双子姉妹の婚約破棄

白露 鶺鴒

第1話 婚約破棄宣言


「君と婚約破棄をしたい。君から侯爵様に、僕が妹(リオーネ)の婚約者に相応しいと伝えてくれないか」


 婚約者は、開口一番に婚約破棄をしたいと告げた。理由は、私の双子の妹と婚約したいからだという。

 ティーカップを持つ手が僅かに震えたが、気付かれないように慎重にソーサーに戻す。


「何故、そのような話をされるのでしょうか?」

「アリーシャ、君は本当に自分のことしか考えないな。君の妹のためだ。君は妹を不幸にするつもりか!」

「いいえ。私の大切な妹です。幸せになって欲しいと思っていますが、何故、バリュス様が先程のような申し出をするのかが、わかりませんので」

「先日、リオーネが婚約破棄をしたからだろう。君は次があっても、彼女にはない! そんなことも理解出来ないのか。解ったら、侯爵様にちゃんと俺こそが相応しいと伝えてくれよ」


 婚約者同士のお茶会。

 婚約してから、5年。


 毎月欠かさずお茶会を必ず行い、誕生日には互いにプレゼントを贈り合い、先週も二人で舞台を観に行っている。

 学園の夏休みが近いので、予定を確認しようと考えていたのに、挨拶を終えた後、いきなり出たのが婚約破棄という言葉。


 仲が悪い訳では無い。ちゃんと婚約者として交流していたつもりだが、相手は当然のように、私から妹に乗り換えるのに私が推薦するようにと言いだした。

 その顔は優越感に満ち溢れ、まるで自分の言葉が全て正しく、私が従うことが当然のような口ぶりだった。


 恋ではなかった。

 打算ありきの政略結婚。こちらが上位であり、伯爵家に対しかなり援助をして、逆らえないようにした上での婚約だった。


 お互いに……恋愛感情は抱いていないことはわかっていたけれど。

 何というか、ここまでお馬鹿さんだったのかと、つくづく自分の目は節穴だなと自覚して悲しくなってきた。


 婚約破棄をされたことではなく、自分の目が節穴であることを悲しんでいることがそもそもダメなのかもしれない。彼をちゃんと見ていなかったことを自覚してしまった。


「私と婚約破棄をしても、妹と婚約出来る訳じゃありませんよ?」

「そんなこと、わからないじゃないか。侯爵様は、リオーネのことを殊の外、可愛がっている。俺なら、彼女を幸せに出来るとわかってくれるはずだ! 君みたいに義務だけで笑いもせず、くだらないことに付き合わせることはしない! 可愛く! 微笑んで! 俺を癒してくれるんだ!」


 父は私のことも同じだけ、愛してくれています。愛娘(アリーシャ)を傷つけるような男に愛娘(リオーネ)を頼むことはありません。


 そう言いたいのを堪えて、「わかりました、伝えます」と言った。義務感でお茶会をしていたと言われ、ドキッとした。

 確かに、面倒とかまでは考えなかったけれど、彼のために話題を用意したり、好みに合わせて茶菓子を用意したりはしなかった。流行りの物を用意するくらいで、おざなりにすませていた。


 笑いかけないということは無かったけれど、素行が悪いことに対し苦言を呈することもあった。多分、その全てが彼は気に入らなかったのだろう。


 だから、チャンスだと思ってしまったのかもしれない。先日、妹の婚約破棄があり、私と妹、パートナーを入れ替えることができると思ったのだろう。

 


