第14話 1ー14 仇討ちへの道
彩華は、改めて顔を上げ、松倉の目を見ながら言った。
「以前より、残っていた疑念にございます。
松倉様が一体どのようなお方であるのか・・・。
性格、気質、
ですが、松倉様の
今日もその
松倉様は高い身分にある方ではないかと私は疑っております。
松倉様は我が殿に明日の仇討
しかしながら、乱戦ともなれば、或いは我が命
その前にどうか松倉様の御身分お明かしいただけませぬか。
さもなくば・・・。」
その後を、松倉が続けた。
「心が動揺して、まともに戦いに挑めぬか?」
「はい。」
「彩華殿の心中わからぬでもない。
だが、私は正真正銘の素浪人。
どこぞの誰かに仕官しているわけではない。
水野の殿様が、我が名を殿付けしたり、『千代』と言う名が飛び出して来たので、そなたとしては不安に
今は言えぬな。
それに、そなたの心の動揺は、女として、
今は、仇討以外のことは忘れよ。
以前、
その刻限は未だ来ていない。
儂がそなたの許嫁であり続けるかどうかは、明日の結果次第とも言えよう。
とは言いながら、明日の結果は見えておる。
塩崎の剣はそなた達には通用せぬ。
自信を持って
「姉上が松倉様を
仮に、明日、万が一にも命を落とすようなことがあっても、姉上には、掛けがえのない思い出があるではないですか。
少なくとも松倉様と許嫁になり、この一月余りの間に、寝食を共にしたという大事な思い出が・・・。
私も弟子の一人にございますが、姉上をかほどに
師匠は、いつも姉上がことに配慮されておりました。
私も弥吉も男ですから多少の我慢は致します。
だが同じ弟子としての立場なら
姉上とて当然ご承知の筈。
それなのに更に師匠へ自らの疑念をぶつけるなど、ただの
我が殿が、千代殿と言ういずこかの女性の名を
でも、私は、師匠を信じています。
師匠が他に好きな女性がいる場合は、仮に取り敢えずの
千代様がどのようなお方であっても宜しいではありませぬか。
必要であれば、きっと師匠がお引き合わせ下さり、姉上をご紹介くださるに違いありません。
その際に、我儘で
「小一郎、私は決してそのような・・・。」
「姉上、小一郎ではございませぬ。
宗長というお名を頂戴いたしました。」
「ごめんなさい。
宗長殿、私は
でも、不安なのです。」
今度は微笑みながら弥吉が言った。
「お嬢様、本当に松倉様に惚れてしまったご様子ですね。
松倉様は、明日全てが終わったならお話し下さる筈、それでようございましょう。
私も松倉様を知らなかった当初は、いきなりお嬢様と許嫁になったとお聞きしたので、素浪人でしかないお方なれば、お嬢様のお輿入れには反対しますと松倉様に申し上げたものにございます。
松倉様は、身分の上下には余り関心を示さないお方にござりましょう。
ですから自分が浪人者であっても、お嬢様との縁談には差し障りが無いとお考えです。
多分、それが逆の立場の場合でも、松倉様は同じ考えで臨まれるのではないかと思います。
例えば、松倉様がどこぞの大名の若様であっても、また仮にお嬢様が貧乏農家の娘であっても、あるいは
ですから松倉様は、松倉様の氏素性ではなく、その
人は
身分違いという意識などに捕われずに松倉様をお慕いし、そのお人柄を見分けなされ。
この弥吉、左程の力はございませぬが、お嬢様のためなら、たとえ将軍様であってもかけあう覚悟がございます。
斯波の親戚筋も何かと
いざとなれば駆け落ちでもなされればよろしい。
でも、きっとお嬢様の望む方向に動くような気がいたします。」
彩華は、弟や弥吉に
かほどに心配をしてくれていたのだと初めて気づいたのである。
「松倉様、宗長殿、そうして弥吉、済みませぬ。
私の考えが浅はかでございました。
全ては、仇討の後の事にございましょう。
明日は、すべての想いを託して塩崎を討ちまする。」
四人が皆微笑んだ。
◇◇◇◇
翌朝、四人は仇討の準備を始めた。
松倉と弥吉は、普段の羽織袴に白の
これらの衣装は白木屋が準備してくれたものである。
但し、この白装束では、目黒までの途上目立ちすぎるので、
そうして、夜がまだ明けきらぬうちに白木屋を出立した。
最初の頃は、四六時中ついていた見張りが近頃は途絶えており、日中だけのお座なりの手配になっている。
何しろ、白木屋に入ったきり、全くと言っていいほど外出しないからである。
だから四人の出立に監視の目は気づかなかった。
途中で休憩をはさみながら一時ほどかけて
目黒不動の先に岡崎藩下屋敷がある。
およそ三千坪の敷地に土塀を張り巡らせた屋敷であるが、周囲はほとんど畑であり、夜は人気が全くなくなる場所でもある。
下屋敷は余り利用はされていないが、ご府内の中枢に位置する上屋敷や中屋敷では中々飼うに難しい馬を飼い、
本来、参勤交代で大勢の供揃えが入府した場合の控え屋敷でもあるのだが、水野忠之が若年寄になってからは、国元にほとんど帰ってはいないのである。
そのために、当初は多数の
下屋敷には、屋敷を維持するに必要な最低限度の人員は置いているが、部屋数に比べるとかなり少ないと言える。
武士は少ないが、滞在する武士の割には中間、女中など屋敷奉公の者が多いことも特徴であるが、中間、女中は年寄りが多い。
近来の定数では、用人及び次席を除き、馬回り役五名、徒士五人が常駐し、厩番二人、中間四人、女中五人が置かれている。
用人と次席が
但し、今現在は、岡崎から出府した探索方二名がここ三月ほど下屋敷に入っているために、武家が十四名となっているはずであり、そのほかにも岡崎からの使いなどが泊まることもあって、この数は時に増減している。
中間或いは女中の若い者で目端の利く者は中屋敷又は上屋敷に上がり、左程ではない者が下屋敷務めとなっているようだ。
目黒不動で駕籠を降りた彩華と宗長は、境内に少し入った空き地で白装束の上に羽織を着て、少しの間駕籠で強張った手足を伸ばし、血行を良くした。
間もなく四人は連れ立って田舎道を西へ進み始めた。
そこから半里ほどで岡崎藩下屋敷があった。
筧十兵衛は、半時ほど遅れて到着し、正門と裏門にそれぞれ三人を配置し、待機する予定になっている。
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