第29話 麻薬工場

 あまりにも大きな事件だったため、王都から摘発に王国軍がやって来た。

その軍勢にサルガド男爵の私兵は抵抗することなく降る。

だが、一部精鋭に守られたサルガド男爵は、領地の奥にある麻薬製造拠点まで逃げていた。

俺たち特殊犯罪独立捜査機関と王国軍は、サルガド男爵を追って、その地に踏み込んでいた。


「これはさすがに証拠隠滅は無理だな」


 そこには広大な麻薬畑が広がっていた。

栽培されているのは麻、芥子、コカの3大麻薬植物だった。

これらから大麻、覚せい剤、コカインが製造される。

大麻は穂先や葉を乾燥させればそれで流通可能だが、覚せい剤にコカインは精製が必要だった。

その製造工場がその敷地には建てられていた。


「いや、待て。

これってこの世界の知識にある薬物なのか?」


 俺はある存在を思い起こさずにはいられなかった。

凶悪犯の転生者だ。

サルガド男爵の息子は違ったが、転生者が他に居て麻薬製造の知識を齎したのではないのか?

もしその人物が、これだけ奥地にある工場に居たのならば、サルガド男爵の屋敷で行った【凶悪犯探知】に引っかかるわけがない。


「突入!

証拠は明白、王都に死を齎した麻薬の製造主を討て!」


 王国軍が工場に突入した。

それはデッドオアアライブ、犯人の生死を問わない突入だった。

これだけの証拠があれば、捕まっても死刑だったからだ。

だが、降伏した者、抵抗しない者は生かされ捕縛されていた。

その中にはサルガド男爵その人もいた。

どうせ死罪なのに、根性の無いことだ。

そして、その捕まった者の中に俺と同年代と思われる若い男がいた。

まるで、徴用された村人だから罪の意識もないという体で、戸惑う演技までしていた。


「【凶悪犯探知】」


 スキルに問うと、その若い男こそが凶悪犯の転生者だと判った。


「その者は、別にせよ」


「はっ、こっちに来い!」


 兵士により若い男が俺の前に引き出される。


「【鑑定α】」


〖前世犯罪歴:麻薬取締法違反製造販売 殺人(薬殺)〗

〖今世犯罪歴:麻薬製造販売 殺人〗


「こいつが麻薬製造の主犯だ。

人も殺しているのは人体実験か?」


「ど、どうしてそれを!

くそ、この世界の【鑑定】スキルか!」


 男は全てを察した。

いや、凶悪犯の転生者だと知られたとは察していないか。


「この珍しい薬物は、お前が材料となる植物と製造技術を齎したのだな?」


「さあ、どうかな?」


「まあ、そんなことはどうでも良い。

お前を処刑すれば、製造技術共々葬れるのだ。

この世界に麻薬は不要だからな」


「待て、薬物には医療に利用する方法もあるんだ。

容量用法さえ守れば毒も薬だって言うだろ?

それを教えてやるよ」


 往生際が悪い。

女神様に転生させてもらって、そっち方向で正しく生きることも出来ただろうに、こいつは麻薬を製造して儲ける事しか考えなかったのだ。

それも王都に蔓延させて何年経っている?

この世界に害成す転生者、始末の対象だろう。


「いらん、それぐらいならば俺でも知ってる」


 そう俺が言うと、男はあることに気付き目を見開いた。


「そうか、お前も……」


「俺は違う。

俺は女神様から、更生する気の無い凶悪犯を始末するように頼まれている」


「わかったぞ。

俺達みたいな凶悪犯が転生なんて、おかしいと思ったんだ。

そうか、間違えたのか。

おまえ、あの冤罪のやつだろ?

くくく、ならばあいつの居場所を知りたいのだろうな?」


 男の含みを持たせた言い様、それは俺を冤罪にはめたAの事を知っているということだろうか?


「知っているのか!」


「俺を生かせば教えてやっても良いぞ?」


 それは出来ない。

それをしてしまえば、俺の正義が揺らぐ。

だが、知っているならばこいつを騙してでも……。


「言ってみろ」


「ははは、バーカ、知らねーよ!」


 どうやら俺は揶揄われたようだ。

いや、こいつが知らなくて良かった。

このような汚い手で知ったとしたら、取り返しがつかなかったかもしれない。

今後このような場面に遭遇したら、俺は絶対に取引をしない。

それでもAに辿り着いてみせるつもりだ。


 男はサルガド男爵と共に主犯格として処刑されることになった。

それがまたみっともなかった。


「貴様のせいでこのざまだ!」


「何を言うんだ男爵、俺から手柄を奪っておいてさ。

金のほとんどはお前さんのものだったじゃないか」


「黙れ、それが領主の特権だ!」


「はん、だから息子をクスリで再起不能にしてやったんだよ」


「貴様、あれは事故だったと言ってたはずだろ!」


「へーん、残念でした、俺がクスリを盛ったんだよ」


「貴様!」


 そして、サルガド男爵の方が先に処刑された。


「あははは、恨んだまま復讐も出来ずに死んだ!」


 だが、その直ぐ後を男が追うことになった。


「なんという泥仕合……」


 救いようのない事件だった。

この世界に害悪しかもたらさない転生者だった。

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