第7話

 翌朝、久々に独りぼっちで朝食を手早く済ませる。なんだか寂しい……なんてワガママな感情なのだろうか?

 だが私にとって食事は一人で取るものではなかった。

 いつだって両親や弟妹がすぐ近くにいて、野菜が食べたくないのだと言えばおだてて食べさせたり、場合によっては無理矢理口に突っ込んだりもした。

 一番下の妹の口にお花の形のニンジンを入れて食べさせたのはまだ1年ほど前のことだ。ニンジンは私が育てた野菜の中で一番味には自信があった。


「甘い! お姉ちゃん、もっと、もっと!」

 可愛い妹の口に無理矢理ねじ込んだだけのことはあり、ニンジンの美味しさを伝えられ、あれから妹は頻繁にニンジンのバターソテーをせがむようになった。


 懐かしいな……。

 今も昔も、バターソテーは偉大なのだ。


 ――そうバターの偉大さを実感して、あれと首を傾げる。

 昔っていつのことだろうと。自分で思ったことなのに、それがいつのことだか思い出せないのだ。


 昔もバターソテーを口に入れたら美味しいって言ってもらえて、嬉しくておかわりの分まで作ったことも覚えている。

 だがそれがいつだったのか、そしてどの弟妹に作ってやったのかは思い出せないのだ。


 他のなら思い出せるのだ。


 トマトは食感が苦手だから食べないと言っていたから、ジュースにしてまずは味に慣れさせた。

 ピーマンは肉とともに炒める時に、味付けを濃いものにして、徐々に薄めていった。

 キノコは甘めに味付けをして食べさせて……。


 どう調理したか、誰に食べさせたのかまでちゃんと覚えている。

 

 ならなぜ、ニンジンだけは思い出せないのか。

 まだ若いというのに、物忘れか……と自分の記憶力の衰えにはぁとため息を吐く。


 おそらく今後、誰かに苦手なものを食べさせる機会などないだろう。だからその記憶が役立つ日が来るかと言われれば微妙なところがある。

 だがここで思い出すことを放棄してしまっては、今後の記憶力の低下が著しいものになってしまうかもしれない。

 こういうのは思い出せずとも、努力することが重要なのだと食事の手を止め、身体の前で腕を組みながらウンウンと唸る。

 とりあえず、記憶の中の私はどれくらいの身長だったかとか、年代を絞ろうとする。

 だがなぜだろう、ニンジンのバターソテーとそれが乗った皿以外、てんで思い出せないのだ。なんというか、記憶にモヤがかかってしまっているような、思い出すことを拒んでいるような、そんな感じである。


 気持ち悪さを感じながらも、まぁいっかと無理矢理気持ちに蹴りをつけ、残りの食事を全て腹の中に入れた。さてお腹もすっかり膨れたことだし……と腰を浮かせると、私が完全に立ち上がるよりも早く執事さんが何処からともなくスッと影のように登場した。


「ルピシア様、苗のご用意が整いました」

「……ありがとうございます」

 え、もう?と驚きはしたものの、さすがにこの瞬間移動か何かかと目を疑うような動きを目にした後にはリアクションが追いつかなかった。


 昨日、花壇部屋と命名したその部屋のドアを開くとそこには苗がズラリと並べられていた。

右から順にジャガイモ、ニンジン、ピーマン、トマト、イチゴの箱が並んでおり、それぞれに品種の札が下げられている。

 さすがに品種までは指定しなかったのだが、それが余計に手間をかけさせてしまう結果となったことは一種類の野菜につき2、3種類の品種が用意されているところを見れば明らかである。

それも花壇の上に乗せられたノートにはそれぞれの品種の特徴と写真までつけられている。


「ああ、なるほど」

 軽く目を通して、そして全て読み終わるとこの種類の多さにやっと納得した。これは全てユーリスの好きな品種、または彼の好みに近いものなのだ。どれも苦さの少なく、甘さを感じるものばかり。


 どうやら彼もまた、ユーリスに美味しい野菜を食べて欲しいのかもしれない。

 執事さん公認?で野菜を育てることになった私は早速腕を捲り、苗とセットで用意してくれた、妙に手に馴染む鍬を手にするのだった。

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