第66話


 酒呑に話をしたのは、翌日だった。祖父ちゃんは朝から山に行っている。

「で、箱庭に聞いて欲しいと」

「そうだ。異世界で俺に付くはずだった力は弾かれたという話が本当ならば、箱庭は俺が封印される前から俺に憑いていたって事だろう。それならば、俺が封印された時の事を知っているかもしれない」


 腕組みをして、俺の話を聞いていた酒呑はフムと頷く。

「お主、それを知ってどうするんだ」

「どうするって」


 そんな事を言われるとも思っていなかったので、すこし戸惑う。酒呑ならば、すぐにでも賛成してくれると思い込んでいた。


「封印された時の事を知って、封印を解くのか。何の為に。今のままでも何も問題はなかろう。封印について何もしてなかったではないか。急に何を焦っておる」


「俺は、焦ってなんかいない。ただ、封印されたのが何故なのか知りたい。その上で、解かない方が良いのならばそうする。でも、もしナナシに関わる事ならば封印を解きたい」


酒呑が俺を睨めつける。

「何故だ ? なぜお主はナナシと自分の封印が関係すると思っているんだ」

「なぜって……」


 俺は言葉に詰まる。何故そうしたいのか、確かにずっと封印の事なんて、忘れていた。それでもナナシの事が気になったから、いや、待て。


封印の事が気になって、ナナシを見に行ったんじゃなかったのか。いや、そうじゃない。あの日は、封印の話とナナシの話を聞いて、祖母ちゃんの話をきいて。


 ああ、俺は混乱してたんだ。一度に話を聞いて、ごちゃごちゃに関連付けて考えすぎていた。


「ああ、すまん。酒呑。俺はなんか自分の封印が解ければ、ナナシに対抗できるのではと、思い込んでいたみたいだ」


 祖母ちゃんのレシピを再現できたから、祖母ちゃんのナナシのノートも全部ではないけれども読めたから、俺は何か自分でできるような気になっていたんだ。


そこへ物見の巫女の話を聞いて、その気になっていたのだ。


 物見の巫女は確かに祖母ちゃんにはナナシに対する力があると言った。


その血族である俺にもある可能性を示唆したけれど、確信があったわけじゃないだろう。封印が解ければそれが判るかもしれないのは確かだろうが。


「お前、あの男に言われて封印に意識を奪われすぎだ」

 酒呑に言われて、大きく息を吐いた。言われてみれば、と得心するものがある。


御門とのやりとり、あいつが恣意的にしているのかどうかは判らないが、あいつとの会話はそういったところがあるので、気をつけねばならないことを忘れていた。


 あちらの世界にいた時に、どこか自分の思考の一部を、あいつに預けているような感覚があった。それでまんまと乗せられても、まあそういうものだという感覚がどこかにあった。


 戻って再開した時には、そんな感覚は消失していたと思っていたのだが。どこかでまだ引き摺られていたのだろうか。いや、あいつが原因のように言うのは間違っている。俺が短絡的すぎたのだ。


 ふんっと鼻を鳴らすと、酒呑が呆れたようにこぼす。

「お前は、難儀な奴じゃな。それで、どうする。封印については放っておくか」


「いや、良い機会だ。何にせよ、知っといた方が良いとは思う。だから、箱庭に聞いてくれないか」

「ならば、良かろう。それで、いつ聞く」


 頭を冷やすのも兼ねて少し時間をおいた方が良いだろうと、今日の仕事が終わって夕食の後という話になった。


酒呑も昼間はすこし行くところがあるようだったので、丁度良かろうという事だ。だから、今日の夕飯はたらふく良いものを食べさせろと言われた。いつだって、腹一杯食べているくせに、心外だ。


 ということで、夕飯後に酒呑と箱庭に来ている。

「そういえば、箱庭って俺に憑いてるんだよな。もしも封印が解けたら箱庭と話せるようになるとかあるかな」


「ふん、それは無いだろうな。こいつはまだ未熟だ」

「そっか、残念だな」

 そんな会話をしながら、居間に入って茶の用意をする。


「お主が、要件を箱庭に伝えよ。通訳をしてやるから」

 そう言われて頷き、どこという場所を見てというわけでもなく問いかけた。


「なあ、箱庭。俺が封印された時の事を何か知っているか。もし知っているのならば教えてくれないか」


 しばらく、沈黙が続く。酒呑はふむふむと何か聞いているような様子ではある。しばらくして、酒呑が顔を顰める。


「どうした、酒呑」

思わず声をかけたら、ジロリと睨まれた。


「お主は、しょうもないのう」

「へ ? 」

 急に何を言い出すんだろう。

「お主は、その時にすっころんで擦りむいて血がでたらしい」


「子供の頃だろう、なんでそれがしょうもないんだよ」

 なんだ急に、何を言い出したコイツは。何でも無いことで因縁を付けられているような気分だ。


「本当にしょうもない奴だ。お主の血は旨いのだぞ。それで取り憑かれそうになったんだそうだ」


 呆れたような顔で言われるが、それは理不尽じゃないのか。


「なんでだよ。子供の頃なんて転んで擦り傷つくるなんて、良くある事だろう。なんでそれで取り憑かれるような事になったんだよ」


「妖物か魔の物を封印しておった祠の前だったそうじゃ。そんな場所で転ぶなど、迷惑甚だしい。さぞかし芳しい匂いに引きつけられたのだろうて。で、そこは南の神社の場所だったらしくての。神社の眷属がなんとかしたらしい」


「なんじゃそりゃ。俺はそんなこと、覚えてないぞ。南の神社には行ったことはないはずだ」


「そりゃ、お前が忘れているだけだろう。もしくは封印されてその前後は覚えていないのかもしれん」


 結局、箱庭から聞き取れたのはそのぐらいだった。まあ、大まかな意思疎通しかできないと前にも言っていたし、仕方が無いのかもしれない。


手がかりが南の神社ならば、祖父ちゃんにまずは聞いてみよう。何を聞けば良いのか、ちょっとモワッとしているけど。

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