼女の姿を見ると、何だか此方まで誇らしくなって来てしまう。


 ……自分が惚れた相手だからこそ、なのだろうか。


「失礼します」


 と、そこにメイドさんが音も無く侵入って来た。

咲美が頼んだお茶が淹れてあるだろう急須を抱えて。


「大変長らくお待たせ致しました。宇治の茶で御座います」


 咲美が言い終わるのを待っていたのだろう。咲美も丁度喉が渇いているだろうし、本当に気が効くメイドさんである。まるで家中を全て監視しているかのようだ。


 コトリ、と置かれた湯呑みは淡い桃色を帯びた桜が描かれた乳白色の器で、眺めていると冬の寒さも少し和らいで感じる。


「ありがとう、鈴代。……そうですわ、丁度良い。貴女もまだ此処に残ってくださいまし」


「……承知しました」


 メイドさん―鈴代と言うらしい―が頷いたのを確認した咲美は、改めて私に向き直る。その仕草の一挙手一投足がとても上品で、慎ましい。


「すみません、感情的になってしまって。でも、あれこそ私の本心ですわ。きっと、この力はもっと、人を救うような、高潔なことに使うべきなのですわ」


 咲美はつまり、と話を結論づける。


「……父達は私利私欲のために神を利用し、私は救済を求めて神を信じた。それが力を与えられる者の違いだと信じてますし、神に与えられた力はそのままの思いでお返ししないといけませんもの」


「そっか。……教えてくれて、ありがとう」


「いえいえ、御礼を言いたいのはむしろ此方の方ですわ! ……私が本当に進むべき道を、指し示してくれたではありませんか。貴女のお陰です」


 咲美がそう言って深々とお辞儀をするものだから、私も慌てて頭を下げる。これでは最早上品さの欠片もない土下座だ(因みにメイドさんも同じように頭を下げている。どこまでも忠実な方である)。


「いや、普通に私何もしてないんだけど……まぁ、ど、どう致しまして……?」


「はい! ……で、度々なのですが、色々先延ばしにしてしまって申し訳ございません! これから一つ一つ説明させて頂きますわ!」


「私、何か聞いてたっけ」


「このメイドについてですわ。紬さんはお気づきになっていらしたので驚きましたけれど……もしかして、もう『あの世』のものと関わりがあるのですか?」


「……! そ、それは…………」


 だいふくの言葉が思い出される。あいつの言う事など別に従おうとも思わないが、かといって変に歯向かおうとも思っていない。

 そんな悩みがぐるぐると私の頭を回り、私から言葉を取り上げてしまっていた。


「あぁ、口止めされているのですね。当たり前のことですわ。この世全体にそれが知られたら、信仰は終わる。即ち、世界の終わりですもの。大丈夫ですわ。証拠をお見せしますので。鈴代、案内をよろしくですわ」


「……承りました」


 そう言って、お風呂の時の様にこの場から素早く過ぎ去ろうとする咲美を急いで呼び止めた。


「あ、あの! ……これからどこに行くの?」


 返答は何となく分かっていたけど、聞かなければならないような気もしていた。


 それに振り返った咲美の眼は、何処か遠い場所を見つめて。


 その仕草は可憐に咲き乱れ、瞬く間に儚く散る桜の様。


「『人形部屋』。……私の棲家、ですわ」


 彼女の笑みが何を指し示しているかは、誰にも分からない。


 やっぱり、まだ。私にも。

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