第2話 婚約破棄への準備
家族との食事を終えて、部屋に戻るとリオーネが私の部屋にきてくれた。
「はぁ……駄目ね、私は」
「アリィは駄目じゃないわよ。相手が馬鹿なのよ。まあ、あんな男にアリィは勿体ないけど」
私の部屋で寝巻きでベッドに腰をかけているリオーネに愚痴ると否定してくれた。
落ち込んでいるだろう私を慰めにきてくれたらしい。
私自身は、あれとの関係にショックを受けるよりも、リオーネと険悪にならなかったことにホッとしていた。
「でも、婚約破棄することにはショックを受けてないのよ。人を見る目を養わないと……なんて、薄情よね」
「いいんじゃない? 私も前婚約者がバカなことした時、嬉しかったわよ? これで開放される! って小躍りしたかったもの」
そういえば、リオーネの婚約破棄が決まった時、ケーキ食べてたわね。よっぽど嬉しかったのね。
「ねえ、明日から化粧や髪形を一緒にしましょうよ? 昔みたいに!」
「どうしたの、急に」
「ふふっ、ちょっとした悪戯よ。昔は良く入れ替わって遊んだでしょう? 見る目がない婚約者たちが見分けられないという理由で違う格好をしていたけど、もういいでしょ? それに、傍目から、跡継ぎがリセットされたように見えるかもしれないわ」
「それは……そうね。いいかもしれないわ」
私達は一卵性の双子。幼いころはずっと一緒にいて、二人で同じように振る舞い、父や母も私達を見極めることが出来なかった。
ただ、10歳になり、正式に道が決まったころから、教育方針が異なったからから、個々での成長を得て、纏う雰囲気も変わり、互いに婚約者が出来てからは髪型や服装を一緒にすることも無くなってしまった。
私は次期当主として舐められないように、真面目で少しキツめの厳粛な雰囲気になるような化粧にし、髪もきっちりと結っていた。
リオーネは明るく可愛い、和ませる雰囲気の化粧に、緩く髪をハーフアップに束ねることで、私達二人を間違うことの無いように互いに振る舞っていた。
でも、これは役割をはっきりと周囲に知らせるためでもあった。今回のことがあっても私の継承が揺るがないのであれば、逆に周囲の反応を伺ういい機会になりそう。
「私とリオへの接し方で、地位目当てか、本当の友人かを見極められるわね?」
「それに、有能か無能かも、ね?」
そう。どうせ婚約破棄が醜聞として広まるなら、家にとっての有用性を見極めるチャンスになる。
二人でにんまりと笑いあって、メイドにお願いをした。
翌日、メイド達の頑張りによって、私とリオーネは傍目には見分けがつかない程の素晴らしい出来映えになった。
二人とも、今までとは違う、綺麗系に寄せた雰囲気になるようにしたけど、両親はどちらか、すぐにわかったらしい。
「アリーシャもリオーネも……素晴らしい、とても愛らしいよ。君の若い頃を思い出すよ」
「あら、そうかしら……でも、二人とも、辛くはない?」
「「大丈夫です。醜聞が避けられないなら、こちらから動いて掻き回すのもいいと思いますの……華麗に舞ってみせますわ」」
私とリオーネが同時に口を揃えて発言すると、母もにこりと笑う。
今の時期に姉妹が揃って婚約破棄になる……まあ、私はまだ破棄は成立していないけど。それに合わせて、双子の区別がつかなくなったとしたら……さあ、どうなるでしょうね。
馬車で学園へと向かい、リオーネと一緒に教室へ向かう。クラスの前で別れるけど、周りは誰も声をかけてこなかった。
「あらあら、随分と雰囲気を変えたので、誰だかわかりませんでしたわ」
「まあ、ソファラ様。どちらかわからない、でしょう?」
声をかけてきたのは、リオーネと同じくグラウィス様の婚約者候補だった侯爵令嬢。派閥が違うため、普段はあまり話をすることはないが、今日は教室に入った途端に声をかけてきた。
その瞳にはこちらを見極めるような厳しさがある。
「ふふふっ、話せばわかりましたわ。アリーシャ様ですわね。面白い趣向、楽しませていただきました」
にこりと貴族の微笑みを向けられる。普段話をしない人でも、会話をするだけで見極めることが出来てしまった。考えが甘かったかしらと考えたが、周りはアリーシャ嬢らしいと憶測で口にしていて、見分けている訳では無さそうだった。
「昔のお二人を思い出しますわ。いつもお二人でお揃いの姿で手を繋いでいましたね」
懐かしむように扇で口元を隠した後、私にだけ聞こえるように「何かあるなら力になりましてよ」と言ってくれた。その言葉にはこちらを心配していることがわかる響きがあった。
突然、いつもとは違う髪型と化粧で現れたことを心配してくれたらしい。
この学年には、公爵家はいないため、ソファラ様と私達侯爵家、それとソファラ様が婚約している辺境伯家が身分上ではトップとなる。
だからこそ、軽卒には動けないのだけど、力になるとまで言ってくれるとは思わなかった。
「少々事情が変わりまして」
「まあ。大変ですわね……(大丈夫ですの?)」
「ええ、勿論です……(既定路線は変わりません)」
