第25話
結菜視点
全ては計画通りだった。台風が接近してるという情報を掴んだ時から、私はこの状況を作り出す為に穂高を海へ誘った。
穂高が天気予報を確認しないことは一緒に暮らし始めてわかっていたし、チャンスだと思った。
目論見通り、電車は止まったし、近くのラブホに入ることもできた。こうでもしなきゃ、穂高は絶対二人でラブホなんて入ってくれなかっただろうし。
二人で同じベッドに入れば、穂高と話ができると思った。
私が知りたかったのはひとつ。穂高に好きな人がいるのかどうか。それを聞き出すことに成功して、とりあえずの目的は達成できた。だが、穂高が思いのほか自分のことを話してくれて、私は穂高の心に巣食っている闇に触れた。
まさか、女の人に不信感を抱いているなんて思わなかった。そうか、だから私は振られたんだって思ったら、なんとなく納得した。
そう思うと少し気が楽になった。私は穂高が自分のことを話してくれるのが嬉しくて、余計なことを口走ってしまったかもしれない。でも、後悔はない。私もひとつ決めたことがあるから。
これからは身体で誘惑するのはやめる。そう決めた。
穂高が女の人に不信感を抱いているのなら、それを溶かしてあげたい。私は絶対に裏切らないってことを教えてあげたい。その為には穂高の心に寄りそうことが大事なんだと思う。
正攻法で穂高を落としにかかる。
「覚悟してよね」
隣で眠る穂高の頬をつつきながら、私は微笑む。
今日はゆっくり眠れそうだ。私は瞼を閉じるとゆっくりと意識を手放した。
穂高視点
目が覚めると既に結菜は着替えを済ませていた。
「服、乾いてるよ」
そう言って結菜が服を手渡してくる。俺はそれを受け取ると、袖を通した。元々パンツは濡れていなかったので、パンツだけ履いて眠ったが、やはり裸同然の格好で結菜と一緒に眠ったのはやばかった。どうして我慢できたのかもわからない。もしいつものように結菜が誘惑してきていたら絶対に我慢できなかったと思う。
「雨、上がってるね」
結菜がカーテンを開き、窓の外を見ながら言う。どうやら風も落ち着いているようだ。この様子なら電車も運転を再開するだろう。
俺は着替えを済ませ、洗面台に移動する。備え付けの歯ブラシを開封し、歯磨き粉を付けた。
「電車、動いてるみたい」
結菜がスマホを確認しながら言う。俺は歯磨きをしながら返事をする。
丁寧に歯を磨き、口をゆすいで朝の準備を終える。
「じゃあ行くか」
そう言って出口へと向かう。備え付けの精算機で支払いを済ませる。宿泊した分、やはり料金は高かった。だが、結菜も半額出してくれたので痛い出費だがなんとかなった。
ラブホを出た俺たちは真っすぐ駅に向かって歩く。駅は近いのですぐに辿り着いた。
改札を潜りホームで電車を待つ。
台風一過。外はまだ風が少し残っているが快晴だった。
「いろいろあったけど、打ち上げ楽しかったね」
「そういや選挙の打ち上げだったなこれ。ちょっとした小旅行の気分だったよ」
「旅行かー。またどっか行きたいね」
「そうだな。そのうち家族でどっか行くだろう」
そんなことを話しているうちに電車がホームに入ってくる。電車に乗り込むと、行きとは違って椅子が空いていた。俺たちは二人並んで椅子に座ると一息つく。
電車が発車し、揺れ始めると結菜がことんと頭を俺の肩に乗せてくる。見ると、結菜は舟を漕いでいた。疲れたのだろう。昨日はもしかしたらあまり眠れなかったのかもしれない。結菜は女子だ。裸同然の格好で隣で男が寝ていたら、それは気が休まらないだろう。
不思議と、結菜の頭を乗せているのは悪い気はしなかった。
しばらく電車に揺られていると、俺たちの町に帰ってくる。隣で眠る結菜を起こし、降りる準備をする。
電車を降りるとそのまま俺たちは家に向かって歩き出す。
家に着いた俺たちはそれぞれ部屋に戻ると、着替えを済ませた。
結菜に指摘されたこと、俺の中で消化できるかはわからない。
