第一話③
「ガーク、どうしたの?」
先ほどガークが出てきた建物の中から、今度は少女が顔を出した。「だあれ?」
見た目はガークと同じくらいの年齢だろうか。その少女も軽装だったが、ガークとは違い、ベージュの布で胸と、腰回りを覆っていた。
「迷いロイメンだ。どうやらベリュージオンとは違う場所から来たらしい」
「外国の人ってこと?」
「分からない。だが安心しろ。おそらくこのロイメンに害意はない。万が一あったとしても、我一人で制圧できるだろう」
「ガークが言うなら、信じるよ」
少女はそう言って、ガークの隣に並び、俺の頭から足先まで視線を巡らせた。
「こんにちは、ロイメンさん。あたしはサティー」
「初めまして、サティーさん。俺は空野虎太朗。あ、コタローって呼んでくれ」
「よろしくね、コタローさん」
そう言ってサティーは、にっこりと微笑んだ。彼女は肩まで伸びた茶色の髪を、ゴムで一本にまとめていた。ガークと同じように褐色の肌を持ち合わせていて、緑色の目が特徴的だった。鼻筋は高く、目元はぱっちりとしている。
サティーはガークとは違って、俺を警戒する素振りをみせていない。既にガークがそんなものを手放しているからなのか、元々の気性のせいなのかは分からない。
「おい、コタロー」
サティーとの会話を終えたとき、ガークが俺の名前を呼んだ。直後に鳥のさえずりが呑気に耳に届く。「オマエ、年寄りの生活を助ける仕事をしていると、さっき言ったな」
「ああ」
俺が頷くと、ガークの口元が少し綻んだ。探していたものをついに見つけた時のような、そんな表情をしていた。
「頼まれてほしいことがある。どうせ何をしたらいいか、あてはないんだろう」
図星だったが、直接的に指摘されると、なぜかムッとするものだ。だけど俺ももう大人だ。歳下相手に、感情を乱すような真似はしない。
「言ってみろよ」
「我はこの世に生を受けて、五百年になるが、こんなことは初めてでな。……我ら集落の長老の様子が、ずっとおかしいのだ」
前言撤回。ガークは、歳下の少年ではなく、大先輩だった。ここは敬意をはらって、恭しく接するべきだろうか。
「ずっとおかしい……とは?」
「いろいろとあるんだが、たとえば記憶違い、といえばいいのだろうか。さっき飯を食ったのに、食っていないと言ったり、たまに我が誰だか分からなくなっている様子がみられるのだ」
「認知症じゃねえかっ!」
「ニンチショー?」
ガークの頭の上に、はてなマークが浮かんでいるのが見える気がする。初めて聞く言葉なのだろう。俺にとっては、もはや毎日のように聞く言葉だけれど。
それにしても、この世界———さっきガークは「ベリュージオン」と言っていた———にも、俺たちと同じように認知症のような症状に悩んでいる者たちがいるんだな。
どんな生き物も、不老不死ではない限り、いつまでも若いままではいられない。ガークたち竜族も例外ではなく、みんな平等に過ぎていく時間には逆らえず、老いは等しく生きものたちにふりかかってくるのだ。
「ガーク、安心しろ。大したことじゃない。俺たち人間……あー、ロイメンにもよくあることだ」
「よくある、こと……」
ガークは俺の言葉を反芻する。
「ああそうだ。それに俺は、ガークたちの長老さんみたいに困っている人たちを、たくさん相手に仕事をしてきた。だから役に立てるかもしれない。……よければ、長老さんに会わせてくれないか?」
俺がそう言ったとき、ガークの目が俄かに輝いたようにみえた。
「ガークは長老の孫なの。両親は戦争で死んでしまって、ガークはずっと長老に育てられてきた」
サティーがそう切り出して、ガークのことを教えてくれた。
今から四百年前、ベリュージオンの全土を舞台とした大戦争が勃発したらしい。異なる種族同士の領土争いがきっかけで、戦火はたちまち全土に広がっていったという。ガークの両親は、竜族の兵士としてその戦争に駆り出された。強力な能力をもつ竜族に、戦いの場において性別の隔たりはなく、無情にも二人は戦禍の中に散っていった。
竜族は長命の種族ゆえに、年齢が人間の平均寿命を超えていたとしても、百年ほどしか生きていないガークは彼らのなかではまだ子ども同然だった。親を喪ったガークを、長老は甲斐甲斐しく育ててきたという。
「あたしとガークは、あなたたちロイメンからすれば、とても長生きだと思われがちだけど、今のあたしたちはまだ竜族のなかでは子どもなのよ。そうね、ロイメンの年齢でいうと、十代後半といったところかな」
だったら、見た目と合致している。と、俺は納得した。彼ら竜族は、生きてきた年月より、見た目で精神年齢を把握したほうがいいのかもしれない。
「ガークも昔はこんなんじゃなかったのよ」と、サティーは笑った。両親は死んで、長老も(おそらく)認知症を発症した。そんな状況において、ガークは後継者としての意識が芽生えたのだという。
「我のことはいい。コタロー、長老の元に案内する。ついてきてくれ」
最初はエラそうな小僧だと思っていたけれど、彼が抱えている事情を垣間見ると、その所作には理由があるのだとわかる。相手のことをできる限り知るというのは、俺の仕事では基本だ。
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