 5年という月日。

 長いはずのその期間、恋に発展することがなく、婚約破棄の宣言に全く悲しいという気持ちが湧かなかった。

 馬車に婚約者が乗り込むところまで見送った後、執事にお父様の予定を確認する。夕食には参加すると聞いて、それまでにきちんと報告ができるように準備をする。



「お父様、お話がございます」

「ああ。昼間のお茶会のことかな? すでに報告は受けているよ」


 父と母と双子の妹リオーネ。

 家族4人の団欒である夕食後の一時、婚約者の話を切り出そうとした。

 だが、父は既に知っていたらしい。お茶会で給仕をしていた私付きのメイドに視線を送ると、こくりと頷かれた。


 私が話をする前に、一言一句違わずに報告されていた。

 そして、話を知らなかった母とリオーネには、父の口から説明された。


「お父様。それでも、彼の言う通りリオーネの新しい婚約が難しいという言葉も一理あります。私と彼の婚約を破棄をして、リオーネの婚約者候補の一人としますか?」

「アリーシャの気持ちはわかった。だが、あちらはアリーシャとリオーネで爵位継承者を変更した上で、婚約者の交代を希望している。そこを考慮して、リオーネはどう思う?」

「たとえ婚約者候補でも嫌に決まっています。アリーシャの元婚約者となんて、これ以上の醜聞はありません。だいたい、アレは家も本人も毒にも薬にもならない凡庸だからとアリーシャが選んだのでしょう? 侯爵家の毒になった時点で、価値などないわ」


 妹の答えに父が苦笑している。

 私が12歳になった時、次期当主として、婿を選ぶようにと父に言われて、自分で考えて……婿という立場を利用としないよう温厚で、大人しく、目立たず、自信なさそうに俯いていた彼を選んだ。


 女侯爵となる私の邪魔にならないことを見越して、秀でたこともなく、馬鹿なことをしないだろうという理由だった。それから交流をしてきて、恋愛感情は生まれなくても、やっていけると考えていた。


 しかし、ここにきて、その考えが間違っていたと証明されてしまった。

 どうやら、婚約者も、婚約者の生家も私ではなく、自分たちの思い通りになりそうな妹に乗り換えることを望んでいた。


 双子ならどちらが爵位を継いでもいいだろうと言葉を添えて、私からリオーネに婚約者を変えるように伯爵家からも打診がきていると父から説明された。

 つまり、侯爵家の次期当主の婿である立場は維持するつもりらしい。


 それだけは……双子の間で、爵位を争うことが無いようにと、私が爵位を継ぐことになっていたのに……何も伝わっていなかった。

 まさかそんなことを考えているなんて、私が次期当主から降りることを要求されるとは考えもしなかった。



 我が侯爵家には、子供は私とリオーネしかいない。

 だからこそ、10歳になった時に私と妹は、将来の道を選んだ。



『妹と争いたくないなら、君が自分で頑張るしかないよ』


 初恋の人にそう言われたのが、8歳の時だった。

 私と妹、どちらの婿が侯爵家を継ぐことになるかと、下世話な話を私たちに聞かせるようになった。私と妹の間で爵位のために骨肉の争いが起きるからと言われて区別するように求めるようになった。


 リオーネと争いたくないと悲しんでいた時、話を聞いてくれた男の子に言われた言葉だった。


『この国は男性継承が原則ではあるけど、男児に恵まれなった場合には女児の継承を認めているんだよ。婿が継ぐことが多いのは事実だけど、絶対じゃないんだ』


 その言葉は私にとっては光だった。

 大好きな双子の妹。私の半身。将来争うことになるくらいなら、自分が後継ぎになればいいのだと……自分が頑張れば争わなくていいと言われて、とても嬉しかった。


 それからは、必死に勉強をした。

 将来の婿ではなく、私自身が後継者となりたいと両親にお願いした。

 私が本気だとわかると勉強だけでなく、護身術や馬術にボードゲームなど、跡取り教育を受ける他の男子と同じ教育を受けることができるように手配をしてくれた。

 淑女教育もきちんと受けることを前提としていたので、とても大変だった。それでも、必死に身に着けたのは、リオーネと争いたくなかったから。


 そして、2年後、10歳になった時に、妹も両親も認めて、正式に私が後継者となることが発表された。


『おめでとう。……少し、残念だけどね』

『ありがとうございます。ウィス様が道を示してくれたおかげです。でも、なんで残念なんですか?』

『僕の婚約者に出来なくなっちゃったなって……仕方ないけどね』


 その時、胸が痛くなった。初めての恋を自覚した瞬間、そして初恋が散った瞬間でもあった。

 道を示し、ずっと励ましてくれた人と道が断たれたことが悲しくなった。第二王子である彼は王子妃を迎えて、王家を支える使命を持っている。そして、妹のリオーネが婚約者候補でもある。

