第一話②

 筒原さんの言うとおり、俺たちが異世界に来てしまったのなら、もうそれを受け入れる以外には方法がなさそうだ。だったらさっさと周囲の様子を色々確かめるしかない。

 自分よりも肝が据わっている筒原さんにそれを提案してみたら、「虎太朗くん、あなた男の子なんだから、勇気を出して色々調べてきなさい」と、業務命令が執行されてしまった。

 何度目を擦っても、頬をつねってみても、周りの景色は変わらない。ならば受け入れるしかないだろう。なんたって前例は様々な書物に書かれているのだから。

 区画が整備された町ではなく、ここは同じような景色がどこまでも続く森林地帯だ。当てずっぽうで歩き回れば、たちまち迷ってしまうだろう。

 周囲をよく観察してみる。

———足跡があるぞ! ———

 足元は土になっているが、よくよく目を凝らすと、うっすらと人の足の形をした跡があるのがわかった。結局ここがどこだかよくわからないけれど、俺たち以外にも誰かがいるということだ。森の中を、裸足で歩くようなやつが。

 俺はその足跡を辿ってみることにした。なにか、ここはどういうところなのかという手がかりが掴めるかもしれないからだ。介護職を始めて、俺は随分と度胸がついたように思う。訪問したときに、利用者が急変していたり、死んでいたりと、不測の事態というものに、これまで何度も立ち会ってきたせいかもしれない。

 俺はいま、謎の足跡を辿っている。森はどんどん奥まっていくが、景色はさほど変わらない。ただ、色々な人や動物が行き交っていることがわかる。森の中に、通り道ができているからだ。

 体感時間にして十分ほど経過したとき、急に視界がひらけて、集落が現れた。とはいえ、俺が見たことのあるような家が並んでいるのではない。学生時代に歴史の教科書で見た、竪穴建物のような見た目の住居が、数棟建っていたのだ。

「すみませーん!」

 俺は集落の近くにまで駆け寄って、大きな声を出してみた。こんな見た目の住居なのだから、原住民のような人々が暮らしている可能性がある。果たして言葉は通じるのだろうか。

 俺の声に反応して、建物のひとつから、ひょっこり誰かが顔を出した。

「すみません、あの、ちょっといいですか」

 俺は藁にもすがる想いで、その人のもとに駆け寄った。

「なんだ、オマエ」

 少年だった。十代半ばといったところか。声は低かったが、まだどことなくあどけなさが残っている。鍛え上げられた小麦色の上半身を露出し、腰蓑からはよく引き締まった足が伸びていた。黒い髪を俺たちのヘアスタイルの名称でいうと、ソフトモヒカンのように短く刈り上げている。目は赤く、彼が口を開くと、牙のような歯が生えているのが見えた。

「突然すまない。俺、どうやら道に迷ってしまったみたいなんだ。ここが何処なのか、よければ教えてくれないか」

「この辺りでは見かけない顔だ。オマエ、何処から来たんだ」

 質問を質問で返してきた。そりゃそうだろう。相手からすれば、俺はこの集落に襲撃に来た敵かもしれないのだ。警戒するのはわかる。だが、何の武器も持たず、丸腰のまま、しかも一人で乗りこんでくる襲撃者なんて稀なのではないだろうか。

「俺は空野虎太朗、介護職ってわかるかな。……お年寄りの生活を助ける仕事をしている」

 警戒心を解いてもらうためにも、自分の情報を相手に教えることにした。第一、俺はこの少年の敵ではない。やましいことは何もないのだ。

 それを皮切りに、俺は自分の身に降りかかったこれまでの状況を少年に開示した。もしかすると自分は、今いる世界とは別の場所から来た人間かもしれないこと。元いた場所で大きな揺れに襲われたあと、自分がいた建物ごとこの世界に来たであろうこと。自分が歩いてきた道を戻れば、その建物が森の中にそびえ建っているであろうこと。

 話し終えると、少年は少し警戒心を解いてくれたようだった。険しかった表情が、幾分和らいでいる。

「ロイメン、大変だったな」

「ロイメン?」

「我々は、オマエたちのことをそう呼んでいる。我の名はガーク。ドラゴンとロイメンのハーフだ」

 種族のことか、と理解する。いわゆる「人間」という種類の生き物を、この世界ではそう呼ぶらしい。とすると、ガークと名乗ったこの少年は、ドラゴンと人間のハーフという解釈でいいだろう。

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