第2話 町の酒場

「いらっしゃいませー! しょ、少々お待ちください!」

 よく通る若い女性の声。

 ほぼ満席状態の狭い居酒屋の中、どこからか聞こえてくる声の主を、レオニアスは探した。よくよく見ると、カウンター席周辺で立ち話をしている男衆の隙間から、ひらひらと小さな手が出ている。ひょい、と茶色いなにかが飛び出した。お盆を持った少女だった。

「カウンターしか空きがないんですけど、いいですか?」

「あぁ、構わないよ。ひとまず麦酒を頼む」

「はぁい」

 少女は小走りで店の奥へと消えて行った。せわしなく動く姿と栗色の髪がリスを連想させる彼女と、もうひとり男性店員がいるようだ。両手に軽々と四皿持って料理を運んでいる。黒っぽい髪と同じ色の瞳は、ウラヴォルペ領でも東の出身ということだろう。

 言われた通りカウンター席に腰かけたレオニアスは、厨房を観察することにした。使い込まれた木目の美しいテーブルの裏側には、これまた使い込まれた調理器具たちが並んでいる。古そうだが、きちんと手入れされているようだった。包丁を持って野菜を刻んでいるのは筋肉質な女性で、時折客たちとなにか話しながら、手はきっちりと仕事をしている。

「お待たせしました!」

 子リス店員(と、レオニアスは心の中で呼ぶことにした)が麦酒の入ったグラスと、小さな陶器の鉢に入った料理を運んできた。

「つまみは、まだ注文していないはずだが」

 レオニアスが首を傾げると、子リス店員は忙しく瞬きした。

「こ、これは『お通し』と言いまして、席料をいただく代わりにお出しする前菜みたいなものなんです。あの、皆さんにお出しすることになっています」

「ふぅん。うまそうだし、まぁいい」

 答えると、子リス店員はホッとした表情で去って行った。

 小鉢に添えられていたのは、二又のフォーク。緑と赤が鮮やかな具材を突き刺して口に放り込むと、酸っぱさが鼻腔を通り抜けた。野菜の酢漬けのようだ。季節は初夏。さっぱりと食べられる前菜はありがたい。どうやらこの店の味には期待して良さそうである。

 子リス店員を呼び、他にも串焼きをいくつか注文する。たどたどしく復唱する様子を見ていて、酔っぱらいまみれの店で働いていて大丈夫なのだろうかと他人事ながら心配になったのだが、店員のスカートをめくった傭兵風の男は、カウンター内から投げつけられたフォークを受けて転倒した。仲間とおぼしき男たちは笑いながら見ている。従業員の安全にも配慮しているようで、結構なことだ。

 麦酒の苦みを楽しんでいるレオニアスの耳に、子リス店員と客の会話が飛び込んできた。

「フレジアちゃん、その髪飾り、新作かね?」

 名前を呼ばれた子リス店員――もといフレジアは、ぱあっと表情を輝かせて頷いた。

「そうなんです! 今朝、お姉ちゃんがくれた新作です。白い花びらとつやつや葉っぱ、キレイでしょ?」

 彼女たちが話題にしているのは、さらりとした栗色の髪をまとめている花柄の髪留めのことのようだ。注視してみると、花弁は光沢のある布、枝葉はガラス玉のようなもので作られている。

 ひとりで飲んでいたレオニアスの耳は、しっかりと隣の客たちの会話を拾ってしまう。フレジアには体の不自由な姉がいて、彼女は小物づくりが得意なのだそうだ。

「それでね、お姉ちゃんったら『これは売上が伸びるおまじないを封じ込めた芸術の虹アルカンシェルだから粗末に扱っちゃダメよ』なんて言うのよ」

「あはは、芸術の虹アルカンシェルかぁ。本物だったら、ワシら庶民にはとても手が出せんのぉ」

「本当にそうよね。でも、本当だったら、素敵だな。だって、願い事の叶うアクセサリーなんて、女の子だったら誰でも欲しがるわ」

 フレジアは小さな手で髪留めを外し、愛おしそうに撫でた。

「それが、お姉ちゃんの作ってくれたものなら最高なんだけどな」

 別のテーブルに呼ばれたフレジアは、慌てて髪をまとめなおして身をひるがえした。

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