イセカイ・カイゴッ!
高谷 ゆうと
プロローグ ことの始まりは突然に
「ちょっと、おにいちゃん、さっき、わたしのお父さんがここにきませんでしたか?」
うえっ……またボケてやがる……。
俺は心の中で思う。しかしそんなことはおくびにも出さず、目の前に現れたばあちゃんに笑顔を向ける。
「キョウコさんの旦那さんなら、さっきお仕事にいきましたよ。一緒に見送ったじゃないっすか!」
「はあはあ、そうでしたかねえ、こりゃあ、あいすみません、耄碌厄介ばばあはこれだから困りますねえ」
「キョウコさんは、いまからお風呂に入りますよ! そのために俺が来たんスから」
「あらやだ、おにいちゃん、こんなしわくちゃの老いぼれを捕まえて、何を言ってるの? 恥ずかしいわよ」
ちげーよ、俺はアンタの孫だよ。いまからアンタを風呂に入れるんだよ。
「俺は旦那さんに頼まれてやって来た、三助っす!さあさあ、行きましょ 」
「粋なことをしてくれるもんだねえ、あの人も。もったいないもったいない。でも、折角だし、お言葉に甘えさせていただきますから、背中を流してくださいな」
「お安い御用っす。 さ、風呂にいきますよ」
俺は心の中でガッツポーズをしながら、ばあちゃんの後ろについて浴室まで誘導する。築六十年の一軒家は、すっかり老朽化してしまっていて、俺たちが床を踏みしめると所々でギシギシと不安になるような音がする。老朽化するのは、家だけじゃなく、人間のからだもなんだなよなあと思いながら、居間を横切る。
線香の匂いがする。ばあちゃんは毎朝、じいちゃんの遺影が置かれている仏壇に、線香とご飯を供えるのを日課にしている。今日も朝起きて、米を器によそい、線香に火をつけたのだろう。丸みを帯びて脚が高くなっているその器を、仏飯器というらしい。むかし、ばあちゃんが教えてくれた豆知識だ。
「そういえばおにいちゃん、前にも会ったような気がするけど、あなたのお名前は?」
居間から廊下に出たとき、ばあちゃんは急に立ち止まって俺のほうを振り返った。
「俺っすか? 俺はソラノコタローっていいます。ソラノは青空の空に野原の野、虎に太いと朗らかと書いて、コタローって読みます」
「コタロウくんね。なんだかお侍さんみたいな名前ねえ」
「そうっすかね」
ばあちゃん、目の前にいるのが、自分の孫だということはすっかり忘れてしまっているらしい。ばあちゃんの中で、今の俺はじいちゃんがどこからか寄越した三助なのだ。だから、俺もそれに合わせる。
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