6 キッズリターン
第21話 涙のワケ
失意の二人に対して、南雲センパイはどこか晴れやかですらあった。
「バカだな、泣くやつがあるかよ」
「だって! こんな、こんな理不尽な!」
兎塚さんの頬を濡らしているのは、悲しみだけでは無かった。大人に対する怒り、何も言い返せなかった自分への絶望、様々だった。
「ほら、涙を拭いて」
南雲センパイはハンカチを取り出し、兎塚さんに渡す。
「藤堂も、さっきは殴って悪かったな」
「いえ、センパイ。でも、ごめんなさい」
南雲センパイはニヒルな笑みを浮かべる。
「おいおい謝るなよ。別にお前は悪くない。むしろ被害者なんだからな」
「違う! 一番の被害者はセンパイじゃない! こんな、こんなことって……」
悲鳴に近い兎塚さんの言葉に南雲センパイは肩をすくませる。
「おいおい、俺は今晴れやかなんだぜ? だってそうじゃないか。もう面倒な勉強はしなくていいし。な?」
「南雲センパイ……」
「ほら、藤堂も。そんな辛気臭い顔しないでくれ。それに俺は学校はやめても。三英傑までやめるつもりはねえんだぞ?」
南雲センパイは藤堂と兎塚さんの肩を掴む。
「さあ、顔を上げてくれ。そして前を見ろ。俺のことなら大丈夫だ。やろうと思えば大検もあるしな」
南雲センパイは「進学するつもりは無いけどな」と、楽しそうに言う。
「南雲センパイ……」
藤堂の声も震え出した。南雲センパイはニヒルに笑い、一言。
「良き高校生活を」
そして肩に置いていた手を離すと、クルリ後ろを向いた。
ちょっとだけ上を向きながら南雲センパイは背中越しに手を振ってくる。
「南雲センパイ……」
藤堂は拳を握る。さっきまで戸惑っていたが、もう迷わない。
「ピジョン・ド……サブレ!」
藤堂の中で、何かのスイッチが入ったのを感じた。
そう、ヤツは不幸を呼んでくる。藤堂に対しても、藤堂の周囲に対しても。ヤツにかかわると皆不幸になる。だから、もう許してはいけないのだ。「止める」だなんて甘いことは言っていられない。ヤツの理由なぞ知ったことか!
「必ず……必ず!」
藤堂が握った拳は真っ赤になっていた。
藤堂と兎塚さんは、南雲センパイを見送った後教室へと帰って行った。
「美奈、大丈夫だった?」
「校長なんて?」
目を真っ赤にしている兎塚さんに対して、
「おい藤堂、何があったんだよ」
という声にすら藤堂は反応を見せなかった。
『希望……』
グラムの声にも反応しない。だが、自分の世界に引きこもったわけでは無かった。何かブツブツ言っているが、誰にも聞き取れなかった。
その内、授業が始まる時間となった。
クラスメイトたちは自らの席に戻り、授業を受けていた。
「おい藤堂、せめて教科書くらい出したらどうだ?」
藤堂はブツブツ言って、教師の言葉に耳を貸さない。
「ったく……で、あるからして……」
授業は続いた。昼休みまで後少し。そうすればお昼ごはんだ。クラス中、教師も含めて目が血走っていた。
そんな授業時間が残りもうちょいという微妙な時だった。
唐突に教室の扉が音を立て開いた。
「なんだ?」
珍客はローブを身に纏ったウサギだった。
「エキャモラ? でもエキャモラはここに?」
エキャモラとよく似てはいた。だが決定的に違うところが一箇所あった。体毛の色だ。入ってきたウサギは体が白かった。
『ワキャワ?』
「え?」
エキャモラがその名前を呼ぶと、ワキャワと呼ばれたシロウサギは持っていた小型の杖を藤堂に向ける。
「……」
俯き、何か言っている藤堂は反応が遅れた。
「レナニキガ!」
ワキャワの杖先からビームのような、何か光線が発せられた。
光線は藤堂を覆った。
驚きの声を上げる暇もなく、藤堂はひっくり返った。
クラス内はざわつく。そして悲鳴が上がった。
その悲鳴を確認して、ワキャワは外へと出ていった。
椅子からひっくり返った藤堂は立ちあがる。
「いてて……」
椅子が大きいのだ。さらに言えば、皆の視線もおかしい。
「……?」
『大丈夫か?』
「と、藤堂のヤツ!」
視線の高さも何かおかしい。なんというか、みんな巨大化している。
「子どもになっちまった!」
クラスメイトの誰かが言った。そう、藤堂は小学四年生くらいの、身長一メートル四十センチもない、ちっぽけな子どもに戻っていた。学ランも一緒にサイズが縮んでいた。
「あれ? あれ?」
『希望?』
グラムは無事のようだ。もっとも、グラムは元々が成人(成カエル?)だ。多少年齢が戻っても、オタマジャクシまで戻ることは無かったらしい。
ギャーギャー騒ぐ皆をキョトンとした顔で見上げる。
「藤堂?」
兎塚さんは藤堂に寄っていき、「大丈夫?」なんて膝をつき藤堂に話しかける。
周囲に人がきができてきた。当然だ。子どもに戻ったクラスメイトが目の前にいるのだ。そんな面白いものを捨て置くわけ無かった。
「……」
藤堂はさっきから何も話さない。話さずに兎塚さんをじっと見つめている。
「……」
「ど、どうした?」
兎塚さんが聞くと、藤堂は兎塚さんに抱きついた。
クラスに黄色い声が上がる。
「お、おまっ! 藤堂! うらやま……違う、離れろよ!」
「もしかして心も子どもに戻っているとか?」
「ありえるかも?」
クラスメイトたちの話声を聞いてか聞かずか、兎塚さんはひっしと抱きついている藤堂の頭をやさしく撫でる。
「よしよし」
男子から、藤堂への負の感情が漂ってくるのがよくわかった。
「かわいい」
「こうなってくると、美奈はお母さんね」
「ミニ藤堂め」
と、その間兎塚さんの手が弱々しくではあったが、色々な色に輝いていた。解毒魔法や、回復魔法を簡単にではあるが、色々試していたのだった。だが効果は無いようだ。
と、藤堂は兎塚さんからガバッと離れる。
「どうしたの?」
じっと見る。そんな藤堂の目はまっすぐだった。
「姉ちゃんあんま胸ねえなあ。乳酸菌ちゃんととっているのか?」
空気にヒビが入った。
「お、おお……お前!!何言って!」
クラスメイト全員が「まあ確かに巨乳の類ではないよなあ」と思いつつも、藤堂をに説教垂れようとした。うつむき、何かが燃えはじめた兎塚さんは顔を上げる。
「あ、あれ?」
気づいたら、藤堂はその場にいなかった。
「逃げたのか?」
「アレだけのことして、アレは無いよなあ」
「でも、アレだけのことしてもらったからこそ……かも?」
兎塚さんはゆらりと立ちあがる。教室を出る。そして、藤堂が曲がり角を曲がっているのを確認すると、
「ヤツは……殺す……!」
なんて藤堂を追いかけはじめた。
『ウヒョオオオオオ! 美奈! ファイト! 美奈! ファイト! 美奈! ファイトォ!』
少しだけ恥ずかしい話だが、兎塚さんは殺意というものを、これほどまでに感じたことは無かった。
「藤堂! 虫! ハラワタを、ブチまけてみろおおおおおお!」
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