第50話

 文化祭の準備も進み、いよいよ明日が文化祭という日までやってきた。文化祭実行委員は仕事を完璧に遂行し、ここまでアクシデントなく予定を消化している。

 それもこれも若月の尽力が大きいだろう。一年生ながら上級生を上手く使い、仕事をこなしていた姿は後輩ながら感心する。それから文化祭実行委員長の大熊もよく働いた。リーダーシップを発揮し、実行委員会を上手くまとめていた。

 文化祭実行委員会の仕事が一段落ついたことで、俺と若月は生徒会に参加していた。今日は久しぶりに全員が揃う貴重な日だった。


「というわけで、制服のデザインの方は順調だよ」


 結菜が報告を終える。結菜が推し進めている制服のデザイン変更は学校に承認され、デザイナーに依頼している段階だ。来年度の新入生から適用し、上級生は希望者のみ購入という形になる。なので、あまり時間がないのが現状だ。それでも久世を中心に結菜をサポートしているおかげで現状は順調に改革を推し進めることができているようだ。

 俺たちも報告を終えて、一応生徒会としての会議は終了する。まだ時間はあるが、今日は早めに解散してもいいだろう。


「よし、それじゃ解散しますか」


 結菜がそう言って生徒会メンバーは解散する。戸締りを済ませ、鍵を職員室に持っていった結菜を校門前で待ちながら、若月と駄弁っている。


「先輩、なんだか雰囲気変わりましたね」

「そうか」


 自分ではそんなつもりはないのだが、母親と会ったことで色々吹っ切れたのが影響しているのかもしれない。


「はい、壁を感じなくなりました」

「今までは感じてたのかよ」

「はい。まあだから男の人が好きっていうのを信じたわけなんですけど」


 確かに俺は女子に対して距離を取っていたところはある。それを敏感に感じ取っていたのが若月なのだろう。若月はそういう機微を見逃さない女子だ。


「母親と会ったんだ。それで俺の女性不信もちょっと緩和されたというか」

「女性不信ですか。お互い苦労しますね」


 若月は男性不信、俺は女性不信と案外似た者同士なのかもしれない。俺たちはくすりと笑い合うと、文化祭の装飾が施された校門を見る。


「でもあたし、先輩ならいけそうな気がしますけどね」

「何がだよ」

「彼氏にするの」

「ぶふぉっ……!」


 俺は勢いよくむせ返る。若月の突拍子もない発言に困惑したからだ。


「何言ってるんだよ」

「まあ冗談ですけど。先輩ならありかなって思えるだけです」

「俺はいったいお前の信頼をどこまで勝ち取ってるんだよ」

「かなり好感度は高いですね」


 平然と言ってのける若月に俺は冷や汗を流しながら首を横に振る。この後輩には適わない。


「結菜が好きなんだろ」

「先輩、あたしだって結菜先輩と付き合えないことぐらいわかりますよ」


 まあそれはそうだろうな。結菜は俺のことが好きで、女子が好きなわけじゃないから。あの真っすぐな結菜の瞳を思い出す度、俺の心は揺らめている。


「女同士で付き合うのがどれほどハードルが高いかなんてよくわかってます」


 若月はそう言うと遠くの空を見上げた。雲の流れは穏やかで、明日もいい天気になりそうだ。


「だからあたしも男の人が苦手なの克服します。それで素敵な彼氏を見つけて幸せになってやります」


 若月はきっぱりとそう宣言した。

 やはり若月は強い女の子だ。あんな目に遭っていながらそれでもまだ男を信用しようとしている。それに比べて俺はなんて小さいんだ。母親の裏切りだけで全ての女を嫌うなんて。若月といると自分の弱さがクローズアップされてなんだか複雑な気分になる。

 結菜と向き合うと決めた今でも、俺はまだ自分の気持ちを消化できずにいる。結菜が俺にとってどういう存在なのか結論を出せずにいるのだ。俺は結菜のことが好きだ。それは間違いない。ただそれが家族としての情愛なのか、恋愛感情なのか区別がつかない。俺は不誠実なのは嫌だ。自分の気持ちがはっきりしないまま結菜と付き合って、それでやっぱり違ったという結末だけは避けたい。それほど、俺にとって結菜という存在は大きくなっている。


「お前は強いな」

「そうですよ。あたしは強いんです」


 若月は満面の笑みを俺に返すと、スキップを踏みながら歩いていく。


「それじゃあたしは先に帰ります。結菜先輩によろしく言っておいてください」

「なんだ一緒に帰らないのか」

「二人の邪魔はしたくないので。それでは」

 

 そう言って若月はさっさと帰ってしまう。

 俺は結菜を待ちながら文化祭のアーチを見上げる。明日は文化祭だ。生徒会としての仕事は忙しくなるだろう。だが、当然空き時間もできる。その時に結菜を誘って一緒に回るべきだろうか。俺は思案する。付き合ってもいないのに一緒に回るのは変だろうか。周りにも注目されるだろう。変な噂をまた立てられるかもしれない。


「いや、それは俺がヘタレだな」


 考えを改める。文化祭を一緒に回るのなんて友人同士でもするだろう。さすがに誘わないのはないな。

 そう考えをまとめたところで、結菜が姿を現す。


「お待たせ。ねえ、穂高。明日の文化祭一緒に回るでしょ」


 不意打ちだった。俺が誘おうと思っていたのに先に結菜に言われた。俺は苦笑しながら頷く。


「一緒に回ろうか」


 そう返事をした時の結菜の顔は、この世で一番可愛いと思った。


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