第二話 終わりなき介護
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「あんたねえ、また訳のわからない事例を拾ってきたの? ホント、勘弁してちょうだいよ!」
「いやいや筒原さん、全然訳わかんなくなんかないっすよ。俺たちが相手する対象が、人間からドラゴンに変わっただけっす。認知症の老人の周辺症状が酷いから、身体拘束をされてて、それを俺たちでいい方向へ導きましょうって考えればいいんすよ」
「言葉にすれば簡単に聞こえるけど、じゃああんた、そのドラゴンとやらの世話をしたことがあるっていうの!?」
ガークと一緒に事業所に帰った俺は、筒原さんにこれまでのいきさつを説明した。挙句がこうだ。話し終えると、筒原さんの目が三角になって、途端にプリプリと怒り始めた。筒原さんは頼れる上司だけれど、自分のキャパを超えたイレギュラーが降りかかってきたとき、途端にテンパってしまうのだ。
この世界に自分たちがいることのほうがよほど『自分のキャパを超えたイレギュラー』であるように思うが、彼女が突然怒り出した要因にはそれも少しは含まれているのかもしれない。
筒原さんのいう、訳のわからない事例を拾ってくるのは、彼女曰く、俺の得意技だそうだ。元の世界でも、俺は事業所の近所に住んでいた独居老人のもとを訪問して、一人だけで暮らすのは困難だと判断して、こもれびの杜からヘルパーを派遣できるように動いたことがあった。あのとき、筒原さんは結果的にえらく喜んで俺を褒めてくれていたけれど、やっぱり最初はテンパっていた記憶がある。地域包括に話をするのが先でしょう! とか、ただでさえ日々の業務で忙しいのにとぼやきながらも、結局は俺の代わりにいろいろ処理をしてくれたんだっけ。
「すまない、オレが無理を言ってしまったようだな」
長老の元を離れたあと、ガークの態度が随分と柔和したように感じる。つい先ほどまでは『我』と高飛車な言葉遣いをしていたくせに、一人称まで変わっている。それはきっと、自分の素をみせたことにより、後継者としてのプレッシャーだとか、自分はこうあるべきだという観念が小さくなったからだろう。
「あら〜、いいのよ〜。おばさん、ガークくんの頼みならなんでも聞いちゃう!」
筒原さんは黄色い声を出してガークに言った。ガークは俺の後ろでぺこりと会釈をする。
「あらあらまあまあ、外はそんなに暑いんですか? 裸のおにいちゃん」
ばあちゃんがパーテーションの奥から顔を覗かせて目を丸くしている。俺は噴き出しそうになって、歯を食いしばりながら唇をもごもごと動かした。きっと筒原さんが一人で七色変化の声を出しているので、何事だろうとばあちゃんは思ったのだろう。
「ばあちゃん、大丈夫だよ。あれはあいつの普段の格好なんだ。……民族衣装みたいなもんかな」
「ありゃ、そうなのかい? コタロウくん、わたしたちはいつ外国に来たんですか? 飛行機なんて乗ったかしらねえ」
「ガーク、ばあちゃんはほっといていいから」
「あ、ああ」
ガークは若干戸惑っているようだった。少し前に出会ったばかりだというのに、まるで初対面かのように振る舞われたことに対する困惑だろうか。
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