第1話 高校入学式

「新入生、入場。」

体育館に響いた先生の声にハッとした。

ついに私は高校生になってしまったんだ。

自分が、ずっとこの瞬間を楽しみにしていたのだという嬉しさと緊張感が体全体にじわじわと広がっていくのを感じた。

 自分の案内された"6組"という標識を横目に、私はある人を探し始めた。そのある人というのは、まさにこの学校に来た一番の目的の人。私の彼氏というやつで、初恋の人でもある。名前は「一ノ瀬 優輝」(いちのせ ゆうき)

 

 優輝と出会ったのは、私が転校してきた小学三年生の時で、お互いにたった八年ほどしか生きてなかったけれど、八年しか生きて無いなりに、私は心から優輝のことを好きになった。

いつから好きだと自覚したのかは覚えていないけれど、小規模地域の小学校で、クラスは一学年につき一クラスしかなく、掃除当番がずっと同じで仲良くなった。

最初から好きとかいう考えは全く無くて、自然と接しているうちに好きになっていったのだと思う。

目はキリッとしていて性格はおとなしめ。普段はツンとしていて、あまり目立つタイプでもないので、こんな人いたっけ、というのが正直な印象だった。けれど接していくうちに、優輝の色々な表情を見たりお互いの事を話すようになって、この人なんか素敵だなって思った。普段は、怒っているか不安になるほどキリッとした顔をしているのに笑うとすごく可愛らしくて、その上サッカーが好きで、運動神経も抜群で優しい性格だったので、かなり女子からモテていた。


付き合ったのは、出会ってから四年経った小学六年生の時で、中学が離れてしまうというのを理由に私から告白した。返事を貰った時は今までにないほど嬉しくなった。その四年間のことは細々しているけれど、すごくよく覚えている。

 

 それから中学校の三年間は、運悪く別々の学校で過ごした。さらに、新しいウイルスとかによって夏のイベントやデートとか言うことは全然できなかった。けれど、お互いに想う気持ちは変わらず、月に数回、LINEでお互いの学校で起きたことや部活のこと、テストのことなどを話した。

 中学校二年生の時には、優輝と同じ中学校に行った私の友達の協力もあって、修学旅行で行った京都・奈良で、ちょっとだけ会うこともできた。


そして、中学校三年生になった頃には、やっと外出許可の規制が緩くなり、二人で初めて夏祭りに行ったり、中学校最後の体育祭で貰えるハチマキにお互いメッセージを書きあったりした。

 特に、夏祭りに二人で行った時のことは、雲の形や人混みの中の熱気、蒸し暑くてムワッとした空気の匂いまで鮮明に覚えていて、今までのデートの中でも一番印象が強く残っている。

夏祭りを楽しむ中でお互い受験生ということもあり、高校の話が挙がり、そのときに初めて優輝の行きたい高校を聞いた。当時の私にとって、好きな人が同じ学校にいる友達がほとんどだったので、とても「同じ学校」というものに憧れていた。


 そう、その優輝が行きたい学校というのが、たった今、私が入学した場所だ。

この学校に決めた理由はもちろん、優輝だけではない。偏差値や家からの距離、制服も可愛くて私にピッタリだった。けれど、なにより優輝がいるという存在は大きかったと思う。実際、優輝も入試に合格するなんてわからないとも考えていたけれど、それ以上に「優輝が目指している場所」というだけで十分だった。

 

 そんな夢のような場所の入学式に向かう最中、登校中の道にある橋で優輝を見つけた。優輝も合格していた。


その瞬間、心の奥底の方から、元々の体温を勢い良く、もっと熱い何かが追い越すような、ホッカイロが温まり始めるような感覚を覚えた。とにかく嬉しかった。

また三年前と同じように、優輝のいる場所に毎日行くことのできる生活を送れるという事が、嬉しくてたまらなかった。

 

 そしてクラス発表の名簿には、優輝は二組と書かれていた。なんと、クラスだけじゃなく階まで離れてしまった。正直最初は少し落ち込んでしまったけれど、集会やオリエンテーションなどで体育館に集まる時には毎回、のんびりと遅めに来るのが優輝らしかった。


私と優輝は少し変わっていて、あまり自分の恋愛を積極的に話すタイプではなく、特に二人で決めた訳では無いけれど特別仲のいい人にだけ、私と優輝の関係の事は話していた。まだ、新しいクラスに関係を打ち明ける程の人はいなかったので、もちろん、誰も私が二組の一ノ瀬 優輝の事が好きだなんて思わないだろうと信じて、思う存分優輝のことを見た。

二組と六組はそこそこ離れていたけれど、人と人との間が列のようになって、私が優輝に導かれているかのように優輝の事が見えた。

その時に見えた優輝のその横顔がとても大好きで、ずっとこの人の事を見ていたいと思った。

 




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