第2話 お頼み申す

 これは素朴な疑問である。

 昨日のアレはなんだったのか? 藤堂は頭を捻って考えていた。弩級の難しい問題だった。

 登校しながら考えていたが、やはり、腰を据えてじっくり考えたい。もっとも、考えたところで無駄無駄無駄ァ! なこともわかっている。いくら藤堂が考えたところで、空想に過ぎない。やはり本人に聞かないと。

 しかし藤堂には無理な理由があった。

「あ、そ……そうだね。ハハハ」

 くらいしか会話ができないという、仕方ないこともあり、どうしようもないことがあるのだった。

 ましてや、話しかけねばならないのは女子。ヒマラヤのエベレスト級にハードルが高い。しいて言うならば、「無理の一言」というところだろうか?

 藤堂は思わずため息をつく。

「そんなこと言ったって、出物腫れ物って言うじゃないか」

 藤堂が続けて「大体だねえ」と言おうとしたところで、肩をトントンされた。

「藤堂くん……だっけ?」

 相手から話しかけてきた。あまりのことにパニックを起こしそうになる。

「と、兎塚さん!」

 問題が向こうからやってきた。と考えそうになったのを、被りを振って正す。

「悪いんだけどさ、ちょっと顔貸してくれない? 昼休みでいいわ」

 兎塚さんは「体育館裏ねー!」そう告げると、前を行く女子集団に合流していった。

「なあ、今の何? もしかして、で、でででで……デートの約束かなぁ?」

 ストーカー的な思い込みだった。

 しかし藤堂は、ソワソワと、そしてワクワクとしながら体育館裏へ行くのを待っていた。

 登校して二分。昼までまだ三時間以上あるというのに、既に気持ちは昼休みであり体育館裏だった。

「あーなんだろうなあ……兎塚さん、なんだろうなあ……」

 グフグフグヘヘと笑うその姿は、傍目から見ると気持ち悪いが、近くで見ると、やっぱりこう……気持ち悪かった。

「デートはどこへ行こうかな? やっぱランドかな? シーも捨て難いけど……」

 称号を得られるとしたら「イメージリーダー」か「妄想番長」辺りだろうか? ともかく、藤堂の中では兎塚さんと既に結婚三年目に突入し、一姫二太郎を育てる父親として一生懸命働いており、そんな中でも家族サービスを忘れず、皆でユニバーサルスタジオジャパンへ遠征に行っていた。そんな妄想を実現させるべく昼休みになった瞬間、猛然たる速度で廊下を走り、体育館裏へ向かったのだった。


「おい、昨日のこと忘れろ」

 胸ぐらを掴まれ、今にも殴られそうなタイプだった。一瞬そういうプレイも悪くないと思ったが、兎塚さんは目が本気だった。

「ははは……そうだね……」

 目に「殺」と書いてある兎塚さんはそんな藤堂を放り投げるように捨てると、そのまま去ろうとした。もし、万が一に兎塚さんの言ったことを断ったら取られるだろう、命とかタマとか。

「その方がアンタのタメよ」

 黒いウサギのマスコットをポケットからぶら下げつつ、兎塚さんは、立ち去ろうとした。

「え? 何? 練習用モンスター? 何それ?」

 藤堂のその声を聞いて、兎塚さんは振り向く。

「あ? テメエ、今なんつった? 忘れろって言ったよなぁ?」

「いえいえ、ありませんありません。なんでもありません! お前も、余計なこと言うなよ!」

 後ろ手に「出しゃばるな!」と、空を叩く。

引き返してきた兎塚さんは、再び藤堂の胸ぐらを掴み、おもむろに立たせる。その不必要に強い、人間離れした力の前に抵抗なぞ考えられなかった。

「力こそパワー」

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

「アンタ、誰と話しているの?」

「いえ、その……カエルと……」

 つい言ってしまった。二度とこのことは口にしないようにしようと思っていたのに。以前こんなことを言ったら、からかいに会いそのまま半イジメにハッテンしたことがあったのだ。高校では誰にも喋らなかったが、つい話してしまった。

「カエル? なにそれ? カエル……カエル?」

「あ、あはははは……は、はい。カエルです」

「カエルの名前は?」

「グラム……」

 一瞬考えて、ハッとした顔で兎塚さんは言う。

「私の中にいるのはエキャモラよ!」

 思わず「え?」と声を出す。

「エキャモラって……例の、黒うさぎの?」

 兎塚さんは「そうそう」と、藤堂の肩を掴みぐわんぐわんと藤堂を揺さぶる。気分は遠心分離機に入っているようだった。このまま揺さぶられたら、首がもげるだろう。

「あ、ゴメンゴメン」

 藤堂はふらつくのをグッと耐え、兎塚さんの目を見る。 どことなく目が赤い気がする。「目が充血している」なんていうことではなく、絵画とかイラスト用語みたいにに言うなら、ハイライトが赤い的なイメージのそんな赤さだった。

「そう、グラム。ようやく会えたわね」

 微笑を浮かべる兎塚さんは、とても美しく見えた。可愛いとか綺麗ではない。美しいというのが一番しっくりきた。こういう素晴らしいものを見て、「至高の美しさ」感じたからこそ、過去の画家たちは絵画に女性をモチーフとして描いていたのだろう。そんなことを思った。

「あ、改めて聞くけど、兎塚さん。昨日のは……」

「グラムから聞いたかも知れないけど、アレは練習用モンスター。戦いに備えてたってワケよ」

「そうだったか……」

「あ、チャイム……いい? 藤堂くん、コレは二人だけのヒ・ミ・ツ! だからね?」

 立ち去る兎塚さんは、どこか上機嫌に藤堂に手を振る。それに合わせて藤堂も手を振る。

「兎塚さん……エキャモラだって言っていたね……そうだねうんうん」

 そして藤堂は授業に戻って行った。


 今日、藤堂が下校時間を過ぎても残っていたのは、やはり寝ていたからだった。

「全くもう! 誰でもいいから起こしてくれればよかったのに! そう思うだろ? グラムも!」

 藤堂はグラムと、わーぎゃーやりながら昇降口へ向かう。最終下校時間を過ぎていたので、電気はついておらず真っ暗だったが、なんとか昇降口の下駄箱兼ロッカールームにたどり着いた。

 「兎塚さんは……またやってるな?」

 兎塚さんはまた練習用モンスターを呼び出し、戦闘の練習をしていた。

 演舞のような華麗な避け方。今日も健在だった。

「スゴイなあ……ぼくにもあんなことできるかな? え? 練習次第? そうか……そうかあ……」

 と、雲がかかったのか? 一瞬月明かりが途絶える。

 空からふってきたヤツがいた。

「何アレ?」

 それを見た瞬間、グラムがエキサイトしているのがわかった。この興奮の仕方、ただ事ではないことは容易に掴めた。

「え? ヤバいって? 何が? 兎塚さんが? でもアレは練習用なんじゃ……え? 違う?」

 ソイツは咆哮をあげ、周囲に衝撃波をビリビリ響かせると、ゆるりと兎塚さんに向いた。

 雲の切れ間から月明かりがさす。それは牛頭の怪人だった。牛の頭型のマスクという可能性もあったが、それだとただのマッチョの変態である。変態のマッチョという可能性もあるが。

 なのでミノタウロス系のモンスターなのだろう。ただ、その模様はどう見てもホルスタインだが。

 そんなことを考えていると、牛頭の怪人は兎塚さんにトンデモない速度で襲いかかっていた。

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