第8話 戦士の証

 藤堂の前に立った者。それは、兎塚さんだった。

 階段の上から状況を把握していた兎塚さんは、一瞬考えた。撤退か戦うかを。

 だが、体の方が先に動いていた!

「……!」

『エキャモラ!』

「へえ……キミかあ……。このボクにかかってくるなんて、さぞかし自信があるんだね?」

 このクソ状況に飛び込んでしまった兎塚さんは再び考えを巡らす。

 撤退するにも、藤堂は動けそうにない。抱えて行くと、多分目の前のクソネズミに追いつかれ、二人ともヤられる。

 なら行く道は一つだった。

「行こうエキャモラ!」

『うん!』

「はぁああああ!」

 気合いとともに間合いを詰め、腰の入った一撃をミッピーマウスに喰らわせる。

「どうだ!」

「……やわらかいおててだねえ。女の子の手は……」

 ミッピーマウスの手が兎塚さんに伸びる。とっさに兎塚さんはバックステップで間合いをとる。

「ハハッ、決めた。キミは……」

 ミッピーは兎塚さんに向けかけて来る!

「埋めて! 殺して! 犯してやる!」

 猟奇的な順番だった。ミッピーマウスの場合、そこから「相手を食す」までやりそうだった。

「ハハッ! しっかり避けないと!」

 ミッピーマウスの攻撃連打に、さすがの兎塚さんも防戦一方だった。

『ウキャーーーーーーーー! 美奈! ガンバってーーーーーー!!!!!!』

 エキャモラも応援するが、その程度ではその差は縮まらない。

 エキャモラは兎塚さんの心の中でパンチやらキックやらを繰り出し、ミッピーに応戦する。だが、兎塚さんはその様には動けない。

『せめて、エキャモラの二割でも美奈が動ければ……!』

 そして、エキャモラは冷静になって考える。

『あ』

 それは、エキャモラにとって名案だった。

『美奈! 間合いをとって!』

「あ、後に!」

『大事なことなの! ウキャーーーーーーーー!!!』

 ハッスルしているエキャモラをなだめるため、兎塚さんはミッピーマウスから間合いを大きくとる。

『美奈!』

「え? わかった」

 兎塚さんは、簡単にポーズをキメて、呪文を唱える!

「メドア!」

「させるKUWAAAAAAAAAA!!!!」

 ミッピーマウスは再び毒霧を吐く。

 漆黒の光が兎塚さんを覆い、その外からミッピーマウスの毒霧が襲う!

 漆黒の輝きは毒霧を弾き返し、漆黒の鎧を身に纏った、新たな仮面戦士がそこにいた。

「仮面戦士、クネス!」

 ポーズをキメた「仮面戦士クネス」はミッピーマウスに向け、襲いかかった。

「ハアアアア!」

 再びの腰の入った一撃! ミッピーマウスはその攻撃をあえて受ける。当然だ。先ほどの一撃と大して変わって見えない、たかが鎧を身につけただけの、それも小娘の拳なぞ避けるまでもない。

「ハハッ、大したことないな」

 ミッピーマウスには、その拳は痛くも痒くもなかった。当然だった。

「あ、あああああああああ!」

 大きな穴が胴体に空いていた。胴体の三分の一に相当するその大きさは、ミッピーマウスの体は既に死んでいて、その痛みを感じる機能すら停止していた。

 クネスは拳を引き抜くと、クルリ体を藤堂へ向けゆっくりと歩き出す。

「ああああああ! ぴ、ピジョン様アアアアアアアア!」

 妙な言葉を残して、霧散したが、今は急ぎ藤堂を治療しなければならなかった。

「ねえ、アンタ!」

 藤堂の顔は青から赤紫に変わろうとしていた。

「今、解毒魔法を!」

 緑に輝く手のひらで、クネスは藤堂を触る。緑の光は藤堂を覆い、顔色もアナザーカラーの赤紫から、通常カラーに戻ってきた。

「あれ? ここは……」

ガバリと起きた藤堂はミッピーマウスを探す。

「落ちついて、あの便所ネズミはわたしが倒したわ」

「え? と、兎塚さん? そっか、エキャモラの力を……よかったよかった」

「でも、あのネズミ気になることを言っていたわ」

「なんて? え? ピジョン?」

 藤堂は「鳩がどうしたんだろう?」そう仮面戦士から戻った兎塚さんと小首をかしげる。だが、グラムもエキャモラも、その名を聞いて黙っていた。なにか考えているらしかった。


 その、一部始終を見ていた奴がいた。

「いいのかい? 向こうへ行かなくて……そうかい」

 この間ベンチに座っていたいい男は、魅惑の重低音ボイスでそう言い、その場を立ち去ったのだった。

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