聴き耳を立てている人達に聞こえるように、若干声を大きくし、ゆっくり、はっきりとした声で、含みを持たせるように告げる。私とリオーネを区別しないことが、事情であり、跡継ぎの変更とも受け取れるように。
ソファラ様には他の人には聞き取れないほど、囁くように伝えておく。頭の良い彼女なら、こちらの意図にも気付くだろう。
その後、放課後になるまで、誰一人、声をかけてくることは無かった。
家の派閥に属するはずの男子も女子も……腫れ物のように扱う一方、リオーネの下には人が集まっていると噂が聞こえてきた。
どうやら、次期当主が交代という噂が半日で広まったらしい。私と婚約破棄を望んだ婚約者もリオーネの下にいるとか。
「信頼出来る方が派閥違いなのが残念ですわね」
「そうかもしれないね。でも、派閥を越えての友情なら本物だよ」
教室から出て、迎えの馬車へと向かう。馬場では、馭者からリオーネが遅れると伝言があったため、噴水広場のベンチに座っていた。
遅れる理由が派閥の子達からのご機嫌取りだと聞いて、ついついボヤいてしまったのを聞かれてしまったらしい。
「グラウィス殿下……」
「やあ、アリーシャ嬢。噂になっていたから、ついつい様子を見に来てしまったよ」
その声が思ったよりも近くで……ベンチのすぐ後ろに立っていて、ドキリとする。
はっとして慌ててベンチから立ち上がり、相手に顔が見えないように深くカーテシーをする。つい、会えた嬉しさで顔が綻んでいてはいけない。
まだ、私は正式に婚約破棄をしていないのだから、他の男の人と楽し気に話をすることは出来ない。
「楽にして欲しいな。幼馴染みでしょ?」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
グラウィス殿下は王家を象徴する黒髪に濃い紫瞳の瞳。文武両道で、常に成績トップでありながら、護衛達とともに剣術も磨き、逞しい騎士のような体つきをしている。
最近は婚約者の不定や側近のやらかしでトラブルが続いて、忙しそうにしていたはずの彼が、心配そうに私を見つめくれている。
カーテシーを止めてベンチの端に避けると、一人分スペースを空けて、グラウィス様も同じベンチに座った。
グラウィス様の斜め後ろには、リオーネの婚約者となる予定の方が立っている。
「お久しぶりです。そんなに噂になっていますか?」
「ああ。リオーネ嬢の婚約破棄に続いて、同じ姿で登校、入婿予定の婚約者がリオーネ嬢に侍っているからね」
「お恥ずかしい限りで……まだこちらは破棄されておりませんのに」
「だが、家の方針は確定したんだろう?」
確信めいた言葉に微かに頷きを返す。
婚約者の行動は、私達の意図に沿っていた。家への忠誠を図る試金石として、最後にとても良い仕事をしてくれている。
リオーネが継ぐのではという憶測を後押しして、噂を広めてくれた。ここで私への忠誠が確認される。
幼い頃より、私やリオーネの婿ではなく、私自身が爵位を継ぐと発表している。ここで態度を変える人は同じ派閥であっても、信頼関係を築けない。
「自分の欲望にだけ忠実な婿はいりませんので」
「耳が痛いね。自分の欲望に忠実な側近と婚約者のせいで、僕も謹慎中。正式な処分はまだ決まっていないけどね。まったく、常に民の見本となるべき王族でありながら格好がつかないよ」
「グラウィス様……」
「そんな顔をしないで、大丈夫。心配ないよ。むしろ、これで兄上のためになれそうだしね」
「卒業前には落ち着きそうですか」
「うん、そうしたいよね」
側近がやらかした事。それでも、ずっと二人を側に置いていたグラウィス様も謹慎が言い渡されていた。しかも、ここからさらに処分もあり得るらしい。
そして、現状、4人いたはずの側近は、1人だけとなってしまっている。
残った一人の側近をちらりと見る。近くで見たことは無かったけれど、髪の色はアッシュグレイ……瞳は薄い紫色で、とても整った顔をしている。彼も目立たないようにしているが、グラウィス様に次ぐ好成績であり、剣術なども得意だったはず。
お互いに直接話をしたことは無いが、目が合えば会釈をすることは何度かあった。
ここまで近くで見たことはほとんどなかったけれど、ふと、誰かに似ていると感じたけど、誰だか思い出せない。
「グラウィス様、紹介していただけませんか?」
「ああ、ごめんね。最後まで残ってくれた僕の唯一の側近、ディオンだよ」
「アリーシャ嬢、ディオン・ブラームスと申します。ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。立場上、こちらからお声がけが出来ませんでしたが、グラウィス様からもリオーネ嬢からもお話は伺っております」
立場……そう、彼は父親が不明のため身分が浮いてしまっている令息。
未婚の伯爵令嬢が産んだ不義の子と言われ、腫れ物のような扱いを受けている。だだ、リオーネもグラウィス様も彼を信頼しているのがわかるので、生まれで忌避することはない。
