第3話 田舎にお引っ越し
借りてたアパートから出なければならないし、仕事も決まらなかった。そうそうにどっかまた安いアパートを見つけて、取りあえずはアルバイトでも始めるかと思っていた。
そんなときに、母から電話があった。
「迅、就職先決まらなかったんでしょう。暫くお祖父ちゃんの処に居てくれないかしら。お祖父ちゃんのところで勉強して、お兄ちゃんみたいに公務員試験の勉強をして、受けてみたらどう ? 」
母曰く、半年前に祖母が亡くなった事で、祖父ちゃんがガックリしていると言う。確かに葬儀の時、元気がなかった。あのままなのだろうか。ゲソっと痩せた祖父ちゃんを思い出す。
祖母ちゃんは心臓発作で倒れて、そのまま息を引き取ったと聞いている。とても元気な祖母ちゃんだったので、急なことで俺ですらショックを受けたぐらいだ。二人暮らしの祖父にしてみれば、もっとショックだっただろう。
独り暮らしを心配した母が、同居を提案したが受け入れないのだそうだ。この地を離れられないと頑迷だと言う。如何せん田舎は遠く、交通の便も良くない。駅から遠く、自動車がないと何かと不便な場所だ。
母にとっても急死した祖母ちゃんのことがあるのだろう。独り暮らしになってしまった祖父ちゃんに目が届かないのを心配したのだ。
母は一人娘で他に頼める者もおらず、仕事が決まらなかった息子に白羽の矢を立てたのだろう。
「良いよ」
渡りに船とばかりにその話に乗った。祖父ちゃん家は農家だ。可能ならば農家を継ぐのも悪くはないとの下心もある。自分一人ぐらいならば、そうやって食っていけるかも知れないと単純に考えた。
(体力ならあるし)
兄ちゃんは実家に戻っている。在学中の時から勉強し、大学三年の時には公務員試験を突破して、卒業後はそつなく働いている。
自分と違って龍一兄ちゃんは堅実な男だと思う。母は兄ちゃんのせいで公務員試験を簡単に考えているのは、ちょっとなぁとは思うが。デキが違うからと言っても、多分理解してはくれないだろう。因みに兄ちゃんは国家公務員試験総合職を一発合格している。
田舎で交通の便は悪いが、運転免許は大学4年の時に取った。車があれば、足には困らんだろう。祖父ちゃんトコに軽トラがあったはずだ。
ま、いざとなれば走ればいい。問題はないさ。
ということで、お引っ越しの日。
祖父ちゃんは駅まで軽トラで迎えに来てくれた。
「祖父ちゃん、これからよろしくな」
俺が軽い調子でそう言うと、祖父は苦い表情だ。
「就職浪人だからと儂に押し付けよって。しっかり働いてもらうからな」
頑固な祖父ちゃんの感じに少し安心した。
「おう、それは任せてくれ。体力はあるぞ。と言っても初心者だからお手柔らかに」
祖父ちゃんはちょっと俺を上から下まで眺める。
「まあ、確かにな。お前は大学で身体を鍛えてたのか。この前も思ったが、随分と確りした体つきになったな」
「ちょっとな」
フンと鼻を鳴らして不機嫌に言う祖父ちゃんだが、その声色には多少の嬉しさがある気がする。気のせいじゃないといいな。
軽口を叩きながら軽トラで辿り着いた田舎の家は、男の一人暮らしという割には部屋は片付いていたし、マメに掃除もされている。祖母ちゃんがいなくなってゴミ屋敷になっているのではないかと母は心配していたけど、大丈夫そうだ。
「お前の部屋だ」
と通された部屋は、先に送った布団などの荷物が、ダンボールのまま積まれていた。荷物は最低限のものは送らないと怪しまれるだろうと、配送したのだ。布団と着替えだな。あとは細々とした日用品。
元々一人暮らしで物も無いし、家電の多くは処分した。そうなると案外荷物は少ない。
「じゃあ、今晩は俺の歓迎会ってことで、俺が料理をつくるな」
「なんで、お前の歓迎会なんぞしなければならんのだ」
祖父ちゃんは何か言い募っていたが、俺は勝手に台所にいって準備を始める。冷蔵庫を開くと、刺し身だとか肉だとかが入っているじゃないですか。ビールも冷えている。
まったく、ジイちゃんは。ツンデレかと思いつつ。俺が来ることを楽しみにしてくれていたようだ。
「明日から早速仕事を手伝ってもらうからな。朝は早いぞ」
その晩は、多少お酒も入って楽しい一時を過ごした。
さて、祖父ちゃんはああ言っていたんだが、実際に蓋を開けてみると、思っていたほどの仕事量はない。
何故ならば、祖母ちゃんが亡くなる前から田畑の多くを貸し出していたからだ。村の若者が企業を立ち上げて、農業法人を作ったという。そこへ貸出をしているというのだ。初耳だ。
「農地バンクっつうのがあってな、そこを通してやってるんだ。村の若い連中が中心となって有志を募って農業やる会社を作ってな。割と手広くやっているぞ」
だから、現在は家の周辺の田畑で自分達が使う分だけを育てているだけだという。他には鶏は庭で柵を作って昼間は放し飼いにしているとか。これも自分達が日常使う分で、余れば近所に配っているんだそうだ。
「前はばあさんがお菓子とか作ってたんでな」
祖父ちゃんは懐かしそうに、ふと口にした。
「そうだ。もし、やる気があるなら、『コリ』に紹介してやってもいいぞ」
「そうだね、考えとくよ」
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