 漸く自覚した恋は、そのまま胸の奥にしまい込んだ。


 私が婿を迎えるが、当主となるのは私であり、婿には継がせない。

 そして、リオーネは、万が一のことを考え、一応のスペア教育は施されているが、基本的には嫁に行くための淑女教育を受けることになった。


 ただし、私が次期当主と発表されてすぐに、リオーネも優秀だと認められ、第二王子の婚約者候補となった時、少し泣いてしまった。


 

 私もリオーネも、将来の道を自分達で決め、両親はそれを認めてくれた。

 自分の力で手にした後継者の地位を選び……初恋に蓋をして、婚約者を選び、ともに侯爵家を盛り立てていくつもりだった。


 それが、ここで台無しになってしまった。

 そして……後継者問題が再び発生するなんて考えてもいなかった。


「そんな顔しないでよ。次期当主はアリーシャよ。これは確定。そして、その婿になるはずだった男に私が嫁いでも、この家にはなんの利益もないのよ? だいたい、婿になれなきゃ平民じゃない」


 婚約者は伯爵家の三男。特に家が他に爵位を持っているわけでも、才に優れるわけでもない。騎士にも文官にも、今更なれないだろう。

 確かに、家にはメリットが無いけれど、リオーネが新しい婚約所を得ることが大変なことも事実でもあった。


「バリュス君とその家は双子だから、リオーネが継いでも良いと考えているようだ。彼は学園でリオーネはアリーシャより可愛く、男を立ててくれ、伯爵家に利益を持ち込めると学友と話していたそうだ。いままで、アリーシャがどれだけ努力をしていたのか、何もわかっていない」


 父はいつの間にか、婚約者の動向を調査していたらしい。リオーネの婚約を破談になるという話が出始めた頃から、婚約者は婚約を乗り替えたいと口にしていたらしい。

 また、その理由が聞き捨てならない。確かに、顔は同じだけど、リオーネみたいに可愛く振舞うことはない……それは、次期当主として、恥ずかしくない振る舞いをしていただけなのに。



「まあ、当たり前よね? 教育が違うもの。私は妻として夫を立てることも役割の一つ。アリーシャのような領地経営を学んでないなら、当然、婿が口出ししやすくなるから伯爵家も乗り気でしょうね。でも、全て自分の思い通りになるなんて、浅はかだわ。馬鹿馬鹿しい」

「アリーシャは立派に当主となる知識を身に着けたというのに、何故アリーシャを蔑ろにする提案を受けると思うのかしらね……あなた、どうするの?」


 母の目が笑っていない。娘二人をバカにした格下の家に目にモノ見せてやらなくては気がすまないという顔をしている。

 そんな母を愛おしそうに見る父。政略結婚だとは思えないほど、父は母にベタ惚れであり、母に似た私達を溺愛している。

 母が言葉にしなくても、きちんと伝わったのか。父が底冷えする瞳で「潰そう」と呟くと、母は朗らかに笑う。両親はそのまま見つめ合い、愛を誓い始める。


 私もリオーネもいつもの事なので、ふふっと笑いながらお茶を飲んで、二人の世界から戻ってくるのを待つ。



「さて、話を戻そうか。リオーネ。君の新しい婚約の発表を遅らせてもいいかな? まずはアリーシャの婚約を破棄して、アレが婿に来るのを防ごうと考えている」

「構いません。でも、もう決まっていましたの? 前の婚約を破棄して、一か月経っておりませんが」

「ああ。実は、婚約破棄が決定した当日には申し込みがあってね。素行調査も問題がないので受けることにした。発表について、対外的には3か月は置くつもりだったけど、アリーシャの件が終わるまで延びると思っておいてくれ」

