ワンダフルトロピカルワールド〜キラメキ乙女と十三人の勇者達を殺すまで〜

怪畏腹 霊璽

第1話 小悪党だった男

 夢から醒めたような心地だった。

 シャボン玉が弾けたような、電気が点いたような、霧が晴れたような、雨が上がったような。テレビのチャンネルを勝手に変えられた時のような、映画の場面転換のような。今初めて産まれたような、死後の世界を垣間見たような。不思議な感覚だった。例えば、例えば。鏡に映った自分を初めて見たときのような。猫が自分の尻尾を見つけたときのような。初めてする体験のようで、過去に体験したことがありそうな感覚。

 俺は、オレであると認識した。

 正確には吉田幸造という日本人だった俺が、マーロムという男になっている事に気付いたのである。吉田の時の記憶が、『異世界転生』というものであると知らせる。前世ってものらしい。不思議なこともあるもんだが、便利なので良いだろう。

 不思議なことは他にもあり、俺はオレを知っていた。いや、正しくはマーロムという存在が出てくる物語を知っていたのである。『ワンダフルトロピカルワールド〜キラメキ乙女と十三人の勇者達〜』という乙女ゲームで、俺はそのゲームの開発者の一人だった。

 正直に言おう、クソつまらなかった。クソもクソ、笑えないタイプのクソゲーである。クソゲーハンターもフリスビーにするレベル。スチルも音楽もゲームシステムもクソ。バグは当たり前。そして何より脚本がクソ。このゲームをするくらいならZ級映画を観るほうがマシとまで言われた。当然評価は悪く、星0.5。出来の悪いAVでもこうはならない。サメ映画でももう少しは楽しめる。

 そのクソ脚本となった要因の一つがオレことマーロムである。コイツはゲームでところどころ出てくる悪役なのだが、やることなすことショボいのだ。強盗には失敗するし、人攫いは相手を間違えるし、人身売買をするために集めた子供には逃げられる。ダメダメな悪役だ。段々と可哀想になってくる。最終的に部下に裏切られるわ主人公達にボコボコにされた末にヒロインの美しい心に打たれて改心するという。悪役らしい信念もない、格好いい台詞もない、魔法のある世界なのに魔法を使った犯罪をしない。悪役が駄目だと主人公達の格好良さも薄れるもので、最終決戦はマーロムに対して弱い者いじめをしてるようにしか感じられなかった。

「ボス、どうしやした?」

 考え込むオレを見て首を傾げる男。最後にオレを裏切った男である。そういえば記憶を取り戻すまで何を話していたんだったか。

「大丈夫だ」

「本当ですかい?ならいいんすけど。で、コイツらどうしやす?」

 男が指差した先には身を寄せ合う子供が二人。男の子だろうか。そうだ、コイツらが食料を漁っていたんだった。スラムで食料は貴重だ。だというのにコイツらは集めた食料を喰い荒らしやがった。

「バラしやすか?」

 今までのオレなら、逃がすか育てるんだろうな。このスラムで中途半端に人に優しくして良い事など何も無いというのに。

 オレは小悪党であったオレがどうなったのか知っている。クソみたいな物語を知っている。ならばオレは、俺のしたかったことをやってやる。

「手足を斬り落とせ」

「は?」

「ちゃんと止血することを忘れるなよ。あと尻の肉も削れ」

「ボス…?なにを」

「食料を奪った人間には食料になってもらうことにする。斬り落とした後に再生魔法をかけてやろう。そうすりゃあ、暫く食い物には困らん。若い肉だ。さぞ柔らかいことだろう」

 男は信じられないものを見る目をオレに向けていた。手は震えており、何度もオレと子供を交互に見た。

「何をしている。早くしろ。それとも、手本を見せてやらんと駄目か?」

 オレは男から刃物を奪い取り、子供へと歩み寄る。子供は涙を流しながら「嘘だよな?そんなことしないよな?ただの脅しだよな?」と腰が抜けたのか這うようにして後ろへ下がっていく。当然直ぐに壁に追いやられ、オレは子供の一人の腕を掴み床にうつ伏せにして転がすと背中に乗り、ベルトを抜いて子供の右腕を強く縛った。

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!ごめんなさいごめんなさいもうしないからやめてごめんなさいごめんなさい!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」

「人のモン奪ったんだから、これぐらい我慢しろよ」

 ザクッ、と右腕に刃物が振り下ろされた。

「ぎっ!ギャァァァアアア!!!」

「うるせっ。猿轡噛ませとくんだったな。おーい舌噛むなよ。死なれちゃ勿体ねぇから」

 何度も刃物を振り下ろし、ようやく右腕を斬り落とした時には子供は失禁し白目を剥いていた。斬り落とした右腕を呆然としている男へと投げると、無くなった右腕の切り口に手を添え、呪文を唱える。

 魔法はイメージだ。マーロムは悪役として設定されていただけあって、魔力量が普通よりもかなり多い。ただ新規モーション追加が出来ず、ゲーム上で魔法を使うことが無かっただけで。なので俺の知識とイメージがあれば、腕を生やすくらいは問題ないのだ。

「うっ、腕が…元通りに…!?」

「これで肉が沢山手に入る。やり方分かっただろ。再生魔法はオレがかけるから、お前は見せた通りに斬り落とせ。斬り落とした肉は、保存食に加工するか煮込んで食べるとしよう」

 まだ何か言いたげな男を子供と置き去りにして、部屋を出た。もしあの男がちゃんと出来なかったら、男にも食料になってもらうとしよう。

 マーロムは小悪党だった。俺はそれが許せなかった。マーロムがもっとちゃんとした悪だったらと何度も思っていた。オレは遠くない未来にあんなダサい事になるのが嫌だった。周りから舐められて侮られて裏切られて踏み台にされるのが嫌だった。


「目指せ大悪党、なんてな」


 名前を出すだけで恐れられるくらいの悪党でも目指してみよう。物語の添え物にすらならない人生に別れを告げて、物語を壊す怪物になろうじゃないか。

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