第35話 こういう時は早いのね……
大河よりも一足先に貿易城へと到着したプルメスたち魔王一行は、既に室内で待機していた。
「リーラ、誓約を限定解除する。万が一のためにな」
「分かりました。魔王様も?」
「ああ、今回は大河もいる。何かあったら取り返しがつかないことになるかもしれないからな、人族が来てない内にやっておこう」
プルメスの青紫の瞳が禍々しくも妖しい輝きを放つ。
「……これからたった一時間、私とリーラの力を一時的に解除した。これで何が起こっても問題はないだろう」
悪魔と結ばれた選ばれし魔人族にのみ許された、至高の力。
その中でも歴代の魔王にのみ継承されてきた誓約の力。
他者に同意を得ずとも強制的に誓約を施し、その誓約した存在に応じて自身のスペックを底上げするという……あまりにも理不尽な力だ。
「久しぶりの感覚に高揚感を感じますね……加減が難しそうです」
「私もだ。いつもこの力を誓約によって封印しているからな、一部を引き出しただけでも――――」
一歩……プルメスが足を踏み出した瞬間、貿易城が震えた。
あらゆる誓約をしている、この世界で最も頑丈な建物が一歩踏み出しただけでこの有り様。これが普通の大地だったと考えると、大地が引き裂かれていたことだろう。
「……要注意ですね」
「……だな。細心の注意を払っていこう、下手をしたらこの取引を台無しにしてしまうかもしれない。しかし自分の体なのに制御の仕方を忘れているというのは困ったものだな」
「そうですね。それなら準備運動から始めましょうか、まずはわたしたちの机と椅子から想像しましょう――――珍しく、早く人族の方々が来られましたから」
リーラの魔法で部屋の模様替えを済ませる、と言っても大人数でも大丈夫なようにサイズの大きい机と椅子を用意しただけだが。
亜人・魔人側の椅子は三つ。
人族側にも同じ数の椅子を用意する。
こうして、いつもより少し豪華な内装に変わった貿易城に人族たちが来訪した。
「待たせてしまったかな……また会えて嬉しいよ。魔王――プルメス」
「人族の王が……心にもないことを言うな、そう言うなら二人で会おうの一言くらい書状に書いたらどうだ? 後ろに手下を何十人も引き連れて言われても説得力がないぞ。聖女――テラジア」
互いに貼り付けたような笑みを浮かべながら対面するも、雰囲気は張り詰めたものがあった。
「(これが……――――魔王)」
言ってしまえば、何かきっかけがあればすぐにでもこの空気は崩壊することになるだろう。勇者である彼も、常に警戒を怠らないS級の冒険者たちも、この異質な空気をを感じ取っていた。
それもそうだろう。一歩間違えれば、いつ何が起こってもおかしくない状況だ。今までやってきたことや、亜人・魔人族と人族の立場から考えればどうなってもおかしくはない。
「まぁ、席に座るといい。座る場所は三つしかないがな」
「これはこれは、場所まで作ってもらって有り難いな。お茶はこちらから出そうか?」
「はっ、お前の後ろに給仕などおらんだろうが」
こうして対面同士にあるそれぞれ三つの席が埋まった。
聖女の向かえには魔王が座り、リーラの向かえには優秀な【解析】スキルを持つギルギリが座る。
「そちらの男性がまだ来ていないようだが? おかげ勇者様の前が空席で格好がつかないな」
「まぁ、少し待て。もう時期に来る」
これから、この世界を揺るがす大きな出来事が始まろうとしていた。
◆
「お、おい……タイミング悪すぎんだろ。これって遅刻しちゃったんじゃないの?」
転移して来て、扉を押して入ろうとした矢先に部屋から声が聞こえた。
プルメスと聞いたことがない声だ。
何を話しているかは聞き取れなかったが、確かに誰かと話していた。
俺が扉を開けようとした瞬間にだ。
「終わってる……第一印象終わったわ」
太陽の光を反射し白く輝く肌、魔力の宿る白銀の長髪を靡かせ、宝石とはまた違う神々しい黄金の瞳を持つ――エルフの姿。
薄い絹を巻いており、まるで絵画に書かれた神の姿をしているその姿には……当然だが、落ち込んでいる様子は全く似合わなかった。
表情一つでここまで神々しい姿が、一瞬にして情けない姿に変貌する。
まさに、完成された人体の黄金比だ。
「てかよぉ……なんでこういう時に限って時間通りっていうか、指定時刻よりも早く来ちゃうんだよマジで。本当に許せねぇ」
『別に遅れたわけではあるまい、さっさと入ればいいだろう』
「いや、入りにくいって……」
扉に耳をくっつけてみれば、微かだが声らしき音が聞こえる。
以外と言葉が続いていることから何かを話しているのは分かるが、それまでだ。
しかし、問題は話し合っているというのが問題なのだ。
「こちとら、ジャパニーズ。会話の途中で遅れました~とはいかねぇのよ、分かる? 大人の世界ってそういうことよ?」
『だが、お前が行かなければ本格的な話し合いが始まることはないだろう? 早く行け、二人は待っているぞ』
「……確かに、一理しかない」
『分かってくれてたか――――証明終了だな』
「おいおい、そんな言葉どこで習ったんだ? 俺は数学赤点ホルダーだぞ?」
『勉学の記憶は覗いた……誠に残念な記憶をな』
「体育の成績はめちゃくちゃ良かったっての……――――はぁ、真面目に行くかー。真剣な表情で行ったら……許してくれるかなぁ」
『許すも何もないだろう、早く行け。遅くなればなるだけ面倒なことになるだけだ――――扉は開けてやる』
ふぅ――――と深い深呼吸をし終え、徐々に開き始める扉の前で集中する。
「……よし、行くか」
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