「わかりました」


 今回の発端となったのは、リオーネが三週間前に婚約を破棄したからだった。相手方が不祥事……リオーネの婚約者が第二王子の婚約者を孕ませたためである。


 こちらに非が無い事を王家から通達され、相手の有責による破棄となった。

 リオーネに非は無い。でも、リオーネは第二王子との婚約者候補から降りているので、破棄は二度目ということになる。世間は二度目の破棄は、リオーネにも原因があると考えてしまう可能性がある。


 さらに、高等部の二年生。一年と8か月後には卒業。

 多くの貴族令嬢が卒業後、一年以内に婚姻をすることを考えると、婚約者を今から探すのは遅い。

 すでに、素行に問題がある者か、後妻を必要とする者、歳の離れた者など、事情がある者しか残っていない。


 それが分かっているから、婚約者の伯爵家は、リオーネに次が見つからないだろうという善意という形で、妹を次期当主にしたらどうかという提案をしている。

 まだ一回目の破棄であり、しかも家の事情があっての婚約破棄だから、私の方が相手が見つかる。そんなことを言いながら、婚約者を変えるように迫ってきたそうだ。


 だけど、そんな目論見も空しく、父はすでにリオーネの婚約者を見付けていたらしい。


「相手はリオーネを是非と話を持ってきた。王家の了承も得ている。相手は、ディオン・ブラームス卿だ。彼は卒業と同時に伯爵位を戴く予定だから、いずれは伯爵夫人となる。リオーネはどうだい?」

「はい。彼であれは私も嬉しいです」


 あら?

 意外にも、リオーネがすんなり受け入れる相手だったらしい。ブラムース卿は、ほとんど話をしたことはない方だけれど、他の友人とともに、彼とリオーネが共にいるところを何度か見掛けている。


 照れる様子は見せていないけれど、よく見ると少し耳が赤くなっている。以前から前婚約者と上手くいっていないことは知っていたので、今度は上手くいきそうで安心した。



「ふむ、良いのか?」

「事前にグラウィス殿下から、「浮気男と婚約破棄をした後は、責任持って相手を紹介する」と約束いただいていました。あの方が信頼する側近であり、大親友ですから、彼の可能性は考えていました。だいたい、私は彼の婚約者候補を降りた時に、実家のためにも、あの方の側近として夫婦で彼を支えると約束しております。婚約の相手が変わっても、私がすることは変わりません」

「そうか。だが、実家を出る身だ。自分の幸せを考えてよいのだぞ?」

「私の幸せはアリィの幸せでもあるの。そのためにするのです」

「リオ。ええ。私もリオの幸せが私の幸せだわ。良い人と婚約出来て安心したわ」


 グラウィス様はこの国の第二王子であり、リオーネの最初の婚約者。

 正確には、リオーネは第二王子、グラウィス様の婚約者候補の一人だった。当時、婚約者候補は4人。リオーネは候補となって3年後、13歳の時に候補を辞退して、グラウィス様の側近の一人の婚約者となった経緯がある。


 まあ、その側近が、グラウィス様の婚約者を孕ませ、婚約破棄したのだけど……最初からあまり上手くいってはいなかったので、そんな男とリオーネが婚姻しないですむことには安心した。



「では、伯爵家が動いたら、アリーシャとの婚約を破棄する。その後、アリーシャの婚約は、探し始めるが……今回は相手は私が決めることにする。リオーネの婚約は12月の建国祭までに整える予定だ」

「「「わかりました」」」


 父の決定に、母と声を揃えて返事をして、部屋に戻った。

 流石に、もう一度、私が選ぶことはしないらしい。まあ、今更、新しく募っても良い人残っていない。


 父の伝手で探すしかないだろう。それなら、私が口を出すことではない。

 出来ることなら、政略結婚でも互いを尊重出来る人になることを願う。



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