「アリーシャ・マルキシオスです。どうぞ、これからは気にせずお声がけください」
「ありがとうございます、アリーシャ嬢」
「それで? わざわざ僕がいるのに紹介を願ったんだから、何か話があるんだよね?」
「ええ。お見通しでしたか」
グラウィス様の話に苦笑しながら、ディオン様に向き直り、頭を下げる。
彼には謝っておきたかった。既に父もリオーネも彼が婚約者だと決めているが、私のせいで発表が遅れてしまう。
「家の事情で、ディオン様にも、色々とご不便をおかけしております。どうか、妹をよろしくお願いいたします」
「兼ねてから、リオーネより話を聞いております。婚約破棄となった時に……アリーシャ嬢も破棄することになると、すんなり婚約にはならないと。それでも構わないから、候補にと彼女に頼んだのです」
「まあ、既に聞いていたのですか……お恥ずかしい限りで。私の方も婚約破棄になると思われていたなんて」
「ここだけの話ですが、入学したころよりリオーネが婚約者と上手くいっていないこと……逆に、アリーシャ嬢の婚約者が寄ってくるのに困っていると愚痴っていたので」
リオーネが困っていることを相談していた。それはあの子を支える人として心強い反面、言ってくれればよかったのにとも思ってしまう。もし、リオーネが婚約破棄をすることになれば……あの婚約者が破棄を言い出すとわかっていたということ。
「あなたを蚊帳の外に置くつもりではなかったのですが……どうしても、王家の秘事にも関わるため、リオーネも言えなかったのでしょう」
「そう、ですね。わかっております。私は侯爵家を継ぐ者として、関わるべきではないこともあるのでしょう?」
彼自身がリオーネと婚約を望んでいる。リオーネも名前を聞いた時にすぐに頷いた……きっと、リオーネを幸せにしてくれるのでしょう。
私は……共に歩める人と一緒になれるのかしら。
5年も一緒にいて、私の願いを理解してくれなかった婚約者。……次の方とは上手くいくといいのだけど。
「大丈夫かい?」
「グラウィス様……ええ。リオーネとディオン様の信頼関係を見ると少々情けなくて。周囲がわかっていたのに、婚約者とここまですれ違いながら気付けないなんて」
「君は悪くないだろう。5年も共にいて、妹の方に乗り換えるようなクズだっただけだよ」
「……アリーシャ嬢、貴女が傷つく必要はございません。それに、より良い相手と巡り会えますよ、貴女ならば……あんなヒモ男より」
ぼそりと呟かれた言葉に笑ってしまう。
確かに、彼は私を支えるための勉強など一切せず、そのくせ、学園での成績も振るわず、「女だから勉強よりもすることがあるんじゃないか」と非難してくる。
結婚しても、私だけが頑張ることになっていたのだろう。そんな彼との破棄は良い事かもしれない。
「まあ! ふふっ、そうですわね。お二人とも、ありがとうございます」
「アリーシャ嬢。もし、淋しくなったら生徒会室に来て構わないよ」
「ありがとうございます。ですが、将来のために見る目を養いたいと思いまして。リオーネと差をつけないようにするとどうなるのか……誰が信じられるか、よくわかりましたわ」
「傷ついていないようでよかったよ、それでこそ君だね。……じゃあ、また。アリーシャ嬢、気を付けて帰るんだよ」
「はい。グラウィス様、ディオン様もどうぞお気をつけてお帰りください」
二人と別れ、リオーネと共に馬車で帰宅する。ただ、そこでも一悶着あった。
馬車までリオーネを連れてきたのは、婚約者だった。私を見ても何も恥じることはないどころか、「ちゃんと話したか」と確認をしてきたのだった。
にっこりと微笑み、「父から伯爵家へ連絡がいくはずです」と答えて、先に馬車に乗り込む。失望というよりも、もう、理解不能な生き物にしか見えない。
その後、リオーネに何か話してから立ち去っていった。
「アリーシャ、どうだった?」
「態度が変わらないのはソファラ様と婚約者のイザーク様くらいだったわ。派閥の子女も挨拶は無かったわね」
「こっちは沢山きたわ。そうそう、イザーク様があの馬鹿男に抗議してたわよ。恥ずかしくないのかって。まあ、恥ずかしくないのでしょうけど……私にも少しお説教がきたわ」
「あの方は真っ直ぐな気性の方だもの。私達のしてることはお嫌いでしょうね」
お互いに今日あったことを話し、作戦を立てる。
今日は互いに別行動だったけど、明日からは休み時間は一緒に過ごすようにして、さらに様子をみることになった。
私達が二人でいると声をかけてくるのは、ソファラ様とイザーク様、ディオン様しかいなかった。
別行動の時は、私に聞こえるように「不祥事を起こして跡継ぎを外れた」「可愛気がないから婚約者に捨てられた」と蔑むような発言をする人が増えていったが、その噂の発生源が、婚約者だと知った時には呆れしかなかった。
そして、二週間後、伯爵家と話し合いの場を設けることになったと父から告げられた。
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