第6話

 翌朝、約束通りに出されたスクランブルエッグは半熟トロトロで美味しかった。今まではよく火が通っていたものが出されていたのだが、こちらの方が好みである。

 おそらくはこれも水晶で見たのだと思うと、一度はその水晶を使って何か見てみたいなぁと叶うはずがないとわかっていながらも憧れのような感情を胸に抱くのだった。




「この中から好きなのを選べ」

 

 そう言って差し出されたのは真っ黒な無地のアルバムと野菜の苗のカタログが一冊ずつ。


「気に入ったものを使用人に伝えておけ。翌日にでも用意させる」

「ありがとうございます!」

「ふん、お前のためではない。私のためだ。今日から研究のためにしばらく部屋に籠る。だから絶対に邪魔をするな! いいな!」

「はい」

「ならいい」


 部屋に籠る時には必ず身につけている白衣がヒラヒラと揺れ、もうすでにやる気満々なのがありありと伝わってくる。そんなに念を押さずとも邪魔などしないのだが、ユーリスは事あるごとに私を子ども扱いしてくるフシがある。

 見た目からは全く感じ取れないのだが、このお屋敷の執事さんに尋ねてみたところ今年で32歳になったらしく、私とは12歳も違うらしい。まぁ12も違えば子ども扱いしたくなる気も分からなくはないが、それにしても何か与えとけばいいだろうみたいな考えは辞めてほしいものだ。……ふかふかのベッドもだだっ広い花壇もフワトロの卵も野菜のカタログも全てありがたくいただくが。


「そういえば、こっちはなんだろう?」

 カタログは表紙に写真やら字が印刷されているからすぐにわかったのだが、アルバムの方はなんだか分からず、とりあえず開いてみる。すると中には大量の子犬の写真がズラリと並んでいた。

 どうやらユーリスは私に新しい家族までプレゼントしてくれるらしい。


 出会った日に提示された明らかに私が有利な条件といい、契約通り望めば何でも用意してくれることといい、ユーリスにとって水晶が選んだ嫁というのはよほど重要なものらしい。


「ほんと、水晶様様だよなぁ」

 アルバムはしばらくの観賞用にすることに決め、早々に閉じて横に置くとカタログを開いてさっさと植える苗を選ぶことに決めた。


「今の季節だと、ジャガイモとニンジンの他には……この辺りかな?」

「この屋敷に季節など関係ありませんのでお好きなものをお選びください」

「わっ……!」

 ユーリスが部屋を去ったことで完全に1人になったと勘違いしていたのだが、まだ部屋には執事さんが残っていたらしく、ありがたい助言は私の心臓に予期せぬ負荷を与えることとなった。見慣れた彼の顔を凝視しても今なお心臓はバクバクと仕切りに脈を打ち続けている。


「どうかなさいましたか?」

「い、いえ……何も」

「ではお決まりになりましたら、お呼びください」

「はい……」


 彼の居なくなった部屋で、胸に手を置いて落ち着きを取り戻すと今度こそ一人きりになった部屋でじっくりと苗選びを開始する。


 何百ページにも及ぶ苗カタログから選び出したのはユーリスが好きな野菜に挙げた、ジャガイモとニンジンはもちろんのこと、フルーツを育てたらどうかという意見も採用して、初めてではあるがイチゴも育ててみることにした。

 苗カタログにはご丁寧にも育て方まで書き記してあるため、それに従えば初めてでもなんとか食べるまでにこぎつけることができるだろう。酸っぱくなったり形が悪ければジャムにでもしてしまえばいいから実が実りさえすればこちらのものである。その他には当初私が予定していたピーマンとトマトも植えることにした。ユーリスに即刻却下されたがカタログに載っているから遠慮なく頼むことにする。

 こうして合計6種の苗を頼むことにしたのだった。

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