戦旗のローヌ

クラゾミ

プロローグ



「永劫に終わらないと言うのか?」


 大地を駆け巡る炎の嵐に、男はそう問いかける。それは争いの光であり、いずれは残痕となる。


「永劫は違うな、人が消えれば終わる」


 男を後ろから見る女はそう言った。首を絞めるだけを戦争を好むのは人間だけの趣向だと知っている。


「理想論だ」


「死ぬのは嫌か」


「だからだろう、この炎は」


 その男に争いは手段として映った。のしあがる、蹴落とす、優位に立つための手段ではない、人が死ぬための手段。ひどく滑稽に思えるだろう。生きながらえるために人は死ぬ。


「忠誠とは、なんのためにある」


 女は地面を這いずる兵士を指差して男にそう質問を投げる。


「口実だよ。人は意味を持たねば孤独になる」


「人は一人で死にたくはないのだな」


 意味は人を集団へと固執させる。意味がなければ属さない道化と呼ばれる。なれば意味を持つ限り、人は孤独ひとりにはなれない。道化として死ねば何も残らないが、意味を待って死ねば英雄になれる。


「お前は、孤独ひとりで死ねるのか」


孤独ひとりか、そう死んでみればわかるかもしれんな」


 女は死を重く考えてはいなかった。指先の兵士はすでに這いずることをやめてしまった。次に女が指差す者もきっと同じ末路を辿る。不思議とその姿を自分に置き換えても女に湧き出る感情はない。


「死ぬために戦場か」


「わしにも理由ができたな」


 そう笑った。男はその顔に不気味さ感じ、それを隠さない表情をした。


「なら、さっさと死んでこい」


「そうだ。戦場で名乗る名が欲しいな、よこせ」


 女には名前がなかった。男は望んで死ぬ者に名前など与えなかったが、欲すればいつでも与える気ではいた。


「ローヌ」


「いいな、それはなんだ?」


「俺が好きな酒の原産地こきょうだ」


「いいだろう。お前の思い入れは消え失せてやる」


 女はローヌ。やる気を見せたかのように立ち上がって男に遺す、最後の言葉をかけた。男は黙っていた。その姿を尻目に戦場へと去っていく。


 ローヌが見えなくなる直前、唇を震わせた男は口を開いた。


「できるならば、生きて戻れ」


男の、ローヌへの最初の言葉だった。

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戦旗のローヌ クラゾミ @KURAZOMI

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