ふと、中学時代に俺に告白してきた女子のことを思い出す。もっとあの子とちゃんと向き合ってやれば良かったかな。そんな淡い後悔が胸を埋め尽くすのだった。
◆出会い
放課後の教室。私はたったひとりで黙々と掃除をしていた。
私以外の掃除当番の子は私に丸投げして帰ってしまった。私も人に強く言えないところがあるから、私も悪いのだと思う。
「なんで一人でやってんの」
不意に廊下から男子生徒に声を掛けられる。私は驚いてそちらを見ると、見知らぬ男子が私のことを見ていた。
「みんな帰っちゃって。私がお願いされたの」
「それはひどいな。良かったら手伝うよ」
そう言って手伝いを買って出てくれた男子は教室に入ってくると、ロッカーから箒を手に取る。そうして掃除を始めると、手際よく机を移動させていく。女子の私ひとりじゃこうはいかない。机も結構重いし、数倍の時間はかかっただろう。
「ありがとう」
「いや、本来一人でやることじゃないし」
「えっと、名前聞いていい?」
「三組の安城だ」
安城くん。優しい人。面倒な掃除を手伝ってくれるなんて。
そこで私は初めて安城という男の子を意識した。恋なんて意識はまだ全然なかったけど、いい人だなと思った。なにかお礼をしようとしたけど、安城くんはいらないと言ってさっさと立ち去ってしまった。
それからだった。私は安城くんを見かける度、目で追っていたのは。彼は本当に優しい人で、誰かが困っていたら率先して手を貸していた。そんな優しい人柄に、私はいつしか恋をしていた。
それから安城くんのことについてたくさん調べた。勉強ができて、難関の高校を受験しようとしてること、下の名前は穂高っていうこと。ひとつずつ安城くんのことを知る度に、私はなんだか嬉しくなって微笑んだ。
安城くんと同じ高校に行きたい。それから私は勉強を頑張った。元々地頭が良かった私は少し勉強すると成績は右肩上がりになった。
なんとか安城くんと同じ高校の受験ができると先生に言われた時は、私は舞い上がった。
私は自分へのご褒美に、安城くんに告白することにした。安城くんを放課後の教室に呼び出して、私は待った。
待っている間、心臓が爆発するんじゃないかってぐらい激しく鼓動を打った。
安城くんは来てくれた。安城くんは戸惑っている様子で、ばつが悪そうに顔を伏せていた。
「えっと、来てくれてありがとう」
「いや……」
これ、きっと安城くんには今から言うことが伝わってる。雰囲気でわかってしまっていると思う。
だが、いざ言おうとすると言葉が上手く出てこない。喉に引っかかって、声にならない声が漏れる。
緊張でどうにかなってしまいそうだった。心臓はけたましく鳴り響き、血圧が上がっていく。
私は深呼吸をして心を落ち着け、一息にまくし立てた。
「わ、私、安城くんのこと好きなの! 付き合ってください!」
言った。言ってしまった。もう口から出た言葉は戻ってはこない。私は両目を瞑っていたので、片目をうっすらと開けてみる。安城くんは悲しそうな顔をしていた。その瞬間、私は駄目だと思ってしまった。
「ごめん」
短く、安城くんが告げる。
そのたった三文字が、私の恋を終わらせたのだと知った時、私の中から音がすーっと消えていった。
さっきまでやかましかった心臓の音が鎮まっていく。
「それじゃ」
そう言って安城くんは立ち去った。教室にたったひとり残された私は、何も考えられず呆然と立ち尽くした。
ダメだった。やっぱり私って地味なのかな。悔しい。告白するまでにもっとできることがあったんじゃないか。そう思うと悔しさがこみ上げてきた。
「変わろう」
私はその日以来、そう決意した。
それから努力した私は自分でも他人に誇れるぐらい垢ぬけたと思う。
今度再会したらきっと安城くんも振り向いてくれる。
それまで、私は努力するだけだ。
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